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詩誌「光」渡 ひろこ

「迷走」

テールランプの赤が点滅する ヘッドライドの流星群が
ハレーションを起こしながら、次々と後方に流れていく
前方は宵闇に瞬く滑走路
アプローチライトが加速で線になる
光の道へ まっすぐこのまま・・・

突然グイっと身体が左に傾いた
危うく目の前が首都高の急カーブだと気づく 
まっすぐな道筋と見えたのは
高架下のR246
ハンドルを握っていたらと思うと、背筋が凍った

もうずいぶん前から
同じ光景を繰り返している
定まった通過点 惑わされる幻影
そう、無意識に光の眩惑に飛び込もうとする私は
一匹のしがない蛾

光に吸い寄せられ、蝶を夢見るパラノイア
きらびやかさに魅せられ、狡猾な網に捕らえられても
毒の鱗粉で逃げおおせる
そしてまた、懲りずに光源を求めて飛び立っていく
ブレーキ制御も効かぬまま
     *
闇が一段と濃くなった
上弦の月が見下ろすジャンクション
ナトリウム灯の列なり
オレンジ色がインターチェンジへと誘導する
      
減速帯の振動に
鍵がかかった虫篭の中で
ジタバタ鱗粉をまき散らす私を横目に
ドライバーは諦め顔で ハンドルを切る


「夜の隙間」

高台にある中東の城のバルコニーから見下ろしている。下の広場では群集がざわめいている。何の騒ぎだろう?
目を凝らして見ると、女たちが銃を持って戦っている。
子供も混じって、少年も銃を取っている。ただの騒乱で
はなく、これは内戦だ!そう気づいた途端、一人の少年
が銃撃され、後ろに仰け反った。崩れ落ちた少年を囲み
女たちは皆、口々に泣き叫ぶ。次第に怒りが黒い靄とな
って渦を巻き出した。

トグロを巻く怒り。憎しみの焦げた臭いが漂ってくる。
すると突然黒い靄が拡散した。恐怖で人々が散り散りに
逃げていく。敵の戦車が攻めこんできたのだ。戦車のハ
ッチが開き、砲弾ではなく、なぜか手榴弾を女たちの群
集に投げ込む兵士。逃げ惑う人々。手榴弾は生きている
ように転がり続ける。

視界の片隅から素早く走ってくるものが見えた。
人ではない、猿だ。突如白い大きな猿が現れて、弾んで
転がる手榴弾を追いかけ、捕らえた。白い猿が抱え込む
手榴弾。遠巻きに見つめる人々。早く逃げなきゃ、爆発
する…!焦らすように寡黙な数秒が過ぎる。見ていられなくて、城のバルコニーから照りつける群青の空を仰ぐと、爆音で太陽が揺らいだ。

…揺らいだのは太陽ではなかった。
レムの波に揺られていた。幕を下ろしたのは、きっとド
ス黒い赤を持ちあわせていなかったからだろう。
夜の隙間。異界から何かが浸透する時間。闇の中、点滅
を頼りに手探りした先の。
iPhoneは「丑三つ時」と囁いた。


「妬心」

ドウドウと濁流が響く
船腹を波が打ちつける
目を凝らしても一面の闇だ
時折り川面を跳ねる魚の水音

スクリューに絡みつく水草は
執拗にその手を離さない
ふつふつと無数の気泡が弾ける
水底から沸き上がる歪んだ念

掌中の鉱石が淡く瞬く
仄かな光が欲しいのか?憎いのか?
葦の群生に身を隠し
盲となり光を狙う死霊を遣り過ごす

波の狭間に邪鬼の嘲笑が谺する
いつから此処にいるのだろう
彼岸に花を差し出した途端
魔の刻に吸い込まれたのかもしれない

濁流は唸り続ける
渦に巻き込まれなければいい
一段落高い場所に立ち
凛として此処に在ること

内なる水は濁らない
絶えず循環し
震える魂の波動で
鈍色の流れを濾過し続ける


「分岐点」

見開いていたけど、映らなかった
水晶体を薄い膜で被われてしまったように
紙の上に点在する
文字食いの痕を見破れなかった

いや、これはあらかじめ
道の途上に用意されていたことなのだろう
一時 盲いてしまったのは
天啓、だったのだ

ひとところに
長い執着を持ち続けたことへの
戒めと痛い思し召し

内なる苦痛に従い
思わず声を上げてしまったのは
罪、だったのだろうか?

小さな叫びは深い谷に谺して多重奏になり
不協和音となって螺旋を描き
ブーメランと化して
握りしめた命綱を切り落とした

いや、これは滑落ではなく解放だったのだろう
埋めつくされた行間に
新たな余白を手に入れるため
自ら手放したのだ

自身を縛る綱から解かれ、荒野に立ち
今、見開いた目には
遠くにそびえ立つ
雄大な蒼い山が映っている


「粉雪」

ある日突然、彼は粉雪になってしまった
太平洋を渡った異国の地で
跡形もなくほろほろ崩されてしまった
身の丈一八〇センチもあった身体は
どこに消えたのだろう

紺碧の大海原にサラサラ降らせながら
彼は故郷を目指す

東京の片隅
雑然とした独り暮らしの部屋
煙草、CD、スーツ、ワインの夥しい屍が
彼の帰りを待っている
その上にもうっすら粉雪が積もっている

白い布を纏い温かい手に抱かれながら
彼は故郷に帰る

潮の匂い 紀州の山々 高台の家
瞬き見守る満天の夜

仏壇の前で眠る兄が
粉雪の重さを感じた
待ち侘びる父に会わそうと
背負ったところで
ふっと溶けた

帰りたかったんだね、帰ってきたよ

兄の耳には粉雪の囁きが
いつまでも止まない

  *一昨年米国で荼毘に付された義弟に捧ぐ


渡 ひろこ

詩集『メール症候群』(第23回福田正夫賞)

第二詩集『囀り』

絵本『美しくほころんだ花びらが闇夜に向けてかすかに笑った』(絵・Painter Kuro)

詩誌『焔』同人。

詩は人生の軌跡。
寡作ですがマイペースで詩を書いてます。




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