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変化球 机上の空論


はじめに

 九回裏ツーアウト満塁フルカウント、待ったなし。打席に立つ四番の強打者が次の一球で逆転サヨナラを決めてやろうと手ぐすね引いて待ち構えているところへ、投手が乾坤一擲の勝負球を放る。投げたコースはど真ん中。貰った! とばかりにスラッガーは渾身の力をこめてバットを振る。
 次の瞬間、ベースの手前で不意にボールが鋭く曲がり、バットは空を切る。
 ゲームセット……。

 まるで魔法のように軌道を変えてバッターから空振りを奪い、あるいは芯を外して打ち損じのゴロやフライを誘発させる変化球は、見る者を魅了してやまない。かくいう私も、変化球の魅力に取り憑かれたひとりである。

 ところが、骨格が未完成な小学生のうちは、肩肘への影響を考慮し、変化球の投球自体が禁止されていることが多い。中高生になってもデメリットが大きいと指摘する指導者や解説者はいるようだ。
 少年野球ではベンチウォーマーか、途中出場してもライトで八番、中学に上がる前に自分の能力に見切りをつけた私のような運動下手にとっては、変化球はまさに神秘のヴェールに包まれた存在だった。少年のころからの憧れでありながら、どこかコンプレックスの対象であったかもしれない。

 ひょんなことから大人になって年に数度の草野球に参加することになり、一度は挫折した野球のためにトレーニングを始めてみて、自然、遊びのなかで変化球に対する興味と欲が湧いて出てきた。下手でも下手なりに、投げてみたいと思ったのだ。
 幸いなことに、私が小学生だった数十年前と異なり、現代ではインターネットを使って映像での学習・研究が格段にしやすくなった。最新の研究結果を踏まえた指南書も数多く出版されている。
 これまでにも私は、ただストレートを投げるためだけのフォームの試論を全六回にわたって書いてきた。

 トレーニングを始めてはや一年、投球について考え、さまざまな動画・書籍などを漁るうち、変化球についても、私なりの握りやリリース方法が見えてきた。
 それに変化球の成否は、大部分がアスリートの高度で繊細な、言語化しえない指先の感覚にかかっているにせよ、ある程度は流体力学や生体力学といった学問的なアプローチで補助することができる。
 また、人によって指の長さや形が違うのだから、変化球の握りもリリースも千差万別。ボールの回転軸の方向や曲がりは、十人いれば十人の個性が出てくる。そのため、これという絶対的なひとつの定型や正解が存在するわけではない。百家争鳴、一人一派、本人がスライダーだと名乗ればそれはスライダーになったりする。本を出していようがなかろうが、小説家と名乗れば誰もが小説家であるのと同じだ。
 有名なところでは、横浜DeNAベイスターズのクローザー山﨑康晃投手らが投げる、亜細亜大学伝統の「亜大ツーシーム」が例に挙げられるだろうか。これはツーシームを自称しており、メディアなどでの表記もツーシームとなっているが、その握りや軌道は実質的にはスプリット、あるいはシンカーのような球となっている。
 かように変化球とは、分類の定義が曖昧なのだ。

 本稿では、そんな変化球について、徹頭徹尾「私の身体感覚」に依拠しただけの机上の空論を綴っていきたい。一年以上かけて仮説と遊びと試行を繰り返してきた、私なりの研究成果である。何度でも書くが、小学生のころはライトで八番だった運動音痴の戯言だ。あくまで自分のために記しておく覚え書きに過ぎない。本稿は、ただ書きたかったから書いた、自分のための備忘録である。
 ただ、筆者は編集者として、資料の収集と分析と整理をメシのタネのひとつとしてきた。石川雅規、千賀滉大、金子弌大、菅野智之、ダルビッシュ有、桑田真澄、館山昌平、増渕竜義、則本昂大、渡辺俊介ら(敬称略)……各選手による素晴らしい著書、雑誌記事、映像資料などから貴重なヒントを得て、自らの練習に反映してきた。
 その意味で「誰か流」ではない「自分流」の理論になっていると、それだけは自負している。いずれの球種の投げかたも、良くも悪くも私の身体だけを基準にアジャストしていった結果だ。

 どこまで行っても運動の実力とセンスが伴わない机上の空論に過ぎないが、先述したように変化球には学問的な側面もあるため、本格的に野球に取り組んでいる現役のプレイヤーから、週末に少年野球の指導者を務めるお父さん、あるいは私のような観戦が趣味のしがない野球ファンにまで、なにかしらの気づきやきっかけを与えることができるかもしれない。そうなれば幸いである。
 かつての私のように、変化球がまるで神秘のヴェールに包まれているように見えている人、「なんとなく」の理解だけで厳密な区分について考えたことがなかった人にとっては、野球をより楽しく観戦する一助となるかもしれない。

発想は自由

 前回のnoteでも引用した、楽天・館山昌平コーチのインタビュー動画を、ここで再掲したい。下記の動画の後半部分である。

 まっすぐの握りを少しずつずらしていけば、それはもう変化球。
 まっすぐ以外はすべて変化球。
 たとえば、まっすぐの親指を少しずらして、腹で浅く握るようにするだけで、それはもうシュートだ。
 発想は自由。遊びながら探究してほしい……。

 あまりに平然と、しかし理に適ったようなことを説明されると、ワクワクしてこないだろうか?
 野球少年の頃に夢見た「変化球を投げてみたい」という憧れが、大人になって叶いそうになるとは、思ってもみなかった。プロの生の声が動画で聴けるのだから、本当にいい時代になったものだ。

