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ちょっと薬をやめてみる

土日、色々やりたいことはあったのに
結局すっきり起きられなくて、うとうとしながらほぼ動画を流しつつ
なんとか最低限の家事だけするという2日間だった
張りきった気持ちとか、自分をよく見せようとするところとか
逆に自分のストーリー内での自虐というか自己批判みたいな
そういうものに入りきらないもっと普通の、つまらない不具合に
私は、死にたいと思ったことがないので
(どうもそういう語彙がないか、そういう機能がついてないみたい)
どちらかというと解離してやりすごす方なのかもしれないが
とにかくぼーっとして、じゃっかん幽体離脱してるみたいな位置に意識があるみたいな状態で、眠っている間だけむしろ体と心が一体化するみたいな
そんな土日だった。(よくない、全然)

話は変わるようだが土曜に家族がスロージューサーと有機栽培のにんじん・りんごを大量に送ってくれた。
スロージューサーは部品が9個くらいあって、それを組み立てて電源を入れると重機工業のような音がして、野菜を「めきめき」という音を立てて砕き、一瞬で入れたものの8割5分をおから状態のカスにして、そのとき出る砕き汁をジュースとして提供してくれる機械だ。
(以上、言語性知能測定時には満点がとれるが、長すぎて日常会話には適さない説明。ポイントは「機械」という属性で最後をまとめたところ)

この話は短くまとめようと思う。
タイトルにあるように、私は昨夜くすりを飲まなかった。

夜9:30頃、やっとこの日はじめて外に出ることに成功した(ごみも出した、自転車をとりに行って、コープで買い物をした)。本当は朝9:30に家を出て、いちにち研究したかったのに。大学構内は涼しくて、自転車は昨夜置いた場所にちゃんとあった。自転車のカギも持ってたし、まあ、最低限のことはできた。

そんな中で私は「ちょっと薬をやめてみるか」と思ったのだ。
薬をやめるきっかけは、「薬をやめても誰も気づかないじゃん」ということに突然気が付いてしまう、こんな夜なんだ。と分かった。
弟のことを思い出した。

幸い私の薬は、やめることでより病識がなくなるというものではなく、
つらいときは休薬という方法をとることもあるような薬なので
(ベージニオ/アベマシクリブという名前の、朝晩飲む抗がん剤)
まあ、こんな日にはちょっとやめてみてもいいだろうと思う。

ただ、次に主治医に会うのは3週間後くらいなので、
そこまでずっとやめ続けるのもどうかなと思っている。
1週間くらいやめてみたいという気がするが、
2日くらいでもやめたら満足するかもしれない。
なによりも、「よく眠れる」という感覚が取り戻せるのかどうか
ちょっと試してみたい。
もう一つ、「私に薬をやめる自由がある」ということも
ちょっとやってみて実感できるか、
その実感が私にとってよいものかどうか、
それもちょっと試してみたい。


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