司法試験予備試験に関する考察~「平等な試験」に近づくために~

1 司法試験予備試験の現状


 司法試験に合格するためにはロースクールに進学してそこを修了するか、司法試験予備試験に合格する必要がある。ネットで検索をすると、ロースクール進学者志望者が減少しているのに対して予備試験受験者が増加しているようである。予備試験合格者の占める司法試験合格者の割合はどこのロースクールの司法試験合格率よりも高いし、ロースクールを修了しなくても大学の学部生の内に司法試験に合格できる可能性を秘めているのであればそれは魅力的な進路として見えるのだろう。

※もっとも、法曹養成コースといったように大学側でも基本的にロースクール進学を促すためにロースクール在学中に司法試験を受験出来るようにしたり新たな進学コースが設定されるといったような多少の改革は進んではいるようではある。

 ところで、私が今回注目したいのは予備試験が抱える問題についてである。予備試験受験者が増加する、すなわち法曹に関心があるものが増えること自体は大いに結構なことだと思うのだが、予備試験が完璧な試験とはいいがたい側面があると私は考えている。すなわち、予備試験は首都圏と地方で格差を助長する仕組みなのではないかと穿った見方をしているのである。私にそのような見方をさせる予備試験がどのような仕組みで進んでいくのか、それを改めて確認した上で、私の意見を発表したいと思う。

2 予備試験の開催地格差~司法書士試験との比較~


 予備試験は短答試験→論文試験→口述試験の順に開催される。それ自体に私からの異論は無いのだが、問題となるのはこの試験が進むにつれて試験会場の範囲がどんどん狭まるということである。令和6年の予備試験の開催について法務省のホームページからそのまま引用する。

(1) 短答式試験 札幌市又はその周辺、仙台市又はその周辺、東京都又はその周辺、名古屋市 又はその周辺、大阪府又はその周辺、広島市又はその周辺、福岡市又はその周辺
(2) 論文式試験 札幌市、東京都又はその周辺、大阪市又はその周辺、福岡市 (3) 口述試験 東京都又はその周辺

法務省:令和6年司法試験予備試験の実施について

 最初の短答試験は札幌から福岡までの主要7都市が受験会場となっている。この時点で既に四国や沖縄などに住んでいる人は移動や宿泊を強制されていることが問題とされるわけであるが、どういうわけか論文試験では開催されるのが札幌、東京、大阪、福岡と4都市にまで減らされている(令和6年司法試験の会場が札幌市、仙台市、東京都、名古屋市、大阪市、広島市、福岡市、那覇市と8都市まであることに比べても少ない)。そして、最終的には口述試験は東京とまたはその周辺とされている(正確には「法務省浦安総合センター」(千葉県浦安市)という場所である)。このことから、はじめから東京都またはその周辺に在住している受験生は旅費や宿泊費を負担することなく最後まで試験を受験出来るのに対し、それ以外の地方の受験生はどこかの段階で試験会場までの宿泊費・旅費を出費する必要性に駆られるのである。
 参考までに、司法書士試験の試験地の受験案内を挙げてみると、より予備試験の不平等性が浮き上がるのではいかと思われるのでここに引用する。司法書士試験は筆記試験(択一試験、記述試験)と口述試験の二段階で実施されるわけだが、予備試験よりも地方への配慮が行き届いていると言える。

(1)筆記試験
東京、横浜、さいたま、千葉、静岡、大阪、京都、神戸、名古屋、広島、福岡、那覇、仙台、札幌、高松
(2)口述試験
東京(注1)、大阪(注2)、名古屋、広島、福岡(注3)、仙台、札幌、高松
(注1)筆記試験を横浜、さいたま、千葉又は静岡で受験した場合の口述試験は東京で実施されます。
(注2)筆記試験を京都又は神戸で受験した場合の口述試験は大阪で実施されます。
(注3)筆記試験を那覇で受験した場合の口述試験は福岡で実施されます。

令和6年度司法書士試験受験案内書 法務省

 司法書士試験と比較すると如実に予備試験における首都圏と地方との格差が浮かび上がるのだが、予備試験は短答試験の段階で司法書士試験の筆記試験よりも受験会場が少ないのである。下位法科大学院の閉鎖も行われる現在において法曹になるために予備試験を目指す者も少なくないというのに、その受け皿たる受験会場が司法書士試験よりも少ないというのはどれだけの合理性があるのだろうか。