 この館山コーチの声に背中を押してもらい、私はいま、この文章を書いている。
 館山コーチに限らず、多くのプロ選手が教えてくれる。
 変化球は日々のキャッチボールや遊びを通じて試し、自分なりに研究してほしいと。

 だから本稿は、私なりにボールをいじりながら投げてみた、遊びの成果でもある。

フォーシーム(ストレート)

 前のnoteでも書いたように、ストレートもある意味では変化球である。一般的に投球の五割以上を占めるというだけあって、まずはストレートをモノにしなければ他の変化球も活きてこない。
 フォーシームとは、一回転するうちにシーム=縫い目が四本、バックスピンしながら空を切っていく球種である。

 私の場合、握りはこうである。

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 バックスピンがかかるので、回転するボールの下側は進行方向とは逆方向に、上側は進行方向と同じ方向に、縫い目が気流を切り裂いていく。
 このときボールには、気流の流れがスムーズなほうに引っ張られる力が働く。これをマグナス力という(マグヌス力マグヌス効果などとも)。
 本稿ではオリジナルの表記として、右投手の視点から見て、回転による気流がスムーズな面を一時から十二時までのクロックポジションで表し「S面」と称したい。
(「S面」とは完全な造語で、他のどの参考書や研究論文にも載っていない、あくまで本稿独自の記述方法なので誤解なきよう)
 つまり、投手から見て「S面」の方向にボールは引っ張られて曲がっていくと考えられる。ボールを指先で「切って」曲げていく球種の場合は、この「曲げたい方向」=「気流がスムーズになるS面」とは対角線上のボールの面を意識して切ればいいわけだ。九時方向に曲げたい場合は、S面を九時方向にするために、対角線上である三時方向のボールの面を切ればよい。
 少々ややこしいが、飛んでいくボールの回転を面で捉えることは、空間的な把握のために有用だと思われる。良くも悪くも、ゲームソフト『実況パワフルプロ野球』や『プロ野球スピリッツ』などの影響で変化球を横・下・斜めの矢印で考えがちだが、実際の変化球はゲームのように単純に五方向+一方向(直球)に分けられるものではない。
 面倒ではあるが、左投げの方は左右反転して読み換えてもらいたい。

 さてフォーシームの場合、バックスピンがかかっているのだから、S面は十二時の方向、つまりボールの上面である。
 厳密には自然とシュート方向に傾くものなので、S面は一時方向に多少なりとも傾いている。が、少なくともバックスピンであることには変わりない。

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※画像のシームの向きはツーシームです。あしからず。

 フォーシームでは、ボールを上面に引っ張ろうとする力――すなわち揚力が働く。
 ただ実際には、漫画やゲームに出てくるような「浮き上がる」ボールはありえない。必ず重力に従って下方向に落ちていく。とはいえ、スピンが綺麗にかかっていればいるほど、重力に抗って落差を少なくすることができる。
 ゆえに、ストレートもある意味では変化球なのである。


ツーシーム(シュート)

 先に書いたように、楽天の館山コーチは「まっすぐの親指を少しずらして、指の腹で浅く握るようにするだけで、それはもうシュートだ」と説く。

 前回の「ピッチングフォーム試論」で、フォーシームの握りにおいては、親指の腹ではなく側面を使ってボールをがっちりホールドすることがポイントだと述べた。

 人間の指の機構を利用した、握力を最大化する自然な形でのボールの固定である。

 しかし裏を返せば、この指を人差し指方向にずらして腹で押さえることで、ホールドする力が弱まる代わりに回転軸はシュート方向に傾く。つまり、S面が十二時方向から離れて一時方向にずれていくわけだ。これがいわゆるナチュラルなシュート回転というやつである。バックスピン成分が重力に抗って揚力を生みつつ、利き手方向に僅かにスライドしていく。

 フォーシームでは、一回転するうちにシーム=縫い目が四本、バックスピンしながら空を切っていくことで、十二時方向のS面にかかる揚力を最大化しようと試みていた。野球のボールがフリスビーやペットボトルキャップと異なるのは、ボールが基本的には完全な球体であり、気流変化の足がかりとなるのがシーム=縫い目のわずかな盛り上がりだけとなるから、物体そのものの傾きを利用することができない点にある(逆にいえば、フリスビーやペットボトルキャップならば傾きだけで簡単に大きな変化をつけられる)。大事なのはボールの回転軸そのものではなく、回転軸に巻きついて発生するシームによる気流変化である。

 であるならば、フォーシームとは逆の発想で、一回転するうちに空を切る縫い目の数を減らすことで、重力に抗する力を意図的に弱め、フォーシームよりは「落ちて見える」ストレートを投げることも可能ではなかろうか。そう考えて生み出されたのが「ツーシーム」という球種である。
 ツーシームでは、上手くいけば一回転するうちにシームが二本しか空を切らない。そのため重力に従ってフォーシームよりは「落ちて見え」、そして気流が不安定なために僅かな傾きからシュート方向にも変化しやすい。
 ここで、あえて「落ちて見える」とカッコ書きしていることには意味がある。回転を利用して落とそうとする縦のスライダーなどとは異なって、あくまでツーシームの変化は重力に従った自然な変化であって、フォーシームと比べた場合の差に過ぎない。打者がストレートやフォーク、チェンジアップ系の変化球を「落ちる」「消える」と褒めそやすのは魔法でもなんでもなく、大抵は主観的に思い込んでいるだけのフォーシームの軌道との落差、いってしまえば「勘違い」なのだ。

