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対話から始まる

 なぜかqbcさんの記事「無名人インタビュー:スピリチュアル商法の裏側についてプロの易者さんの人に聞いてみた」で私の記事をご紹介いただいたという通知があって、スピリチュアル? 占い?? と戸惑ったが、当該記事を読んだらこれが面白かった。
(ご紹介いただき有難うございます)

「占いの類は信じない」と書いている身で大変恐縮だが、易者の方は半ば心理学的なアプローチで、しかし心理学とは決定的に違って理詰めの計算ではなく「人間」を見ようとしているのだなと感じて興味深かった。

「占いの面白さっていうのは、人間の面白さです。人の心ってもうまったく違う。
その人の心に直接触れられる方法のひとつが占いです。すごく手っ取り早い」

 特に興味深かったのは、以下の部分。

「占いでも聞き役ばっかりじゃダメなんですよ。お客さんから何か聞かれたら、全部素直に答えます」
「私が初心者だったころは、この恋愛がうまくいくかどうか、ただ結果だけを当てれば良かったんですよ。でも最近は、このお客さんの現在は過去のトラウマ的なやつが影響してるなとか、結婚したいとは言ってるけど本当の望みはそこじゃないな、というのが出てきて。
出てきてってというか、扱えるようになったということかもしれないんですけど、それがものすごく難しいんです」
「正直言ってしんどいんです。カウンセリング的な占いをするのが。(中略)だけど、お客様の問題が解決すると、自分自身も楽になれるんですよ。ちょうど鏡みたいなものなんです。だからお客様の心がリラックスするということは、私にとってもすごい心理的なメリットがあるんですね」

 占いというのはつねに一方的なものかと思っていたが、案外、双方向のものなのかもしれない。この方は仕事の出発点を「対話」に据えている。そして、経験を重ねることで知見を深めている。その意味で、ベテランの占い師の方に見ていただくというのは一定の効果を見込めることなのではないかと思い直した。

 また「占いと小説は機能としては一緒だったんだな」というqbcさんの気づきも示唆に富んでいる。私はqbcさんの作品を「(ディス)コミュニケーションの小説」と書いた。あえてカッコ書きの(ディス)だ。
 100人ものインタビューをこなされてきたqbcさんが、

「コミュニケーションなんて成立するわけないんですよ。迷信です」

 と断言されるのはある種の謙遜というか韜晦かもしれない。百いえば百伝わるような完全なコミュニケーションの不可能性を痛感しながらも、だからこそ相互のコミュニケーションを取るための努力が……つまり「対話」が必要であり、まだまだ「対話」の力を信じているという姿勢の表われなのではないかと感じた。

 qbcさんの小説を巡った「対話」の契機として私の感想記事がほんの少しでもお役に立てたならば、幸いに思う。


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