見出し画像

縦と横と数字表記

 ウェブに小説を投稿するとき個人差が出ることのひとつに、数字の表記方法がある。先日投稿した即興小説『外れる』を例に出す。

 拙文で恐縮だが、ここからいくつか引用してみよう。

 勤続年数約二十年、四十の声を聞き、同期ではちらほら課長に昇進する者もいた。それでも腐らずに現場一本、身を粉にして仕事に心血を注いできた。
 どうせならと、全身マッサージの最長九十分コース、税込み九九〇〇円にも申し込んだ。
 目下四連敗中の贔屓球団は、今日も負けていた。三回までに八点を取られ、敗色濃厚だ。情けない。万年Bクラスの弱小で、オフにはたいした補強もせず、今季はFA流出やら故障者の続出やらで、上がり目どころか下がり目しかなかった。
 ダイレクトメールを送ると、返事はすぐに来た。
〈おめでとうございます。厳正なる抽選の結果、平田様が当選されました。月移住の費用、1人100億円は僕が投資でちょちょいと増やすので、とりあえず1000万円でどうですか。打ち上げは2030年の予定です〉
 予想は的中し、十万円が六十万円になった。
「ひゃ、百万円。ぼったくりじゃないですか」

 これが正解というわけでは決してない。あくまでも、あくまでも自分なりに決めたルールとして、私の場合は「縦書きにしても遜色なく違和感なく読めるように、縦書きを想定しながら横書きで書く」を、小説を投稿するときの基本ルールと定めている(気軽に書き散らしているエッセイの類はこの限りではない)。

 そのため基本は数字も漢字表記だ。たとえば「勤続二十年、四十の声を聞き」は、漢数字「十」を使った表記。「二〇」「四〇」とはしない。これを編集の現場では「トンボあり」とか呼んだりもする。「十」をトンボに見立てたものだろう。

 ただし金額の表記だけは「トンボなし」で表記することもある。その例が「税込み九九〇〇円」だ。四桁を超える金額はとくに「九千九百円」などと書くと読みづらくなることがあるので、トンボなしにすることが多い。
 であれば「六十万」も「ひゃ、百万円」もトンボなしで書けやと同業者にお叱りを受けそうだ。たしかに金額はトンボなしと統一したほうが、編集的には見栄えがいいだろう。ただ、今回は即興小説として、ライブ感覚でトンボありのほうがしっくり来ると判断して、あえてトンボを残した。とくに「ひゃ、百万円」と「ひゃ、一〇〇万円」では「百」のほうが「ひゃ」との音のつながりが強く、違和感なく馴染むだろうと意図した。編集とは変な生き物で、こういう細かなところまで気になって仕方なくなってくるのだ。

 ことは野球の表記となると、もっとややこしくなる。スポーツ新聞を読んでいると、各社微妙に表記ルールが違うことにお気づきだろうか。
 毎日新聞校閲センターが、こんな記事を出している。

次の一節は、とある野球の場面。皆さんならそれぞれどちらを用いますか。
「【7】回【1】死【2】塁で山田が左中間へ【2】塁打を放ち、勝ち越しの【5】点目を挙げた。救援の田中は【6】回を投げて【10】奪【3】振【1】失点の好投」
答えは、七▽1▽二▽二▽5▽6▽10▽三▽1。毎日新聞では、野球のイニング・ベース・塁打などに漢数字を使用します。違うルールの新聞・通信社もあり、新人時代は目を白黒させたものです。

 め、めんどくせえええええええ!


 でもこれが実際に出版関係の現場では当たり前のように行なわれているルール設定なのだ。さすがに「十奪3振」とする馬鹿はおらなんだとしても、イニング「七回1死」と「6回を投げて」の使い分けは微妙だし、社によって変わるところかもしれない。
 その点、小説の場合は基本的に漢数字にしておけば問題はないから楽といえば楽かもしれない。もちろん、算用数字表記にこだわる著者はいらっしゃるし、編集は、そのこだわりを最大限に尊重する。

 基本は縦書きを想定した漢数字にしているが、例外もある。それが先に挙げた文例のうち「ダイレクトメール」の文面だ。これも縦書きにするなら漢数字にしたほうが読みやすいのかもしれないが、もともとが横書きで書かれたものと考えて、それをあえて縦書き仕様に変換する必要はなかろうと、横書き媒体に載せる利を活かして算用数字のままとした。

 ちなみに、私なりの基本ルールを「縦書きにしても遜色なく違和感なく読めるように、縦書きを想定しながら横書きで書く」と定めたから、アルファベットについても略語は全角にしている。「Bクラス」「FA流出」がそれだ。半角にすると、縦書きにした場合に横向きに転倒するし、それを縦向きに直したところで小さく不揃いに見えてしまう。
 ただ、これが単語となると「baseball」のように小文字にしたほうが圧倒的に据わりがよい。ひとつながりの単語まで大文字にしてしまうと目が滑って読みにくいことこのうえないし、縦書きにしたときに基本は転倒しないので「縦書きの英単語」という、初めて英語に触れた明治の日本人が書いたようなナンセンスなものになってしまって非常に格好悪い。その辺りは使い分けている。
 同様にダイレクトメール中の一桁の算用数字も「1人」ではなく「1人」としている。

 数字表記ひとつとっても書き手のこだわりは千差万別、文章とは、かくも面倒くさいものなのだ。


サポートは本当に励みになります。ありがとうございます。 noteでの感想執筆活動に役立てたいと思います。