 私の場合の握りは、次の写真の通りである。

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 人差し指の左半分の腹をシームに沿わせてかけ、中指はシームにかけず、人差し指にぴったりつけて並べる。親指は意図的にシュート回転を増やすため、人差し指方向にずらして手前側のシームを腹で押さえている。手が大きい人や球速を出したい人は、親指を遠いほうのシームにかけるか、あるいはシームにかけないほうがよいのかもしれない。あくまで私は、多少握りが緩くても操作性を重視する。
 ツーシームは一切、シームに指をかけないという人もいるようだ。あくまで私の場合は、操作性とシュート回転を重視して、人差し指をシームにかけるようにしている。リリースの瞬間には人差し指を操作の軸として、人差し指と中指の二本で均等に、なるべく縦に真っ直ぐ押し出すイメージだ。
 とはいえ、シームに二本の指をかけていたフォーシームよりは、明らかに球速は落ちる。一回転のうちに空を切るシームが四本から二本に減じることで、揚力=いわゆる球の「伸び」も減じるのだろう(ちなみに球速自体は落ちるものの、シームによる空気抵抗が減じるぶん、初速と終速の速度差はむしろ縮まるという話もある)。

 私のように人差し指と中指をぴったりつけて並べる形のツーシームは、人差し指と中指との間隔を自然な形で空けていたフォーシームよりも操作性の面で劣るが、そのぶん球速差を補える。離れた二点で押し出すよりも、作用点を一点に近づけて力を集中させて投げれば、球速が速くなるのは道理だ。阪神の藤川球児投手の「火の玉ストレート」が、人差し指と中指とをぴったり並べてつけて投げられていることを想起しよう。

 もちろん館山氏がいうように、ツーシーム回転というのはなかなか安定せず、危うさを孕んでいる。回転軸がぶれて汚くなってしまえば、ただの棒球になりかねない。合う合わないもあるはずだ。試し投げする際には、ボールに目印をつけるなどして、つねに回転を確認するべきだろう。
 私は普段、硬球のようにシームが赤く、それでいて軟らかく危険性の低い「ゆうボール」を用いて回転を目視している。


ワンシーム(シンカー)

 巨人のエース菅野投手が投げる、あまり耳慣れないストレート系の変化球がワンシームだ。
 一回転のうちに四本のシームが空を切るのがフォーシーム、二本のシームが空を切るのがツーシームであったが、ワンシームは厳密にいえば、一本のシームが空を切るというわけではない。二枚の革を貼り合わせて作る硬球、およびその縫い目を模した軟球の構造を見ればわかるとおり、地球儀における赤道のような一本の線が引かれているわけではない。シームはすべて曲線であり、直線にはなりえない。
 しかし、フォーシームでもツーシームでもない握りでバックスピンをかけることで、二本の曲線のシームの残像があたかも縦に通った一本のシームかのように見える、ある特定の傾きが存在する。これがワンシームである。ツーシームよりもさらに揚力が少ないために「落ちて見え」、しかもシームの気流の乱しかたが不規則なためにシュート方向にナチュラルに曲がっていきやすい。いわばストレートに擬態したシンカーといえるかもしれない。

 私の場合は、仮想の一本のシーム上に中指の右側面と、親指の右側面とをかけている。

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 中指と親指とでつねに一本の縦の線になるように意識し、手首を傾けずオーバースローから、なるべくシュート方向に傾かないよう気をつけながら垂直に投げ下ろす。

 かなり繊細な操作を要求されるため、残像のシームを一本通すのは容易ではない。しかし、握り自体を変えているのだからフォーシームやツーシームとは別個の球になるのは道理で、私のような素人が放るとたとえ回転は汚くとも、なんだか気持ち悪い軌道でヌルッと曲がって落ちていく。実戦でバッターを打ち取れる球かどうかは別として、変化球ってとても自由だということを実感できるし、投げてみるだけでとても面白い球種ではある。


速いスライダー(横)

 ここまでストレート系の球種について紹介してきたが、以下はいよいよ純粋な(?)変化球について考察していこう。

 ストレート系のS面は重力に抗う十二時方向で、厳密にいうと僅かな傾きから一時方向にずれており、これがナチュラルなシュートにつながるのであった。

 一方、いわゆる「変化球」は、十二時方向とは離れた面にマグナス力を働かせようとするために、真っ直ぐではない軌道を描いていく。

 まず、右投手からみて九時方向にS面を持ってきてスライドするように曲げる球種=横のスライダーについて考えていきたい。

 ひと口にスライダーといっても、その実態はさまざまである。
 一般的には、それこそ『パワプロ』で十字キーやスティックを真横に入力するような、ピッチャーの利き手とは逆の横方向に「スライド」していく球。
 かと思えば、グイッと縦方向にブレーキがかかって落ちる「縦のスライダー」もある。
 そもそもスライダーはS面を九時方向に作る横回転の産物だと思い込んでいたら、プロ野球の第一線級のピッチャーが放るスロー映像を注意深く観察してみると、どう見ても横回転ではなく、回転軸が進行方向と同一の「ジャイロ回転」だったりする(ジャイロ回転については後述する)。
 そもそも、利き手とは反対側に横変化する球種といえば、もうひとつカーブがある。球が速ければスライダー、遅ければカーブ? かと思いきや、最近では球速の出るパワーカーブやナックルカーブといった球種もよく聞くようになってきた。
 もうよくわからない。ここがヘンだよ変化球。

 個人的に再定義し直すとすると、スライダーとは「ストレートに擬態した軌道で、回転によってS面六時方向から九時方向に滑るように変化する球」と捉えている。これなら、横も縦もジャイロも押し並べて「スライダー」だ。

