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実写版『ドカベン』は続編ありきだったのか

漫画が実写化されるたび、原作とイメージがちがうだの改悪だのと、何かと批判にさらされる昨今の狭量な風潮。

あの三池監督でさえ有名原作漫画の映画化を手がけるときは、ションボリとした、とけた冷凍食品みたいな精気のない映画を作ってしまいがちです。

かつて、80年代あたりまで、マンガの実写化だったら何でもござれだった鈴木則文監督が、今生きていてしかも現役だったとしたら、やはり批判を浴びていたのだろうかと、時々考えることがあります。

〈わたしが漫画原作の映画化に取り組んだのは七七年の『ドカベン』からであるが、『伊賀野カバ丸』までは、原作の魅力をいかに忠実に再現するか、原作読者の期待をいかに満足させるかという点に全能力を傾けたのである。〉(『東映ゲリラ戦記』)
という則文監督の姿勢は、今の時代でも好感を持たれるんじゃないだろうか、と思う一方、それがどうしてああなるのか、鈴木”ノリスギ“とも言われる(?)、あのように悪ふざけが過ぎるようにも見える珍妙な映画群は、やっぱり怒りを買うような気もする。

『コータローまかりとおる!』(84)の時は、〈少し考えが変って()映画独自のオリジナルを表現すべきではないか〉と考えたというが、その後の『ザ・サムライ』(86)の狂気じみた再現への意志に接すると、たんに例外的に『コータロー~』の原作がアレだったということかも知れない。

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その鈴木則文監督の『ドカベン』(77)。

話は原作の序盤と同じく、山田と岩鬼の弁当がらみでの出会いから、柔道部の話までが大部分。

演技の表現方法が4ビットくらいしかない山田役の子。それが朴訥としたなかにある底知れなさとマッチ(死語)する。

永島敏行の化粧したみたいな扁平な表情。殿馬の川谷拓三は川谷拓三でしかないのに、殿馬のまんまでもあるのは、不毛なほど忠実にトレースされた殿馬の奇怪なアクションの数々ゆえでしょうか。 

岩鬼の、表情筋が純粋にチャカチャカ作動する可笑しみ。「ぬな?」の見事な発声。くわえた葉っぱから花が咲く無駄なクオリティ。仕草/アクション/発声の累積が、岩鬼そのものとなる。純粋形態の岩鬼が、山田家のサンマをマズいマズいと言って喰らい、しゃーないから泊まっていってやるというピュアな切なさ。

赤くなる岩鬼の顔面、打撲で灰色になる賀間の腕。カラー映画の原初的、そのまんまな面白さがあります。

映画の最後は、謎に水島新司がえんえんとノックするシーンでふわふわして終了。

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さて、終盤の混乱した展開と、柔道から野球へ移行したあたりでの終わりかたからは、続編ありきだったかんじにも見えますし、そう信じるひとも一定数いる。果たしてそうなのでしょうか。

原作では中学だったエピソードを、映画では高校に設定を変えている。

そのため、映画だと柔道がらみの話が落ち着いても、高校一年の甲子園の夏の予選が終わってしまっていて、甲子園に行くにしても2年生である翌年になりそうだし、このままだと大人気キャラの里中の入れどころがない。

神奈川の猛者たちとの、野球での高校1年時での対決も消えてしまう。

この映画版で、中学を高校に変更した以外は原作にけっこう忠実に描いてきたものが、続編があるとすると、結局原作からの大幅改変が必要になってしまう。

この作品が公開された当時の状況を見てみると、テレビアニメ版は前年(76)より放送中。この年(77)春と夏には、東映まんがまつりでアニメのブローアップ版が上映されている。その狭間のゴールデンウィークに、この実写版『ドカベン』は公開されています。

○76年10月 テレビアニメ版『ドカベン』放送開始~

○77年 春休み東映まんがまつり(アニメ『ドカベン』。中学編で、柔道部→野球部に移行する15話「おーよ!ピッチャーで四番ヅラか?」のブローアップ版)

☆77年 GW 実写『ドカベン』(今作)

(実写版公開時の、テレビでの直近エピソードは高校1年時、30話「初登板! 小さな巨人里中くん」 )

○77年 夏休み東映まんがまつり(アニメ『ドカベン 甲子園への道』。地区予選決勝、対東海高校戦クライマックスの37話「なるか!里中パーフェクト」の同じくブローアップ版)

天尾完次から、ゴールデンウィーク用の『ドカベン』監督をとの依頼が鈴木則文にあったのが、前年76年12月だったという。乗り気でなかった鈴木だが、読んでみた原作が面白くて夢中になる。やっぱり話を受けると連絡すると、掛札の脚本は半分ほど進ていた。宣伝部配布文には〈単行本も26巻1000万部の売れ行き、また、現在フジTV で放映され視聴率20%を越える〉とある。現在進行中の、ベストセラーかつ高視聴率のコンテンツだったのだ。

はじまったアニメ版が高視聴率だったことで、東映まんがまつりに春、夏に投入することも早々と検討されていたのではないか。

そこで採用されるエピソードは、テレビアニメの進行をなぞるために、あらかじめ決まってくる。

春マンガまつり→野球をはじめるあたり

夏マンガまつり→甲子園出場決定あたり

なので、その間のゴールデンウィークにやる予定の実写版のケツは、ボンヤリとでも良いから(!)「野球をはじめて、甲子園を目指すぞ」前後にすべしと、決められていたのではないか。

実写版は、テレビアニメ/東映まんがまつりとは別の、独立したコンテンツ/ストーリーでありながら、テレビや東映の劇場へと、視聴者/観客を誘導する役割を担っていた。

実写『ドカベン』をみていくらかでも興味をもち、ボンヤリと大まかな設定や物語を把握してくれたら、それで良かった。この映画の中途半端な終わりかたは、続編への道筋をえがいていたのではなく、メディアミックス的な開きかた、だったのだと思われます。

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