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コンビニができた 5(完結)

はたしてそこに目当てのものがあったかというと、答えは否だ。稲田さんはいない。まあそれはよしとしよう。彼女だってコンビニに入り浸っているわけでは無い。会える確率が低いのは承知の上だ。そうなると残るは当初の目的であったヤンジャンだけになる。

暇だからね。なんか無いかな。別になんでもいいんだけどさ。そんな顔を作りながら雑誌をつまんでは、戻す。だって一冊目からヤンジャンを手にしたらまるでそれを目的に来たみたいじゃないか。そうして数冊の雑誌を物色するふりをしてみたところで、ぼくはだんだんとヤンジャンが無いことに気づく。

まさか、いやいや、そんなことは。もう一度よく探そう。一歩引いて雑誌棚を2度3度と見渡してみても、やはり見つからない。もっと露骨なエロ本はたくさんあったし、正直そちらに興味が無いなんてことは無い。でも足りない理性で考えた結果、そちらはあまりにもリスクが大き過ぎる。万が一誰かに露骨なエロ本を立ち読みする姿を見られようものなら、翌日からクラスでのあだ名がエロ本にちなんだ何かになることは避けようが無い。無限大のリスク、パスカルの賭けだ。

コンビニの冷房に一度はひいた汗が、額にじわっと噴き出してくる。まずい。このままでは雑誌棚をキョロキョロ眺める不審者だ。何か手に取らなくては。

そして僕は全く読んでもいない少年マガジンを手に取った。パラパラとめくってみても、普段見ていないマンガばかりだから、どれも全く展開がわからず、面白くもなんともない。30分も歩いて一体何をしにきたのだろう。最後の希望は、そうこうしている間に習い事を済ませて暇を持て余した稲田さんが来店することだけ。そう思って顔を上げると、最悪なものが目に映った。3年の、一番目立つ悪い連中だ。わけわからんけど一人はなぜかバイクに乗っている。入り口ですれ違うのは怖い。かといって立ち読みを続ける度胸も理由も無い。どうやったら彼らとの接触を避けられる?考えろ、考えろ。

追い詰められたネズミのように僕の頭脳がフル回転する。チャンスは一瞬だ。入店した彼らが真っ直ぐレジの方へ向かうか、それとも右へ折れてこちらの雑誌コーナーへ向かってくるか。それを見極めて素早く動く。レジ方向へ向かうなら、彼らが通り過ぎた後を退店すればよい。こちらに向かってくるならばその刹那踵を返して、コンビニを一周して退店すればよい。そしてもっとも大切なことが、彼らを見つめ過ぎてはいけない。と同時に、完全に無視してはいけない。両極端ではあるがどちらもナメた態度と見られる恐れがある。あくまでも存在は認識しながら、自然と彼らの威光を敬う態度を取らねばならない。

ピンポンぱんぽんピンポーン

間抜けなリズムが聞こえる。彼らがこちらへ顔を向ける。それと呼応するように僕はマガジンを棚に戻し、落ち着いた動きで店の奥、ペットボトルコーナーへ向かう。そして飲み物を選ぶふりをして、ごく自然な態度で退店する。

無事にコンビニを離れて安心すると、途端に喉が渇いた。稲田歯科の駐車場には車がもどってきている。いるのかな、と眺めながら足を止めずに通り過ぎた。

橋を渡って、運動公園の自販機で飲み物を買った。トボトボと切り通しを歩いて帰った道は、ほとんど何も目に入らなかった。

北公園のそばを通ると、ピンとタイラの姿が見えた。

「おばちゃんに聞いたらコンビニ行ったって言うから」
「歩いて行ったの?アホやな。」

ピンの笑顔も、タイラの呆れ顔も嬉しかった。それからピンの部屋でスマブラをして、ギターをひいて、そうやって週末がいくつも過ぎて行った。コンビニまで歩いて何もせずに帰った話をピンが稲田さんにすると、大笑いしていた。

それから10年が経った頃、僕はそのコンビニの夜の駐車場で稲田さんとたくさんの時間を過ごすんだけど、もちろんその時はそんなこと微塵も考えていなくて、ただ僕たちはヒヨコみたいにまだフワフワで、毎日が美しかった。

あれから20年以上が経って、コンビニは変わらずそこにある。帰省の折に寄ってみると、エロ本がすっかりなくなったこと以外はそんなに大きな変化もない。結局僕はそこでヤンジャンを立ち読みすることがないまま大人になってしまって、それだけが少し、寂しい。

〈了〉

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