 ピッチトンネルという概念がある。ピッチャーズプレートからホームベースまでの一八・四四メートルのうち、プレートから約十メートルほどの地点までにボールが通過していく空間のことだ。
 スライダーは、なるべくストレート(フォーシーム)と同じような軌道を描いてピッチトンネルを通過し、そののちに変化する球を総称するようだ。カーブの場合はS面がだいたい七時方向となり、ストレートのピッチトンネルからは外れ、山なりの軌道を描いて大きく曲がっていく。
 たとえばフリスビーのカーブをイメージしてみよう。円盤の傾きそのものを利用したカーブは、リリースからキャッチングまで常に山なりの曲線を描いて飛んでいく。極端にいえば、カーブの軌道はそれに近い。
 対してスライダーは、なるべくストレートに擬態しようと努力する。物理的に厳密に同一化することはできないかもしれないが、あくまで打者の見えかたの問題であって、打者が「手許で急激に変化した」と感じてくれればそれで成功だろう。

 私の場合、横のスライダーは二種類の握りを試している。
 まず、比較的スピードが速いほうの握りは次の写真の通り。

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 一般的なスライダーと比べると、ちょっと邪道かもしれない。ワンシームと同様に、中指の右側面をシームに押しつけるようにかける。そして、リリース時に中指を一塁方向に払うように意識する(左投げならば、三塁方向に払う)。ダルビッシュ有投手の著書から得たこの知見は大変有用で、面白いようにS面九時方向の横回転がかかってくれる。そのため中指に力が集中するよう、中指にぴったり沿わせている人差し指は中指が反発で動かないようしっかり固定する。また対角線上の親指は、フォーシームと同様に右側面の爪の横部分を、軟式球でいえば号数を表わすアルファベットのマークの辺りに押し当てて、中指めがけて力を込めてホールドする。いわば、フォーシームの握りをそのまま右にずらしていって、中指の右側面がシームにぶつかるところで止めたようなイメージである。
 リリース時の意識がホームベース方向ではなく一塁方向に行くため、難点はコントロールがややつきづらいことだろう。

遅いスライダー(横)

 一方、原理はいまだに私にもよくわからないものの、なぜか綺麗なS面九時方向の横回転が生じ、しかも上述のスライダーよりもコントロールがつきやすいのが、前掲した動画で館山氏が紹介していた握りを参考にし、自分なりに少し調節したスライダーである。

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 なんとも奇妙な握りである。
 一般的な変化球の握りを見慣れている人ほど、笑ってしまいたくなるかもしれない。なんとなくシンカーの握りに似ていなくもないだろうか。
 変化球にはかなりの個人差があると思われるので、この握りが万人に有効だとはとても思えない。繰り返すが、原理もいまだによくわかっていない。ただ、投げてみたらなぜか綺麗にスライダー回転がかかり、曲がってくれた。そんな不思議な球が、館山氏の教えてくれたスライダーだ。
 本人が口にしていたように「中指、薬指、親指」で支え、操作する。腕の振りはストレートと同じで、リリース時に捻るような感覚もあまりない。ただ身体の機構的に、この握りで真っ直ぐに放るとスライダー回転がつくらしい。握りが奇想天外なだけで特別なことをあまりしないから、コントロールも意外とつきやすい。

 ただし握りが特殊で握力が必要なことから、球速はつきにくい。ストレートに擬態すべきスライダーで球速がつかないのは、変化量を差し引いてもデメリットではある。しかも投げてみるとわかるが、どうも肘に負担がかかりやすいような気がする。ちなみに、館山氏は十度も肘の手術を経験しており、もうほかに移植できる靭帯がないともいわれているようだ。鉄腕恐るべし。素人が迂闊に手を出して多投するとリスクがあるかもしれない点は、あらかじめ断わっておくべきだろう。

スライダー(縦)

 ストレートとは真逆、トップスピンに近い回転をかけて、重力による落下以上に急激にボールを落とそうと試みるのが縦のスライダーという球種である(と、私は解釈している)。

 ぴったり綺麗にトップスピンがかかり、S面が六時の方向になるのも稀であろうから、手首の傾きを考慮に入れると、一般的にはカーブと同じく七時、いや六時半あたりの角度にS面を作るのが目標だろうか。S面が七時、八時方向に傾くほど、横への変化も加わる。

 私は、次の写真のように握っている。

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 人間の指というのはたいてい、中指のほうが人差し指よりも長いはずだ。だからシームの膨らみを利用して、人差し指も中指も縦にシームに沿わせてかける。人差し指と中指の両方を使って、シームの膨らみ部分に覆い被せるようなイメージだ。親指はホールド力を高めるために右側面の爪の横部分をシームに押し当てる。

 いろんな言説を見てみると、よく「縦のスライダーはアメフトのクォーターバックがアメフトのボールを投げるように投げるといい」というアドバイスに出会う。なるほど、なんとなくそうイメージしながら投げてみると、確かに横ではなく縦への回転が加わるようだ。

 では、この「イメージ」とはなにか? 私なりに具体的に、このイメージを掘り下げて言語化してみよう。

 そのための準備として、過去の記事で私なりに検討してきた腕の振りのメカニクスについて、ここでいま一度、確認しておきたい。

(1)腕を少し上げる「外転」そして「水平外転」によって、ボールを投球方向とは逆の後ろにテイクバックする。その際、水平外転の可動域は30°と狭く、それ以上後ろに無理やり引っ張ろうとすると、肩に負担がかかってしまう。それ以上は決して無理に引っ張りあげようとしてはならない。