 そもそも、受験を志すにしても予備試験と司法書士試験では願書の入手経路から既にだいぶ格差がある。司法書士試験の願書を入手するためには各都道府県の法務局・地方法務局に行けばよいが、予備試験の願書を直接入手するためには法務省に赴かねばならない。なので、法務省から物理的に赴くことが現実的でない地方在住の受験生はわざわざ願書を郵送で申し込まねばならないのである。行政書士試験ともなれば紙の願書を郵送するという方法だけでなくインターネットから願書を受け付けるという方法も設けられているというのに、司法試験や予備試験(司法書士試験も)では、インターネットによる願書提出が設けられないことに何か理由でもあるのだろうか。

3 私の提案~「平等」な試験制度にするために~


 ここまで見てきたように、予備試験は願書の入手時点から首都圏と地方で大きな格差があり、受験会場も司法書士試験と比べるとだいぶ開催地が少なく設定されており、まるで「首都圏に在住している人間だけが受験せよ」と言わんばかりの制度設計である。法曹の需要は北海道から沖縄まで全国に広くあるというのにその入門とも言える予備試験の受験機会が首都圏と地方とでここまで格差があるのに合理性があると言えるのか、法の下の平等を定めた憲法14条1項に反していないのか疑問が留まることはない。
 そこで、私見としてある程度首都圏と地方の格差を埋めるための方法を列挙してみようと思う。大まかに分けて(1)願書に関する手続と(2)受験会場との二つに分けて論じてみようと思う。

(1)願書に関する手続改善策


①インターネット願書を認める
 行政書士試験で実施できるのであるならば、司法試験や予備試験、司法書士試験でも同様のことは技術的には出来るはずである。勿論、紙の願書での受験受付も併存させるべきだと思うが、インターネットが発達している現代において紙の願書のみ、まして地方においては事実上願書の郵送を強制することにどれだけの合理性があるのだろうか。「法務省若しくは司法試験委員会は郵便局と癒着しているのではないか」などという信憑性ゼロの陰謀論を唱えられても文句は言えないのではないかと個人的には思っている。

 司法試験論文試験が筆記からタイピングを用いた試験に変更するという制度設計が可能であるのならば、受験願書のインターネット出願の方がより実施が容易だと思うのは私だけであろうか。

※司法試験論文試験は現在筆記による形式で実施されているが、2026年度からパソコンのキーボードを用いたタイピング式に変わるようである。将来的に司法試験を受験しようと考えている人がいるのであれば、こまめに法務省の司法試験実施の通知を確認することを勧める。

②紙の願書の取り置き先を法務省だけでなく各都道府県の法務局・地方法務局(もしくは地方裁判所)、大学や法科大学院、あるいは街の書店に増設する
 まず、予備試験受験生の大半は全国の大学の(法)学部生や法科大学院生に集中しているのであるから、これらの大学や法科大学院の窓口に予備試験の願書を置いてもらえるようにすれば良いのである。少なくとも法科大学院には司法試験の願書が(当該法科大学院の修了生・修了予定の在学生分のみ)取り置きされている以上、その隣に予備試験の願書を置くことも(物理的には)不可能ではないはずである。一部の法科大学院関係者の中には「予備試験は法曹資格を得るための裏口入学」と予備試験の存在を否定的に捉えている者がいるようだが、法科大学院の事情や面子は予備試験受験を志す者には関係が無いのである。法科大学院関係者の中には予備試験突破組に司法試験合格の実績を横取りされたくないと思っているものがいるのかもしれないが、そのような視野の狭い価値観でいると自分の法科大学院の実績が落ちるだけでなくこの国の法曹養成や国民の法律への関心に悪影響であることに気付いた方が良いとさえ思う。

 また、予備試験受験生には社会人も含まれるから、大学や法科大学院から距離がある受験生向けの願書の窓口として司法書士試験と同様に法務局でも予備試験の願書を入手できるようにすれば一番問題が解決しやすいと思われる。あるいは、同じ法務省でも細かい管轄の違いなどを理由に地方の法務局に予備試験の願書を置けないのであれば、全国の地方裁判所に予備試験の願書を置いてもらうという方法も考えられる。もしくは、行政書士試験などのように全国の街の書店にも予備試験の願書を置いておくということも考えられる。いずれにせよ、予備試験に接する一番最初のハードルを可能な限り低く設定するために、予備試験の願書はより広範囲の場所に交付されるのが望ましいと考える。

