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おズボンの下

「当日はおズボン下を穿いてきてください」

 と言われ、
(お……お、おズボン下……? なに……それ……?)
 となったことがある。
 たしかにウェディングプランナーの女性の言葉遣いは丁寧すぎるほど丁寧で、貸し衣装のズボンのことも徹底して「おズボン」「おズボン」と呼んでいる。ズボンにまで「お」をつけるのはやり過ぎではないかと思うが、まあわからなくもない。
 おズボン。
 おズボン。
 なんだか可愛らしく思えてこないこともない。
 しかし「おズボン下」である。おズボンですらない。おズボンの下に穿くもの。つまり下着だ。そんなものにまで「お」をつけなければならないのか。大変だなブライダル業界。
 まさかパンツのことを指しているのか? さすがに「おパンツ」と口にするのは女性として憚られるから「おズボン下」と言い換えているのか? そうか、そうなのか?

 当時20代の無知な私が戸惑っているのを見て悟ったのか、プランナーが教えてくれたところによると、なんのことはない、いわゆる「ステテコ」のことなのだそうだ。
 ステテコ。昭和の昔のおっさんが穿いてるようなやつ。
 バカボンのパパの絵が思い浮かんだ。
 結婚式ではみんなバカボンのパパと同じアレを穿いていたというのか……?

 半年後の式当日は寒くなるから、秋口から店頭に出されるユニクロのヒートテックステテコがオススメですよ、と言われた。なるほど、ユニクロのヒートテックならば、まだしもバカボンのパパ感は薄れる。機能的で、現代的だ。どうやら防寒の意図もあるらしい。衛生的な思惑もあるのだろう。私が着たのは黒のタキシードだからさほど関係はないが、白のタキシードを着る場合には下着が透けるので、ド派手な柄のトランクスなどの上に直で穿いた日には、とても残念なことになるらしい。白いタキシードに透けて見える、そこだけトロピカルな色彩のトランクス、いやおパンツ。それはたしかに恥ずかしい。

 ということで、その秋に生まれて初めてステテコを買うことになった。ユニクロのヒートテックステテコ。
 試しに穿いてみると、なかなかどうして、これがすこぶる快適だった。
 肌触りが心地よいし、なにより暖かい。
 昭和のおっさんどもはこんな快適なものを穿いていたのか!
 知ってて腹をボリボリと掻きつつ、さも古臭いものであるかのように振る舞っていたというのか……!
 私は驚いていた。
 たいがい失礼なやつである。

 以来、寒い時季になると、プライベートにおいても、ユニクロのヒートテックステテコが欠かせなくなった。もちろん今日も穿いている。
 もはや私にとっては「おステテコ様」である。

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