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祖父の消息───父方の祖父の話




私の父であるその人は、自分のことを語らない人だ。


前記の通り、母であるあの人はいつだってそれはもう事細かにたっぷりと語ってくれるので母方の話には事欠かないのだけれど、父方の話を私はとんと聴いたことがない。
そもそも自身の話すら話題に上がることはほとんどないので、それ以外となるとお察し状態である。


私が識っている父のことといえば、

海辺の街の生まれだということ、
海に落とされてはブクブク溺れつつ泳ぎを覚えたので泳ぐのは苦じゃないこと、
上のきょうだいに姉しかおらず、父は末っ子ながら待望の長男だったこと、
小さい頃からガキ大将でそれなりに強かったらしいこと、
座学がてんでだめだった代わりに運動神経は抜群で、野球で高校に入ったようなものであること、
高野連(高校野球連盟)で審判をやっていた頃があること、
警備職にはよく就いていたこと、
タッパはないが体格はそれなりにあって強面な上に態度も声もでかいので、とにかく多方面で怖がられていたこと

……くらいである。
こうやって書き出してみれば意外とあったな? と首を傾げたけれど、それは本題じゃないのでまた別の機会にでもしておこうと思う。

この人は自分の周りのことを本当に口にしない。
伯母たちの存在も祖母のことも、私は当時母の口から聴いて初めて知った。
後にちらっと伯母たちが話の流れで出てきたことはあるけど、ただその人を指したから名前が上がっただけでそれ以降全く話題にならなかった。

私は父方の親族に9割方対面したことがない。
話も知らない。

父方の祖母とはほんの2度ほど会ったことがある。
1度目は私がまだ小学校低学年の頃。
2度目は一気に飛んで、成人するかしないかという頃の話になる。
どちらも短時間の口数少ない対面だったので、これといって明記できるほどのエピソードは存在しない。
特に私はこの父方の祖母についてとんでもなくえげつないことを母から繰り返しくりかえし聴かされていたので、自発的に交流をしようとはどうにも思えなかった。

祖母はもうこの世にいない。
3年ほど前に眠りに就いたと父からメールで報告を受けたとき、私は初めて苗字だけ憶えていた彼の人の名前を知った。


父方の親戚について、この人は本当に口にしない。
伯母たちがまだ存命なのか鬼籍に入ったのかも私の中では定かでない。
でもそれ以上に祖父についてが分からない。
祖母とは一応会わせてくれたけれど、祖父についてはその字の1つも見えやしなかった。
どうしてなのかずっと気になっていて、けれど聴いていいのかどうかも分からなかった。

けれどひょんなことで、祖父母が離婚していたことを知った。

なんのためかはもう憶えていないのだけど、昔何がしかの手続きの一環として母が戸籍の複写を取り寄せていたことがあって、そのときに見せてもらった副産物である。

知らない男の人の名前と、苗字だけは覚えていた祖母の名前。
県境を2つほど越えた先の地に、本籍を置いてる誰か。
父と同じ苗字の、知らない人がそこにいた。
このとき私は父の名前が祖父の名前からきていたことを知った。


これ以降、私は父方について知ろうとすることをぼんやり自身に禁じたので祖父については未だに名前と本籍のある都道府県しか知らない。
戸籍の複写を見せてもらったのもだいぶ前のことなので、その人となりどころか、今どこでどうしているか、生きているかも分からない。
母を捕まえた頃にはもう父の傍には祖母と伯母たちしかいなかったようなので、あの人の話にも出てきた憶えがない。

ただ、あの人から聴かされてきた祖母と伯母たちの様子を踏まえると、もしかすると祖父はなかなかに素養があって頭も回る人だったのかなあとときどき思う。
やべーやつとはさっさと縁を切って微塵も関わらないというのを実際に行動に移すには、こいつはやばいと判断できる知力互いに離れるのを相手に納得させる話術というハイパー高等スキルがないと本当に、本当に難しいからである。
しれっと祖母に伯母たちと父を全員押し付けて自分は身軽にトンズラできているあたり、祖父はめちゃくちゃデキる人だな…としみじみする。
とても賢明な判断だ。

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