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わからない。

ヒロアカのくだりで、SUPER BEAVERの聴いたことのない曲の紹介をしてもらう。

冒頭の歌詞が、

落ち込むくらいなら 期待しない 傷つくくらいなら 信じない
SUPER BEAVER『ひなた』より抜粋

とはじまり、胸がうずく。

あの日、最後の日、大切な人は「あきらめる」生き方を教えてくれた。

執着してしまう生き方、期待してしまう生き方、捨てられない生き方、ゆえに、何年も同じ苦しみとそれ以上に周りに迷惑をかけてきた。

つまるところ他人軸に生きてきた。
今も。

9月17日。大切な人との最後の日。

絶望からさらに絶望の底へと落ちてきて、余計に過去に記憶にしがみついて生きている。
全然、「あきらめ」を実践できてはいない。

『ひなた』の歌詞の続きにこうある。

未来に期待しないなんて あなたを信じないなんて 寂しくてしかたない

どうせ あなたといる場所があたたかい 傷ついても 傷つけたくない

(中略)

本当はもう 気づいているんでしょう わかっているんでしょう

どれだけ自分騙したって 頭から消えないくらいに 好きならばしかたない
SUPER BEAVER『ひなた』より抜粋

言葉にふれて曲を聴き重ねると、胸の痛みが増してく。
でも、もう一度噛み締めたくなる。

あの人の生き方のコンセプトは、もしかしたら、この曲にあったのかもしれない。

あきらめることと、あきらめないことの矛盾。
いや、あきらめられないことをあきらめているのだろうか。

あきらめないことに、しがみついてるから苦しくて、自分も他者も苦しくなる。

あきらめて、全部壊して壊れてしまう前に、現実を受け入れていれば、違った未来があったのかもしれない。

あぁ…。

もう過去には戻れない。
未来もない。
大切なあの人にはもう会えない。

あきらめないと。

ひどいね、自分。
心の支えにしてはいけないとわかってた。

でも…でもと言い訳してはいけないですね。

勝手に救われて、勝手に心の支えにした自分が悪い。

大切な人が好きな曲をどうしても聴いてしまう。
自分勝手に幸せだった時間が蘇る。

だめだな…。自分。

しあわせでした。

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