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詩誌「光」佐々木 漣

「ゴースト・フィッシュ」

金塊を求め、
ジャングルの奥で男たちは夢を見続ける
期待は簡単に見つからないから貴重品で
いつまでも、いつまでも、沈没するように
コカの葉を噛み、暗い部屋のハンモックで女を買う
一ケ月分の精液を射精するごとに、
夜の鳥がギー、ギーと叫ぶ

自分の存在が透明になり始めている、と
知らないふりをして
太陽にかざした手には黒い血液が透けて見え
死神の口づけがそっと額を濡らす
生きるほどに、生きることが難しくなっていく

一緒に暮らしても、
信頼は拳銃が前提である

遡上する透明なゴースト・フィッシュの群れが
稲光を連れ、雨季を知らせる
彼らが何処で生まれたのか
住民は答えを持ち合わせていない
ゴースト・フィッシュは突然水面から飛び出し、
鋭く口を開け、人の肝臓を貫いて、大河に戻る
赤い槍のように鋭く空気を貫く響き
滴る果実の甘い体液が、ぽとり、落ちる

肝臓のない肉塊は足が速いから
生きているうちに、食べきらねばならない
鮮血を太い血管で吸う
金歯の族長がメインディッシュの頭部を貪る
まるで主を食べているようだ

誰も族長を否定できないが
崇める顔には常に裏が生じる
今か今かと漆黒は無音で、
新しい鉈の、その鋭さを舌で確かめる
ピリッと痛い

金のコインを投げると裏が出た
今夜こそが、決行の日だ
叩きつけられるように、身体が疼く
族長を磔にして、ゴースト・フィッシュの餌食にする
深いジャングルの底に棲みついている叫びを
己の目で聴け


「終わりの光景」

自由で解決できるものごとが、
本当に存在するのだ、とまだ信じているのか?
愛のないところに愛があるということは、
針の山を登ることに等しい

血。今、それが暴かれたのだ
戦争を終わらせないことこそ、世界の自由である

もはや人間自体、遺言のようなもので
祝福された相続問題は深刻化する一方だ
あのお茶会のように、世界中を巡っている齟齬
独占欲こそ人の最も強い衝動だ

次にどの国で火柱があがるのか?
主語のないあなたの怒りは
人知を超えた分厚い領収書みたいなものか?
あなたの教えは桔梗の花と消滅した

さあ、新たな方法で人を減らしていきましょう
アウシュヴィッツを現代で探すのは容易く
数々の危機をおこす原動力は
ビールを売るCMなのかもしれない

やがて松明を持った女神を
新しい誓いとなった紙幣が、嬉々として犯すだろう
女神の子宮に射精した黒い精液が、槍として貫く
三日後、男子が産まれた
自らの犬歯で子宮を破って産まれてきた

《混沌を乗り越える術はもう光の中にはない
 暗闇のあるうちに暗闇の中を歩いて行きなさい
 罪を隠されることが望まれている
 どのような犯罪者も匿いなさい
 あなたの命を矛盾で、汚しなさい》

彼はそう説くのだ
長い行列を連れて、ただただ歩き続ける毎日
骨と皮になるまで、皆が倒れるまで
そこがまだ誰も見ていない世界の終わりだ
林檎ひとつなっていない枯れた樹が、
風に寂しい


「午睡」

真夏
エデンの園で
ニュートンのリンゴをひと口、かじる
重力は重い腰を上げ、創造した
何を?
憎しみの重さを

「Let it be」と歌った青年たちがいた
かつては聖典であったが、
感情のない砂嵐で埋もれてしまった
あれが最初の箴言であったなら
世界はもっと等しかっただろうか?
銃弾はその回答を待たずに
男達から想像力を奪い続けている
ハシシで誤魔化し、光りすぎる太陽を引っ掻く

壊れかけた無線の底から聞こえるうめき声に
駆けつける衛生兵もまた汚れている
どうしようもない歴史にモルヒネを打つ
解釈の意識が遠のく
かすかに聞き覚えのある哀歌が
乱反射する自分の記憶を白へ白へと近づけていく

何も知らない、
何も知りたがらない人々は、蜃気楼と一緒だ
心地よい午後の芝生で、シードルを飲みながら
未だ「Golden Slumbers」を歌っている世代

ただひとつ確かなこと
何処であれ、
今日がたった一日しかないということ
我々は絶望しながら甘受せねばならない。
苛烈な歴史が誘導尋問する
愛だけでは足りない、と

二十一世紀の科学者がリンゴを食べつくした
主語を失った答えなき欲望のまま、
荒ぶる業火に喰われ続ける

口づけをしながら灰になった少年少女に謝罪する、
その権利が同じことを繰り返す
主語なき者に、あるのか?
 
一陣の風に流されていった純愛
あの夏の、永遠の午睡


佐々木漣(ささきれん)

1979年生まれ。淑徳大学社会学部卒。2006年『わたしたちの死者』(本名:佐々木謙一)新風舎より刊行。

詩と思想2016年読者投稿欄最優秀作品受賞。『モンタージュ』2017年(私家版)

高校生の頃から何となく詩を書き始める。

バーボン、特にローワンズクリークが好き。

影響を受けた詩人は特にいない。



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