(2)曲げた肘から先を上げるように、まるでお辞儀をした腰を起こすように「外旋」させる。「マルを書く」ようなイメージである。水平外転の可動域は30°と狭かったが、外旋ならば60°と幅があるので、水平外転と外旋の合わせ技をもって、腕をトップ(顔の真横の位置)まで持ってくることが可能となる。

(3)トップまで来たら、可動域が130°と広い「水平内転」の動きで、一気に腕が振られ始める。このとき、骨頭が前に転がる。

(4)さらに「内旋」の動きが加わって、腕が鋭く振り切られる。

 以上のようであった。

 ここで注目したいのは、太字で示した(2)の部分だ。
 アメフトのクォーターバックの投法を想起してみよう。野球のボールよりも遥かに大きく、しかも楕円形ででたらめに投げたら不規則な回転をしかねないボールを投げるにあたって、クォーターバックはまず利き手でボールを持ち、利き手でないほうを添えてがっちりとボールをホールドしておく。そして、相手ディフェンスに迫られるよりも早くパスを投げることを要求されるクォーターバックは(1)のテイクバックを基本的に省略して、急いで(2)のトップの位置を作る。しかしここで、狙いを定めるためにだろう、多くの選手はほんの一瞬タメを作っている。タメが短いほどいい選手ということになろうが、刻一刻と変化する戦況を見極めるには最低限、必要な動作になってくると思われる。ボールの大きさ重さのせいでファンブルして発射角がぶれないよう、ほんの一瞬のこととはいえ、上肢を挙上したタイミングで固定化する意図もあるかもしれない。
 クォーターバックを捉えたスポーツ紙などの写真に、このトップを作っている瞬間が多いのも、それがクォーターバックの華であり、最もサマになる瞬間だからではないかと思う。

 縦のスライダーを投げる際に「アメフトのボールを投げるように」というのは、おそらくこの「トップ」をほんの一瞬だけでも長く持つ意識ではないかと私は解釈した。この野球のボールは大きくて重い、アメフトのボールのように重い……と自己暗示したとき、自然とボールを担ぎ上げる「トップ」への意識が高まるはずだ。

 そしてリリースは、フォーシームを投げるとき以上に高いポイントから、なるべく垂直に投げ下ろすことを意識する。リリースの瞬間には、中指がボールを追い越すように(実際は追い越すはずもないのだが)、上から覆い被せるようなイメージを持っている。こうすることで、ストレートに擬態して落ちる軌道のトップスピンに近い球が行く。

 しかし、ここで私は、はたと疑問にぶつかる。
 アメフトのクォーターバックが投げたボールのスロー映像を、いま一度、思い返してみてほしい。

 お気づきだろうか。
 アメフトのボールには、おそらく軌道を安定させるためだろう、ジャイロ回転がかかっているのである。
 ジャイロ回転とはなにか。それは、回転軸が進行方向とが一致しており、シームがまるで螺旋のような軌道を描いて空気を切り裂いていく回転のことだ。映画『マトリックス』で描かれた螺旋構造の残像が印象的なように、銃弾にもジャイロ回転がかかっている。右投手が投げる場合、その回転の見た目は通常、時計回りになる(ただし、逆回転するソフトバンク千賀投手のフォークのような、お化けみたいな変化球もないわけではないようだ)。

 第一線級のプロ野球選手が投げていたジャイロ回転のスライダー。あれこそが、縦のスライダーの正体なのだろうか?
 そう仮説を立てることもできる。
 しかしながら、ジャイロ回転のスライダーをよくよく見てみると、それほど縦の変化が大きくないこともある。もちろん縦のスライダーと形容できるほど急激な縦の変化が起こることもあるが、どうやら回転軸が上を向いているか下を向いているか、一塁方向を向いているか三塁方向を向いているかで、ジャイロ回転の変化は異なるらしい。右投手が右打者に対して外角に投げた際には重力以上に大きく落ちているように見えるが、内角低めに行くとシュートして下方向への変化は小さくなる。
 そもそも小さく動かすカッター(カットボール)や、昨今流行の「スラッター」もジャイロ回転となっており、区別が難しい。名前の通りボールを「指で切る」というカッターは、ジャイロ回転をかけていると考えられる。

 それよりは、回転によって鋭く落ちるという意味では、たとえば楽天・岸投手が投げる明らかなトップスピンのボールのほうが、よほど縦のスライダーではないのか? と私は疑問に思えて仕方がないのだが、岸投手によれば、あれは縦のカーブであるらしい。
 やっぱりヘンだよ変化球。

 結局のところ、縦のスライダーとはどういう回転をかければいいのか? 私見だが、その到達点はジャイロ成分を含んだトップスピン、あるいはトップスピン成分を含んだジャイロ回転、という形容が近いのではないかと感じる。

 最初に立ち返って、トップスピンとはどういう回転なのだろうか。理想的にはS面がぴったり六時方向を指し、マグナス力によって重力以上の下方向への変化を企図したものであった。となると、回転軸は、一塁と三塁とを結んだ直線上、進行方向とはまったく垂直の方向に現われるはずだ。
 しかし、フォーシームがどうしたって僅かでもシュート方向に傾くように、左右非対称で機械ほどの精密さを持たない人間の身体では、トップスピンの回転軸も手首の操作によって少しであろうと傾いていくはずだ。
 ここでボールを三次元的に捉えてみよう。一塁と三塁とを結んだ直線上に回転軸がある純粋な、理想的なトップスピンを基準に、その回転軸を水平方向に斜めに傾けていく。具体的には、一塁を向いている軸の先を次第に本塁方向にずらしていく。するとどうだろう。三塁を指していた回転軸の先が投手の視界に見えてきて、やがてジャイロ回転のように見えてこないだろうか。
 仮説だが、縦のスライダーは、トップスピンをかけるイメージで、その回転軸のうち(右投手なら)一塁を向いているほうを本塁側に振り向けるジャイロ回転のボールということなのかもしれない。右投手から見て、左斜め前に回転軸が向いているジャイロボールである。