 いずれにせよ、全国に受験生がいる予備試験において直接の紙の受験願書の交付を法務省の窓口に限定していることの合理性が不明である。受験会場の全国的な拡大も大事ではあるがそれと同じくらい(あるいはそれ以上に)受験願書の交付も全国的に拡充して欲しいと思う所存である。

(2)受験会場の改善策


 これは以下の①②③のどれかを行えというよりは、妄想に近い案を出してみたに過ぎないが、読者諸兄の参考になればと思い恥ずかしながら挙げてみた。

①単純に受験会場を増やす
 理想を言えば全国47都道府県に受験会場を設置できれば異論は全くないが、予算や会場確保などの事情によってそれが現実的でない以上、せめて司法書士試験と同程度には受験会場を用意するのが試験主催者の最低限の責任ではないだろうか。口述試験は1ヶ所で行わないといけない事情があるのかもしれないが、同じ法務省が行っている司法書士試験の口述試験が複数の都道府県で行われている以上、予備試験の口述試験も複数箇所で行うノウハウは共有できるはずである。

②年度ごとに口述試験の受験会場をランダムに設定する
 この案はオリンピックが東京、シドニー、ロサンゼルス、北京、ソウル、ロンドン、パリ、…と世界中の都市を転々として開催されるのと同様に、受験会場を増やせないのならば最後の口述試験の会場くらいは東京に固定するのではなく年度ごとに会場を札幌→福岡→大阪→…などと地方に移してしまうという方策である。こうすることで首都圏から離れた地方在住者だけが旅費や宿泊費を負担しなければならなくなるという不満は一応は収まると思われる。逆に首都圏在住者にとっては負担が増えることになるだろうが、自分が普段暮らしている首都圏から地方に離れることで地方に少なからず金銭が落ちることにも繋がる。また、将来実務家になってから転勤や出張をすることになった際の宿泊先を自力で確保する練習として、口述試験の会場をランダムに設置するというの一定の意義があるのではないだろうか。

 しかし、自分で挙げておきながらこの受験会場をランダムに設定するというのは現実性が無いというのが正直な気持ちである。試験会場の決定プロセスを透明化するなり何年も連続で同じ地域が試験会場とならないような工夫を凝らさなければ、試験会場をいちいち変える負担の方が大きくなり受験生が得られるメリットが結局無くなってしまうからである。そして、口述試験の受験者は数百名に及ぶだろうが、果たして地方に都合良くそれだけの人数を収容できる施設(受験会場だけでなく宿泊施設もである)がどれだけあるかという点においてもなかなか現実性が無いと言われてしまえば否定のしようがない。

 ところで、予備試験の最終試験である口述試験の受験会場は毎年「法務省浦安総合センター」(千葉県浦安市)という場所で実施されているようである。毎年予備試験を受験している受験生にしてみれば、この「法務省浦安総合センター」に訪れることが予備試験の最終試験まで到達したという感慨にふけることが出来る貴重な機会なのかもしれない。予備試験が法務省管轄の試験である以上予備試験の最終試験が法務省管轄の施設で実施されることには一定の合理性があるといえそうだし、受験生としても予備試験受験ルーティンが下手に崩されることがないという安心感を持てるというメリットもあるのも事実だろう。

 そういうわけで、自分で挙げておきながらこの「年度ごとに受験会場をランダムに設定する」というアイデアは実現性の低いアイデアとさせてもらうことにする。もっとも、より良い予備試験実施の改善案の叩き台にでもなればこのアイデアにも一定の意義があると思っている。

③地方の受験生にはリモートで口述試験を実施する
 予備試験の最終試験である口述試験の受験会場が「法務省浦安総合センター」(千葉県浦安市)であることが変えられないならば、せめて地方在住の受験生はリモートでの受験を認めてもらえないだろうかということを考えている。勿論、自宅からの受験ではカンニングなど不正なことをし放題の可能性があるので、地方ではリモート会話が出来る一定規模の施設を借りてそこに地方の受験生を集めて、そこで本試験会場である法務省浦安総合センターとリモートでつないで受験をするのである。コロナ禍での司法修習もリモートで行った実績がある以上、予備試験の口述試験をリモートで行うことは少なくとも技術的には不可能では無いはずである。地方の受験生にのみ旅費・宿泊費を負担させると言ったような不公平感もこれで解消できるはずである。

