見出し画像

✧12「一等星よりもずっと」


真夜中の3時を過ぎた頃。

1階に置いてある古時計の鳴る音が聞こえる。僕は、手元にあるアンティーク・ラジオのダイヤルをきりきりと合わせて、かすかに聞こえる音に耳を澄ました。しん、と静まり返った部屋に流れるそれは、オルゴールのように心地よく響く。

深夜の風は穏やかで、ゆるゆると頬を撫でた。揺れるカーテンの向こうに見える星たちは煌めき、夜明けを夢見ている。

ねこのようなあの子も、白衣を身につけたあの子も、同じ星空の下にいる。住んでいる星は違えど、見上げる空はおんなじで。

世界は想像しているより、美しく彩ることができるものなのかもしれない。絵に、言葉に、文字に、色に変えてしまえば。きっと。


『こんばんは。しろねこよ。

このラジオが終わるまえに、またあなたのお相手をつとめられてうれしいの。そう、今日はドクターもいっしょよ。』

『やあ、ドクターです。本日のおやつは、星明かりのゼリー。

夜の真っ暗な空に目が慣れて満天の星が見えるようになるまで、すこし時間がかかりますよね。それはゼリーも同じ。ほのかに明るい光となるまで、じっくりと待ちましょう。その間に、星雲が落とした琥珀糖をアイスティーに入れておきましょうね。

このように、たびたび紹介しているお菓子は私たちのお店の宣伝も兼ねているんですよ。私たちが住む海辺の展望台では喫茶店をしているのです。同じ星で会えましたら、是非。』

『さっき、彗星が届けたメモ帳の切れ端の続きをみつけたの。だから、今回もそれを読むわ。』

『たくさんの星が眠る、希望の惑星より。

ドクターとしろねこがお送りします。

【誰かの切れ端】メモ004、です。』


☽ ⋆ ꙳ 



幼い頃に見たプラネタリウム。


静かで、美しくて、儚い。私の理想はずっとそこにある。

無機物が生み出す幻想を、美しく流れる解説の波に揺られながら、ひとときの星空の夢を見る。


夢を見ている。

移転する前の古びた図書館、夏祭りの思い出、花火。

畳とお香のかおり、夕暮れ、ひぐらしの声。

幼い頃の夢、今の理想。そして、大切で大好きなもの!

それを、絵に、言葉に、文字に、色にすることで、信じるものを形にする。そうしてできた世界を、誰かに届きますようにって電子の海に流す。

あれも、これも。いま、書いているこの言葉でさえも。

すべて、私が信じていて、手放せない星の瞬き。


画像2

画像3

画像4


人工物が投影する星空の夢と、夏の日の追憶。

たしかに、それらは美しかった。もう二度と同じ空気に触れることができない、過去の夢だから。頭のなかで、からからと音を鳴らすフィルムに宝石を埋め込んで、勝手に美しくしてしまう!

そんな記憶を信じることができてしまうのは、ただ幼い日々の思い出だったからではなくて、星や月の本だとか、夏の日々を描いた絵、懐かしさを感じる音楽なんかに影響を受けてきたからだと思う。

信じる世界をつくるひとの作品たちは、どれも魔法にかけられている。

その魔法に、夢を見ている。だから私は、自分の記憶と重ね合わせて、なにかと美しい言葉を使いたがるし、まぼろしを見まくるし、夢のなかに入り浸るのだ。

物語の世界に入り込んでしまう感覚と似ている。現実と夢の狭間。白昼夢のように曖昧で、美しい世界を、絵と言葉にのせてみる。

だって、あたたかいココアを飲むことよりも、ふかふかのお布団で目を閉じることよりも、夜の冷たくてやさしい風にあたりながら物語をつくることが、とっても落ち着くから!

未熟で完璧でなくとも、私がつくった星だから。

ああ、分からなくなってきた。

そう、私は、つまり、このメモを読んだあなたにとって、一等星よりも、自分の思う大事にしたい星があれば、それは信じる世界であると、そう思うのだ。


メモ004「思い出と魔法、白昼夢と一等星」


☽ ⋆ ꙳ 


『一等星よりも大事なもの。ドクター、あなた、ある?』

『しろねこ、きみだよ』

『そうね。しろねこは夏に帰りたくなったわ。』

『この星は朝もなければ季節もないからね。』

『うん。ここに来ないとわからないことってたくさんあるの。だからね、同じ目線に立たなくても、かけがえのないものを分かってくれること。それがきっと、天に輝く星々の中から、誰でもない、自分を見つけてくれたようで嬉しいのね。』

『そうだね。信じる世界は、つまるところ、自分の心臓なんだ。そのひとを形作るもっとも美しいものだと、私は思うよ。

今日はここまでにしましょうか。』

『うーん……。わかったー。』

『では、

おやすみなさい。

明日も夜を続けましょう。』



かろやかなふたりの音が小さくなって、やがて闇夜に溶けていく。静かになったひとりの部屋に、今度は古時計の秒針が響いた。12回目のほしぞらラジオを聴き終えた僕は、ベッドの上でぼんやりと星を眺めながら、余韻に浸っていた。

もうすぐ夜が明ける。

明日が来ることを、夜明けと表現するのが好きだ。平等に訪れる明日が、希望に満ちているような気がして。

今日はどんな夢を見よう。

そうして僕は、ゆるやかな眠気を許すことに決めた。


☽ ⋆ ꙳ 


画像1


☽ ⋆ ꙳ 



この記事が参加している募集