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あなたの視界は何インチ

 このnoteというプラットフォームは、SNSとして日々新しい投稿が殺到する性質上、情報が流れていくのが非常に早い。

 マガジン機能はあるものの、基本的に連載に向いていないように思われるということは、以前のnoteで既に書きました。

 かといって、単発ものの長文noteや有料noteも、広義の「電子出版」という意味では露出・広告宣伝に限界があり、向いているとは言いがたいようです。

 実際、思うところあって私も1本だけ長文の有料noteを投稿して動向を観察していますが、タイムラインの流れが早いので、定期的に自分のnoteに引用したり、別のユーザーの方によるシェアがあったりしないと、ほとんどビューやスキが目立った伸びを見せません。プラットフォーム自体の限界を少しずつ感じ始めています。

 私なんぞの記事は好きで書いただけだからどうでもよいものの、せっかく良質なのに埋もれてしまっている記事が過去にいっぱいあったんだろうなぁと思うと、少し寂しくなります。

 そもそも「電子出版」は、古い考えとの誹りを受けてしまうかもしれませんが、紙の出版とはまったくの別物だと考えています。
 もっというと、電子出版だけでは完全な「出版」とは呼べないし、自称として「作家」は名乗れるかもしれないけれど、マスに訴える影響力のある「プロ」とは呼べないかもしれない。

 なにが大きく異なるかといえば、販売の現場におけるブラウジング能力です。

 紙の本における販売の現場といえば書店ですが、とても残念なことに、全国的に書店数の減少が止まりません。

 一方、電子出版の販売の現場はインターネットにあります。
 市場規模が急成長を遂げているように、たしかにネット書店は便利です。クリックひとつで手軽に電子書籍を選んで購入することができるし、その場で電子書籍リーダーやスマートフォンにダウンロードできる。

 ところがネット書店では、はじめに買いたい本ありきで覗いて、買いたい本だけ買ったらすぐに読書に移るスタイルになりがちではないでしょうか。買い足すとしても「この本を買った人は、こんな本を読んでいます」というようなサジェスト機能に触発されて、あ、これも読んでみたい、そういえば読んでみたかった、と気づかされる程度。本屋さんをぶらつくようにネット書店の店内をくまなくサーフィンして、買いたい本を見繕っていく人は、どちらかというと少数派ではないかと推測します。

 一方、本屋さんでは、ふらーっと入って、棚をざーっと眺めて、気になった本を手に取ってパラパラめくって、心が動かなかったら元の場所に戻す、という行為が気軽にできます。本を戻すあいだにも目は別の本を探していて、膨大な書物の海をサーフィンしていく。本屋さんの本棚を眺めながら作者や作品の名前を覚えたという人も多いのではないでしょうか。一生のうちにこの世のすべての本を読みきることなど不可能なのですから、読んでいないけれど名前は知っている、という浅くとも体系的な知識は、いつかきっと本選びに役立ちます。

 これこそが、リアルな書店とネット書店を分かつ決定的な差です。

 リアルな書店のブラウジング能力を侮ってはいけません。結果的には返品が多く無駄だといわれようと、本棚に豊富に商品が並んでいるということは、なにものにも替えがたい、喜ばしい幸福です。一見無駄にも思える書物の海がなければ、ふと気になって手に取って読んでみてすっかり心酔するような、奇跡的な偶然の出会いというのは起こりづらい。

 ネット書店のサジェスト機能はたしかに本を探す手間が省けて効率的かもしれませんが、それでは視野が広がりにくいでしょう。サジェスト機能にばかり頼っていたら、自発的に「探す」という能力は衰えます。だいたい、自分の好みを画面の向こうのよく知らない機械に規定されて満足ですか?
 ネット書店のブラウジング能力とは、つまるところ画面の大きさそのものです。それ以上にはなり得ない。パソコンを大型のテレビにつなげたって、50インチとか60インチとかその程度。テレビは薄型大型化が進んでいますが、それでも可読性のある文字の表示には限界があります。ゲーム『デスストランディング』は、テレビの大型化を見込んで思いきって文字を小さくしていましたが、案の定というか、やはり限界があって、ユーザーの声を受けて文字を大きくしたようです。

 据え置き型ならば大型化も歓迎ですが、携帯型のデバイスとなると軽量小型化がもてはやされるのが道理ですから、電子書籍リーダーやタブレットの画面が、今後大きくなっていくとは考えにくいでしょう。
 狭い画面のなかでは、表示できる書名や書影の数に限界があります。そこに偶然の出会いが生まれる余地はほとんどありません。
 流行りのVRで書店を作ってしまうという考えかたも現実的ではないでしょう。わざわざVRゴーグルをかけてまで電子書籍を買う人は、さほど多くはいまい。

 かように、自分の目で直に探索できるリアルな書店というのは、ブラウジング能力において最強なのです。たとえ超高性能な新作デバイスが毎年のように発表されようと、人間に備わった眼球、アイボール・センサーの探索能力には敵わない。
 住んでいる街から書店が消えるとき、それはどんな最新デバイスでも凌駕できない膨大な知のデータベースを、むざむざ手放すことと同義です。その価値は計り知れません。嘆いても仕方ないことですが、書店を閉店に追い込むのは、書店に足を運ばずに本をあまり買わなくなった過半の市民の総意です。失ってから気づくのでは遅い。
 本屋さんで本を探すとき、あなたの視界は何インチですか?

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