 素人の私は、まだまだジャイロ回転を操れる域には達していないし、実際に投げてみると回転が安定せず汚く見えるが、握りと腕の振りを意識するだけで、ある程度、意図した縦の変化は見せてくれている。変化球とは不思議なものだ。横スライダーよりは案外、縦のほうが習得しやすい球ではないかと感じている。

カーブ

 変化球のうち、最も古い歴史を持つといわれているのがカーブだ。
 最初に覚えようとする人も多いのではないだろうか。
 さしてストレートに擬態するわけではなく、回転をかけて「曲げる」という単純な構造から、変化球の「基礎」のようなイメージがある。

 しかし個人的に、カーブは変化球のなかでも特殊な部類に入るのではないかと考えている。これまで述べてきたストレートとスライダーは親戚関係にあるが、カーブはあまりこれらと関連性がない。ストレートやスライダーは「押す」ことで変化をつけるが、カーブを投げるコツとしては「抜く」という表現がよく使われる。ストレートやスライダーが足し算だとすれば、カーブにはどこか引き算のイメージがあるのだ。

 私は、S面が七時半方向を向く一般的なイメージに近いカーブと、S面が七時から六時半方向にやや下向くドロップカーブの握りを練習している。握りは末尾(有料部分)を参照されたい。

 まず、七時半方向に曲げたい通常のカーブについて。カーブの握りにもいくつかのバリエーションがあるようだが、私は次のような握りを採用している。

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 縦のスライダーと同じく、縫い目の曲線を利用して、人差し指と中指の先を縫い目にかける。軟式球でいえば、号数を表わすアルファベットマークから指一本ぶん右の位置だ。ここで意識したいのは親指側のほうで、あまり浅く握りすぎないということである。親指の指先だけでなく根もとから、手のひら全体を使ってボールを包み込む。人差し指と親指が結ぶ線から、ボールの球面の半分かそれ以上がすっかり露わになっているようなイメージだ。

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 こうして中程度の力でホールドしておいて、リリースの瞬間には、抜くというよりは水道の蛇口を軽くひねるような、親指と人差し指のあいだから滑り出させるようなイメージを意識する。ボールを握り込んでみると判るが、人間の手というのは力の均衡が少しでも崩れると、勝手に水道の蛇口をひねる方向に回しやすくできている。発射角はストレートのピッチトンネルからやや外れ、山なりの軌道を思い描いて高めになる。振り下ろしのイメージは、これもよくある喩えだが「チョップするように」なる。
 ボールを「抜く」ためには手首を本塁方向に向けるべし、という言説もあって、そのほうが確かに大きな横変化を得られるのだろう。しかし、前述したような「テイクバック→挙上からのトップ到達→腕を振るのではなく腕が振られる」というメカニクスを重視している都合上、手首をいたずらに捻るのはなんとなく肌に合わない。個人的にはコントロールが乱れてしまい、あまり上手くいかなかった。
 それよりは、中指を中心とした操作で、ボールをチョップして「切る」という感覚のほうが近いかもしれない。その意味で、軌道をストレートに近づけようとすればカッター(カットボール)のような小さな変化にすることができるのかもしれない。

ドロップカーブ

 対して、縦に大きく割れる軌道を企図して投げるカーブの握りは、先述した縦スライダーの握りに少し似ているかもしれない。

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 やはりシームの膨らみを利用して中指をシームに沿わせかけ、人差し指のほうは浮かせる。対角線上のシームの上に、親指の右側面の爪の横部分を押し当てる。
 ただし、感覚はまったく別ものだ。まず、人差し指を浮かせることによって、基本的に親指と中指の二本のみで支えるので、単純にボールにかかる力の総量が減じられ、球速が遅くなる。「抜く」感覚も得られやすい。そしてリリース時には親指と中指で指パッチンをするように回転をかける。このため、縦スライダーとは明確に異なる。
 S面が六時半方向を向くのが理想なので、想定する軌道は通常のカーブよりもやや頂点が高い山なりのものとなる。

シンカー

 ここまではS面が六時から九時方向に向くカーブ・シンカー系の変化球をおもに見てきたが、左右非対称である人間の手の摂理に反して、逆回転のカーブを投げようとすることができなくはない。それがシンカーというロマン溢れる球種だ。ヤクルトの石川投手やロッテの益田投手ら、シンカーを武器としている技巧派の投手もいる。

 しかしこの球種、やたらと難しい。
 個人的には次のような握りだと最もコントロールが安定することはするのだが、多くの場合、ただの回転不足の山なりの棒球にしかならない。

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 さまざまな文献・資料によれば、リリース時の感覚は「撫で切るように」中指から薬指、小指へと順番に離していくのがよいらしい。
 中指と薬指の間隔は狭くしたほうがより強い球が行くようだが、操作性は落ちる。とてもすっぽ抜けやすい。なるべく開いて、中指と薬指でフォークのようにボールを挟むような感覚を作っておくと、まだしもすっぽ抜けにくい。
 人差し指を折り込んでサークルを作るのは不安定な握りのなかでボールを固定させるためだが、これは撫で切らずに投げれば、サークルチェンジにも通ずるのだろう。
 また、オーバースローを意識しすぎると原理的にシンカー回転はかかりにくいようだ。スリークォーターからサイド気味に投げるほうが、まだしもシンカー「っぽい」球が行くらしい。

