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通り過ぎなかった・・・。

あぁぁ
共感だなと 私の中を通り過ぎず 
残った言葉

“「自分を感性を残す」

書くことの意味を、改めて刻む。

最近の私は 記憶よりは記録と
文章を書いている。
記憶にしか残さないのではなく
記録として切り取ったものを 記事として
切り取っている。

魚拓みたいなもんだろう
全部は写し取れないけれど
色も質感も無理だけど
形だけは残せる だから文章を書いている
そんな感覚が 「自分の感性を残す」という部分に響いたのだ。

いつ 何が自分の中に 響き
どう残すか それは 人それぞれだろう
わたしのは こうやって記事にしてしまうことだったり
写真にしてしまうことだったり
話しまくって 自分の中に刻みつけることだったりする。

出会ったその時に
瞬間冷却のように 書いてしまう
ただすぐ表には出さないのは 
その瞬間冷却を 再び 自分が目にして
取り入れるためだ。

そう 出会いを忘れたくないから
その時だけにしたくないから
未来の記事として 予約投稿し
もう一度出会う機会を作ってしまうのだ

副産物的に
みんなの元に届けばいい
そんな時もあれば
副産物的に 自分がこの元記事と再会する機会を作っているばあいもある。
どっちにしたって やってることは変わりはしない
ただわたしの中に この記事は響いた
ただとおり過ぎるのではなく
しっかりと響いたのだった

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