好きなもの(たいらとショートショート)
「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
「ようこそ」と書かれたその町の入り口を抜けた先に、待ち合わせたレストランがある。
部屋に行ってもいいのだが、知らない女の雰囲気を感じるような場所に足を向ける気持ちにはならない。
ここは、ほとんど山に囲まれたとても静かな町。
「ペリー二を」
ユリはそうウエイターに告げた。
案内された店のテラス席は2つ。
もう一つのテラス席では、長年連れ添ったと思われる夫婦が穏やかな食事を楽しんでいた。
食前酒が運ばれ、私はそれを飲みながら彼を待った。
単身赴任から2年。最後に会ったのはちょうど1年前。
夏の旅行の計画を立てていたのに急に行けなくなったと連絡があって、理由を聞いても仕事が忙しいの一点張りだった。
「ご旅行かしら?」
白髪がよく似合う小柄で品のいい老婦人が声をかけてくれた。
「あ、夫が単身赴任で、」
「あら、そう。」
「ここは桃が有名でね、その食前酒もここで採れた桃で作ってあるはずよ」
「とてもおいしいです」
そう言うと老婦人は小さく笑って、そして前に座っている老紳士に微笑みをあずけた。
「お待たせしました」
ウエイターが老夫婦のテーブルに料理を運ぶと
「あ、その人の分は一度こちらに」
そう、老紳士がウエイターに声をかけると、彼は軽く会釈をしてそれに従った。
老紳士はメイン料理の魚のポアレを丁寧にカットし、小骨が入っていないかと見ているようだった。
「私ね少し具合が悪くて、この人はいつもこうなんですよ。」
「昔はイタズラばかりしてほとんど帰ってこなかったのに、ね。」
そう言った老婦人に「おい」とバツ悪そうに、こめかみのあたりを人差し指でかきながら頬を赤らめた。
「それで、いつも私の好きなものを買ってきてご機嫌とってね。でも、自分の好きなものを知っている相手って大事だなって。もうそんなこんなで、50年。」
「素敵ですね。」
「お連れ様がお見えです。」
「ごめんごめん。」
そう言う彼に老夫婦が会釈した。
彼もそれにならうと
「注文した?」と私にいった。
「まだ」
「あ、それユリが好きなペリーニ?ここはさ、桃が有名だからさ、、」
「うん、知ってる。すごくおいしい。」
席に座った彼はビールを注文した。
「話って何?わざわざ来ることないのに。」
「あ、うん・・・」
「どうした?」
「・・・夏の旅行、去年、行けなかったから、」
「今年はどうかなって」
夫の元にビールを運んできたウエイターが言った。
「ご注文はいかがなさいますか?」
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こちらの企画に参加しました。
たいらさんよろしくお願いします。
お友達のriraさんのお話。
とても素敵なお話。
#たいらとショートショート #ショートショート#ぷ会
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