チェンジアップ

 コントロールが定まりにくいサークルチェンジをわざわざ投げるくらいならば、私は別のチェンジアップの握りを選ぶ。
 そもそもストレートの球速も回転数もまだまだ足りないズブの素人である私が、緩急をつける目的でフォーク系やチェンジアップ系の球を投げる意味も必要もなかなか見出せないので、あまり多く練習するつもりはない。以下はあくまで理論上の検討になる。

 私がもしチェンジアップを投げるのならば、中指を立てた握りを選ぶ。

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 いわゆるパラシュートチェンジに近いだろうか。シームに四指をかけるパターンとかけないパターンがあるようだが、明確な減速を生じさせるために、私は一切シームにかけないほうを選ぶ。

 チェンジアップとは、スライダーやカーブのようにシームの回転によってマグナス力を得て軌道が変わるのではなく、なるべくストレートと同じように見える腕の振りでありながらボールに伝わる力を減じ、回転数を落とすことで、空気抵抗や重力によって自然にブレーキをかけ、落下することを企図する球である。

 さて、ここまで私はスライダーとカーブ、ついでにワンシームについて数種類の握りを試してきたが、これらにはひとつの共通点がある。
 それは「おもに中指で操作する」という点だ。
 フォーシーム、ツーシームまでは中指と人差し指の二本で均等に強い力をかけていくが、一定の繊細さが求められるワンシーム以降は、すべて中指を中心とした操作に集中することにした(だから、薬指の感覚が必要とされるシンカーは苦手だったりもする)。不器用が不器用なりに握りを検討して、ストレート系なら中指と人差し指の二本、変化球なら中指一本と、意識のスイッチングを明確にできるようにしたのである。
 たとえばこれがカットボールだと、人差し指で切るという人もいたり、薬指小指を瞬間的にグッと握り込むことで切るという人もいたり、さまざまのようだ。ツーシームと明確に区別して投げるシュートも、曲がる方向から考えれば当然、人差し指の繊細な感覚が必要となってくるだろう。しかし運動音痴には、そういう器用なことはなかなかできない。
 下手は下手なりに、自分なりの意識やルールを単純化していくのはひとつの方法論ではないだろうか。

 話が逸れたが、チェンジアップの話に戻る。回転をかける変化球では中指を生命線と定めることで、逆説的に、中指を抜いた握りのチェンジアップでは、なるべく回転をかけないよう、しっかり抜くように意識が向きやすくなるのである(と、個人的には感じている)。

 だから、いまのところ人差し指と中指で挟むフォークも磨くつもりはない。プロの投げるフォークのスロー映像をよくよく見ると、右投手が反時計回りのジャイロ回転をかけていたりする。高次元すぎて、いよいよ意味が判らない。

オリジナル変化球の仮説(1)

 まだラプソードやテクニカルピッチのような機器で測定したわけでもないので、回転を目視しただけの机上の空論に過ぎないが、変化球とは自分の身体の特徴と相談しながら投げていく、自分の身体の延長であり、身体のアウトプットであると考えている。なにより変化球を投げてみることは面白い。十メートル、十八メートル先で、不思議なことにボールが意のままに曲がったり、あるいは思いもよらない変化を見せたりするのである。これは、一度経験してしまうと癖になる。強打者に立ち向かって打ち取ろうとする本格的なプレイヤーならいざ知らず、年に数回の草野球で使うともしれない変化球を試している私の場合、ボールの行方そのものを見ているのが楽しみなのだ。本来の競技ならばバッターの反応を見たり、キャッチャーの構えるミットをしっかり見て投げなければならないのかもしれないが、個人の道楽ならば、徹底してボールだけに注目し、軌道フェチ、回転フェチになれる。

 さて、ここまで遊びながら変化球について考えてきて、自分なりの変化球を考えてみたいという欲が出た。
 魔球。それは、野球漫画などでもたびたび描かれてきた、野球少年たちの永遠の夢である。
 消える魔球、右に曲がったあとに左に曲がる魔球、水飛沫を巻き上げて唸る魔球……。
 それらは所詮フィクションの産物であり、科学的に考えて現実にはあり得ない。
 古今東西あらゆる物語やトリックは語り尽くされたといわれているのと同じように、いやそれ以上に、この世に変化球はほとんど出尽くしたといってもよいかもしれない。先述したように変化球とは、基本的には回転のS面が一時から十二時方向まで三六〇度あるうちのどこを向くかで、便宜的に分類しているだけに過ぎない。その呼称は多分に恣意的であり、同じような軌道がツーシームになったりシンカーになったりする。これ以上の分類、たとえばS面が七時半方向なのか七時四十五分方向なのかといった微細な差によって呼称を変えることにはあまり意味がなく、現実的ではない。

 しかし、これまで見てきた変化球のS面を振り返ってみると、手薄な方向というのがたしかに存在してはいる。人間の身体の機構を考えるに、普通に投げただけでは、まず回転のかかりにくい方向。

 それは、S面が十時から十一時方向を向くバックスピン系の球である。
 つまり、フォーシームを投げようとすれば誰でも僅かに傾いてしまうシュート方向の、ちょうど逆のような球。バックスピン成分が強く、揚力を得てストレートに擬態しながらも、スライダー方向に小さく曲がる球。
 理論上、もし仮に人間の肩関節が一八〇度以上外転することが可能であれば、ストレートを投げる応用として、右投手なら頭より左側から投げ下ろすことでそういう球が容易に投げられたかもしれない。

(外転については下記参照)

