ep8 海鳴り

鳴海という地名は古く鎌倉時代の文献には見られる。町に暮らす多くの人はその字面から、海鳴りの音が聞こえるからつけられた地名だと思っている。いや、それは実は正確ではなくて、多くの人は、地名の由来など考えたことも無い、という方が正しいだろう。そしてごく一部の、地名の由来や土地の成り立ちを気にする奇特な人々のうちでも、鳴海という地名の本当の由来はあまり知られていない。

海のそばとはいえ、ここは四方のほとんどを陸地に囲まれた内陸の海。台風が来ようとも、そこまで荒れることは無い。半島西側の外海のような波が立つことはなく、当然、海鳴りなど聞こえようはずも無いのだ。

では鳴海という地名はどこから来たものだろう。鳴海。鳴見。鳴子。など、同様の地名は全国に多く見られる。地形から読み解くと、「なるい=おだやか・ゆるやかな」丘陵地、というのがもっともしっくり来る説明であるようだ。

確かに鳴海ニュータウンも、たんこぶのように海に突き出たなだらかな丘をなしている。団地が切り開かれる前の写真を見ると、そのほとんどが畑地として利用されている。さらにさかのぼると、周囲の山々と同様、落葉の広葉樹が広がっていたことだろう。

なるい(=ゆるやかな)地形はまちづくりにそのまま活かされている。国道から右に折れて橋を渡ると、そこが鳴海ニュータウンの入り口だ。左へ折れると、真っ直ぐなバス通りがゆるやかに登っていく。入り口は南東側。北西側に丘のピークはあって、ピークあたりの平らな土地がバスの車庫として利用されている。

ピークを超えるとその先はやや坂道も急になり、そのまま土地は海に落ち込んでいく。

ニュータウン全体をひとつの山と思うと、頂上にあたる部分が三角公園だ。三角公園からは海が見える。耳を澄ますと不思議だ。鏡のように平らな海は静かで、たとえば風の無い夏の朝は、あまりの静けさに耳鳴りがするような心持ちになることがある。朝の光を照り返す遠くの海がまぶしくて目を閉じると、薄く耳鳴りが聞こえる。鼓動が聞こえる。バス通りを出勤の車が走っていく音が聞こえる。体を動かすと、服がこすれる音が聞こえる。

確かに海は鳴っているのかもしれない。美しく穏やかな海は、琴の海とも呼ばれる。たおやかな琴の音色だ。その旋律が、体と心から鳴る、とても小さな音をひろいあげてくれる。

まるで海鳴りのようだ。私という小さく深い海の、誰にも聞こえない小さな鳴き声。

そういうことを思うと、鳴海という文字もごく自然に受け入れられる。だからこそ、数百年にも渡り継がれてきた地名となったのだろう。

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