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超訳 二水遺稿〜2曲目「フリージャズ」

BGM オーネットコールマン「フリージャズ」

このアルバムは衝撃だった。あらゆる「反」が渦巻いていると思った。これは革命であり彼は必ず退屈な「現在」を破壊して僕達に本物の自由をくれるんだ、と信じた。

それから40年後、オーネットコールマンは高松宮殿下記念世界賞を誇らしげに受賞していた。

僕達の退屈な「現在」などいつの時代も決して変わりなどしない。歴史に残るのは自らの価値観を疑うことなく進んで行く者だけだ。

(この話は空想です。話の中に二水遺稿から徳富蘇峰への二水の漢詩と超訳があります)

朝から雨が激しく窓硝子を叩いている。

二水は先程からその雨の音にも負けず、今にもつかみかからんばかりの勢いで雄弁を奮う四つ年下の目の前の男を、まるで慈しむように見ていた。

「先生、これから独逸はますます素晴らしい」うんうん、と二水は気のない相槌をうつ。この男との付き合いも長い。自らの衆議院議員当選以来だからもう40年になるか。同郷の詩友、黒本稼堂の紹介でやってきた。あの時も同じように、熱弁を奮っておった。はて、あの時は三国干渉の時だったか。それとも桂太郎への支持を請いにきたのだったか。日英同盟を強固に主張した男が今は独逸に夢中になっておる。

まあ、それもどうでも良い。この男が変節漢と呼ばれようとも権力の犬と呼ばれようと、この男の言論人としての才覚は紛れもなく本物であったし、己の主張を頑として言い張る(それが正しくあれ過ちであれ)その姿勢は政治に関わるものとして天賦の才能だと、自らの苦い政治体験を振り返り二水は思った。

この男は立派にやり遂げておる。当代、徳富蘇峰と言えば知らない人はいない言論人、新聞人であろう。

わしはついぞこの男のような真っ直ぐな自信は持つことはできなかった。それに気がついた時に政治を止め全てを捨て、詩に隠遁した。

ただ一つだけわしが言えるとすれば、だ。

雨音はますます強くなり、外には白く霞がかかっている。

目の前の男は、わしの存在などないかのように夢中で話を続けておる。

雨音と男の言葉のリズムの不思議な調和に二水は少しウトウトと眠くなる。

いかん、いかん。

それから、二水は男を見ると悪戯っぽく心の中で微笑んだ。まだまだ終わりそうにない。どれ、お前さんの詩を考えるとしよう。

蘇峰学人遊越三日阻雨賦以

蘇峰百代仰文豪 筆学董狐明貶褒

三日越中遊阻雨 刀峯幸得避争高

超訳

お前さんはやってのけた。お前さんの仕事は歴史に残るだろうさ。

どんなに圧力をかけられても、まるでぶれなかったな。正邪も善悪もいいも悪いもお前さんの揺るがない価値観で全てお前さんが決めるのだから。

たまには雨で立ち止まるのもいいさ。今日みたいに。わしでよければいつまでも話を聞くさ。

ただな、一つだけ言わせてくれ。

お前さんがいいと思うことが正しくてお前さんが悪いと思うものが間違いではないんだ。

物事はありのままだ。高いものは高い。低いものは低い。それだけが正しい。

わしにはお前さんのような生き方は疲れる。

今日は雨で良かったな。雨で煙って立山の峰も見えない。お前さんの前で高さ比べをせんですむ。

いつかありのままを受けいれて、楽になれ。

高いも低いもずっと変わらぬ景色であると知れ。


「そいや、先生」わしは、目の前の男の呼びかけに現実に戻った。

「最近は漢詩の方は如何です?」

「漢詩か、わしの漢詩はなあ。」男は興味深そうにわしを見た。

「わしの漢詩は、あひるの卵じゃよ」

「あひるの卵?」

「産みすてじゃ」

うむ。それで良い。

わしは残すために詩を書いてるのではない。わしは現在をそのまま産みすてる。

他に何ができよう。

退屈な「現在」を。


Painter kuro



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