 しかし、現実には肩の外転は一八〇度までしか行かない。その他、上体を倒してみたり、水平内転と内旋を組み合わせてみたりすれば、強引にスライダー方向のバックスピンをかけられないこともないが、下半身のフォームとの連動がごちゃごちゃになるし、力のロスが大きすぎてボールの勢いは望むべくもないし、なにより投げかたが奇妙すぎてバッターにバレバレとなってしまうだろう。

 となると、スライダーに近い手許の操作で、なんとか同方向の回転が掛けられないかと模索することになる。

 じつは、これは最近流行りのスライダーとカッターの中間球、いわゆる「スラッター」の正体ではないかと考えている。ここで前掲した則本投手のインタビュー動画における「スラッター」のリリースについて、改めて確認してみよう。スラッターのリリース時の意識とは、腕をホーム方向に振りつつ、手首だけ一塁方向に向けるイメージだと語っていた。こうすることで、右投手から見て回転軸が斜め右前を向いたツーシームジャイロのボールが行く。ボールを三次元的に捉えると、回転軸が右投手から見て斜め右前を向いたジャイロボールとは、つまるところS面が十時から十一時方向に現われるバックスピンのボールと同じことだ。バックスピン成分が入るので、ホップするジャイロボールということになる。

 しかし、オーバースローでジャイロ回転をかけるのは、やはり至難の業だ。

 そこで、私は別の握りで代替できないかと考えた。もう少し自然な形で、S面十時から十一時方向のバックスピン=斜め右向きのジャイロ回転をかけられないものかと。

 ここで、縦スライダーの回転について想起しよう。縦スライダーとは理想的には、右投手から見て斜め左前に回転軸が向く、トップスピン成分の入ったジャイロ回転だと先述した。
 であれば、この縦スライダーの握りで手首の傾きやリリース、発射角を変えれば、斜め右前に向いたバックスピン成分を含むジャイロ回転を目指せるのではないか? そう仮説を立てた。

 具体的には、それほど難しい方法論でもない。ただ真上から投げ下ろす意識だった縦スライダーの握りはそのままに、腕の振りだけをスリークォーターからサイドスロー気味に変えて、S面が十時から十一時方向を向くようバックスピンを意識して投げてみたら、どうだろう。スラッターに近い回転の球が行かないだろうか。アメフト投法を意識し、トップを気持ち長く持つところまでは、オーバースローの縦スライダーとまったく同じだ。そこから腕が勝手に「振られる」瞬間に、オーバーかサイド気味かに分岐する。

 もし、このボールを投げるときだけ明らかにスリークォーターからサイド気味に腕が下りていたら、それだけでバッターには気づかれてしまうかもしれない。再現性が損なわれるという意味でも、悪手といえよう。しかし、同じ試合においてオーバースローの投手がサイドスローで投げてはいけないというルールはない(と、私は解釈している)。そもそも先に挙げたピッチングフォームの要件、とくにトップへの挙上から勝手に腕が「振られる」という身体の機構は、容易にサイドスローに応用が可能だ。アンダースローを習得するには特殊な訓練が必要だろうが、スリークォーターからサイド気味の振りならば、理屈はかなり近いはずである。

 いっそこれを機に、クォーターからサイド気味にリリースする球種を増やしてみれば、握りの形を新たに加えなくてもバリエーションを増やすことが可能だ。
 フォーシームの握りは、問題なくサイド気味に投げられるだろう。その場合は当然、ナチュラルなシュート回転の成分が増える。ツーシームも同様だ。こちらのほうが球威が犠牲になる代わりに、コントロールがつきやすいという人もいるかもしれない。
 横スライダーの握りは、オーバースローでは一塁方向に中指を払うという意識が必要だったため、それをそのままスリークォーターからサイド気味に置換することはなかなか難しいかもしれない。横回転を企図していた球を寝かせたら、結局はS面が上を向くバックスピン成分が入るので、縦スライダーの握りと同じことだ。
 いっそカーブの握りでカット気味に投げるのも面白いかもしれない。
 そもそもシンカーはスリークォーターからサイド気味に「撫で切る」ことが求められたので、都合がいい。もしシンカーを習得できるなら、腕の上げ下げで選択肢が増えるだろう。

オリジナル変化球の仮説(2)

 また、もうひとつ「中間球」という概念を援用するなら、私なりのフォーシームと横スライダーの中間のような握りで、わずかにカット気味にバックスピンのストレートを投げてみると、小さなスライダー変化をするのでスラッターの代わりになるかもしれない。強引に名づけるならば、フォーシームとスライダーの中間だから「スラーム」だろうか。

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 ともすると、このような握りで通常のスライダーを投げているという人もいるかもしれない。私の場合は横方向のスピンを増幅させるために、通常の横スライダーでは中指の右側面をシームにぴったりつけていたが、こうしてフォーシームから少しずらしてリリース時に捻りを加えることで、スライダー回転はたしかにかかる。
 ただ、これをスライダーのように捻らずに、S面が十時から十一時方向になるようにバックスピンを意識してストレートに近い投げかたをすると、十メートルほど先で僅かにスライダー変化する球になる。意識としては、則本投手のスラッターに近いかもしれない。則本投手ほど綺麗なジャイロ回転はかけられるはずもないが、少なくともフォーシームと違う握りで違う軌道の球が投げられるならば、それはもう変化球といっていいだろう。要は、自分にしっくりくる形で変化させることができ、最終的に打者の意表を突けるなら、方法や過程はなんだっていいのだ。

 発想は自由。
 だから変化球は面白い。

 次回は再びフォームの試論に戻って、踏み出し脚について考察する。




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