4 現状を変えるために出来ることとは


 ここまで見てきたように、予備試験には改善すべき余地が残っている。この改善すべき問題を修正するために、我々(特に不利益を被ることになるであろう地方在住者)には何が出来るだろうか。

 一つ思いつくのは、地方在住者による「予備試験不平等改善訴訟」を全国で提起することだろうか。予備試験口述試験を受験する際に地方在住だと旅費・宿泊費の捻出を求められることが事実上強制されることが憲法14条1項の定める「法の下の平等」に反するとして、国相手に(旅費・宿泊費に精神的苦痛を上乗せした)国家賠償訴訟なり、行政事件訴訟として制度を改善しなかった立法不作為の確認及び改善の義務付け訴訟を提起すると言ったことが考えられそうである。ここでは細かな法律論の話は展開しないが、多少法学的・実務的な論点を挙げるとすると、そもそもこれらの訴訟は「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にあたるといえるのか、処分性や原告適格、訴えの利益があるといえるのか…といった問題点が挙げられる。また、現実的に予備試験受験生や予備試験合格者が現実にこうした訴訟をする時間的・経済的余裕があるのかといった問題点もある。裁判自体時間がかかるものだし、仮に勝訴できたとしても数年は待たねばならない性質のものに短期合格を目指す受験生がじっくり時間をかけてまで訴訟を続ける気力があるのだろうか。もっとも、こうした訴訟を提起したという事実が地方や全国のニュースや新聞紙、あるいはネットニュースに取り上げられることで社会が興味・関心を強め、現実に国会や司法試験委員会が動き出すことも考えられる。実際にこうした訴訟を提起しなくとも、行政法を学んだ法学部生やロースクール生であるならば一度はこうした訴訟を現実に提起できるか思考実験してみる価値があるのではないかと思う。基本書やテキストに書かれた事案を読み解くだけでなく、現実に生じている問題をどう解決に導くか訓練の一環として実践してみて欲しいと思う。

 もう一つ思いつくのは、訴訟をするまではしなくとも私のこの投稿のように、予備試験の問題点を指摘し、改善案を議論するという空気を作ることである。これは地道な草の根運動であり、結果的に社会は動かずただの自己満足で終わってしまう可能性もあるのだが、誰かが声を上げることで次に繋がるきっかけの一つにはなるかもしれないと思っている。一つ一つは小さな意見であっても同じような意見が積もり積もればやがて無視できないものとなろう。社会に影響力のあるインフルエンサーの目に留まれば(良くも悪くも)より強く社会に認知され、当事者である司法試験委員会や国会の目に届くかもしれない。個人的には、地方在住の予備試験経由で司法試験に合格された人が予備試験の格差を訴えてくれればより強い説得力が出ると思うので、noteなりブログなりYoutube配信などで一人でも多く声を発信していただけたらと思う所存である。

5 終わりに


 予備試験に限らず世の中は色々な不条理や格差が存在している。世の中の不条理や格差を「そういうものなのだから仕方がない」として納得して受け入れるのがある意味では正しい「大人」の姿勢なのかもしれない。しかし、あえて私見を述べさせてもらうのであれば、不条理や格差というのは改善の余地が、言い方を変えれば改善のためのビジネスチャンスなりタスクがそこに存在するということである。多数派が我慢しなければならない格差や不条理というのを放置するのはただの「怠け者」のすることである。特に日本人は約30年間経済成長が横ばいという状況が続いている。決して日本人が怠けているわけではないはずだが、こうした状況が続いているのは不条理な格差を是正する努力を放棄し怠けた結果の一つなのではないか。どうせ努力をしなければならないのであれば、もっと自分たちが楽を出来るようになる努力をするべきである。そして、その楽を出来るようになる努力の仕方の一つとしては、地方でも首都圏と変わらない仕事やサービスを享受できるような「地方創生」に力を入れることであると私は思っている。予備試験の格差是正に話を戻せば、地方在住の受験生の目線に立って試験制度を設定することが予備試験の健全な活性化に繋がると考えている。
 
 この投稿が予備試験の格差の是正に少しでも役に立てば幸いである。


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