見出し画像

好きな人だけ


6月12日(月)

丸一日雨で、洗濯物が乾かなかった。

私にとって話している内容が全然わからない人がいて、今日もその人が何を話しているのか全然わからなかった。話の組み立て方がたぶん私と真逆なのだと思う。

なすびの煮浸しを作った。煮る前に多めの油で皮目から焼くことでなすびがとろとろになり、おいしかった。

飛行機が高いところを飛んでいく音がした。この部屋は静かだ。


6月13日(火)

昨日のなすびの煮浸しとその汁を冷やしうどんにかけて食べた。これをすると夏が来たと思う。梅雨が明けたら、毎夏恒例の夏目漱石『こころ』を読まなければならない。

蕎麦屋で蕎麦以外のものを食べてみたい。

冷蔵庫にコップ1杯の水道水を冷やしてあるから、それを飲んでから寝る。


6月14日(水)

初めて丸亀製麺に入った。だし汁が飲み放題と聞いていたのだが、それはなかった。公式サイトにも無料のだし汁についての記載は見当たらない。でも、恋人は確かにだし汁を飲んだと……

好きな人と会った。その人は会社の制度によって1年間月に1度会える人で、今日がその最終日だった。いつものように30分間話をしていたら、その人の背後にある窓から見える空がみるみる明るくなっていった。話をしたあとはごはんを食べに出た。焼鳥を食べた。「ノートPC持ってるよね?」と言うので、ジンジャーエールを飲んだ。話をした。もうこの人と会うことはないだろうと確信していた。それは向こうも同じだったと思う。最後に三題噺のお題をいただいた。私はそのお題で割とすぐに話を書き、公開するだろう。それでもう本当に終わりだ。強制的に始まり、強制的に終わる人間関係だった。

ガチャガチャを回したかったが、どうも両替機が故障しているようで、千円札を受け付けてくれなかった。次にそのガチャガチャコーナーに行くまでに100円玉8枚を用意しなければならない。


6月15日(木)

燃やすごみを出した。外に出たのはそれだけだ。昨日一日中外にいたことによる、家に一日中いられることの気持ちよさたるや。テレワークだと己の良心が咎めるまで仕事ができる。この頃、馬鹿に忙しいかつ出社していた日々の夕食であった、駅の立ち食い蕎麦のことをよく思い出す。うまくもまずくもないが、入口の券売機で食券を買い、そのまま奥の受取口に進むともうそばが出てくる、その異様な早さが好きだった。

「節約おかず」と銘打ったレシピに書いてあるバター10g。


6月16日(金)

ビールと梅酒を飲んで歯も磨かずに眠った。


6月17日(土)

仕事をした。間に合わないからだ。問題の原因はわかった。間に合うかどうかはわからない。

冷蔵庫がすっからかんになったので、八百屋に行った。桃が2個1パックになって並んでおり、その芳香が広く、強かった。桃の横に並んでいたプラムを買った。小粒のものがゴロゴロとパックに入っている。明日から2個ずつ食べる。うれしかった。

気になっていた演劇をふと思い出した。調べてみると今月いっぱいで、しかも残りの今月で私が唯一空いている明日のチケットがまだ残っていた。ちょっと考え、購入した。明日、急に私は初めて観劇に行く。劇場が私の大嫌いな街にある。


6月18日(日)

初めて観劇に行った。太宰治『新ハムレット』である。

劇場に入ったら、まず舞台と客席の近さに驚いた。席はそこそこ埋まっていた。ここにいる人たちのどのくらいが太宰治のことを好きでいるのだろうと思った。原作では登場人物の一人一人が長く喋るので本当にこれを……? と思っていたが、何のことはない、本当にすべて喋っていた。人間の記憶力と体力と集中力はすごいな。渋谷は大嫌いな街だが、歯を食いしばって行ってよかった。帰りの電車で、このまま新宿で乗り換えて三鷹で降りて太宰治の墓参りをしてずっと遠くまで行ってしまえたらいいのに、と思った。しかし、かつてたっぷりの水をたたえていた玉川上水は、今では儚い小川である。私は新宿を見送った。

そのまま最寄り駅までまっすぐ帰り、だけど家に帰る前に中華料理店に入った。そこのチャーハンが食べたかった。たぶん汗ばかりかいていたので、塩分が足りなくなっていたのだろう。それから『新ハムレット』以外のことを考えたくなかった。観劇後から上の空だ。これは翌朝書いているのだが、今でも25%くらいは『新ハムレット』のことを考えている。幸せなことだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?