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コンビニができた 1

国道沿いにコンビニができた。ニュータウンの住人たち、特に中高生にとっては、これはとてもセンセーショナルな出来事で、これまでは南の街の方へ3キロほどくだるか、あるいは5キロ北へあがったところにしかコンビニはなかったから、つまり歩いて行ける範囲にはコンビニがひとつもなかった。

田舎に暮らす子供たちにとって、歩いてコンビニ行けるというのは、一種のステータスだ。ニュータウンは、夜の8時にはスーパーが閉まって、後は街灯の灯りだけになる。国道沿いにあるスーパーは夜の10時まで空いているけれど、肉や魚が安いお店に行ったところで、中学生や高校生が楽しめるはずもない。

ところがコンビニというのはどうだろう。24時間開いていて、雑誌やコスメ、カラアゲや肉まんが買える。スーパーの隅の申し訳程度の雑誌コーナーと違って、立ち読みをするにしても様になる。何より心惹かれるのは、夜中でも煌々と輝くあの明るさだ。夜中の明かり。動物の本能。よくない何かが起こる予感と、それに加担する興奮。思い返すとそんな風に言葉にできるけど、当時の僕はただただ、夜の光の強い引力に惹かれていただけだ。

学区内に初めてできたコンビニだから、中学校ではしばらくコンビニがホットな話題になった。ある日の昼休みに不良のケンタがでかい声で言っていたことが僕の心をとらえて離さなかった。

コンビニのさ、ヤンジャン、見た!?エロすぎやろ!やばくない?

コンビニ、ヤンジャン、エロすぎ。中学2年生の僕には宇宙の真理よりも神秘的で甘美な言葉だ。僕は当時まだその手の本を手に取ったことがなかった。ニュータウンの中では見かけることはなかったし、家に持ち込むのも「見つかったらどうしよう」という恐怖の方が優ってしまう。ニュータウンにはそういう猥雑がどこか似つかわしくない空気があった。

それがコンビニならどうだろう。雑誌棚に並んだ本の中から、暇つぶしですよという顔で一冊手に取ってパラパラめくる。なんともさまになるじゃないか。コンビニの明かりは猥雑だって照らして、明るくさっぱり見せてくれる。

自分でも自覚はしていなかったけれど、その日から僕の喫緊の願いは「コンビニでヤンジャンを立ち読みする」というそのただひとつとなった。

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