天子南面す
「あのさぁ。」
また、来た。
たかしの、あのさぁは、心底どうでもいいことの始まりだ。
「右ってすごくね?」
「右?…んー、…右?」
あたしの返しはいつもこんな感じ。
だって、あんまりナナメ上すぎて、思考がついていかないから。
すると、たかしは決まって同じ顔をする。
両眉を上げて、口をキュッとすぼめるんだ。
多分ひょっとこはたかしの先祖がモデルだと思う。
「ミナ、気づかなかったかぁ…!いいか?…」
そういって話しはじめるまでの、おでこに手をあてて、空をみあげてる姿も、それからこっちをむいて熱く語りはじめるところも、お決まり。
「…いい?例えばさ、リモコンの早送りあるだろ?あれさ、いつも右じゃん。時を進める側、つまり未来よ。未来は右にあるんだよ。それにさ、メモリとかもそうじゃん、右に行くほど増えるだろ?無限は右にあんだよ、な?無限の未来が右に広がってるんだよ!」
たかしはそういうとうっとりとした表情で目を閉じる。
「でもさ。」
あたしが言いかけると、たかしはキラキラした目であたしをのぞきこむ。
多分、たかしはいつも、あたしの「でもさ」を待っているんだと思うんだよね。だって、顔が全部、キタキターって顔なんだもん。
「たかしの右は、あたしの左じゃん」
「たしかに、たしかにー。」
このときの、たかしのたしかには必ず2回。
あたしが大発見をしたみたいに、
指差しながら、たかしたしかにたしかに。
「でもさミナ。それは俺とミナが向き合ってるときだろ?向き合ってるってさ、いい感じするけどさ、実はお互い全く違う方向向いてんだよな。真反対だよ。真反対。それよりほら、来てみろよ。」
そういってあたしをだきよせて、あたしの背中を包みこむようにして同じ方向をむかせる。
「ほら、な。これでミナの右と俺の右がいっしょだ。」
すぐに納得しちゃいそうになるけれど、これで負けちゃいけない。
「で、でもさ、あっちの方向いてたら、右はこっちだけどさ、そっちの方向いたら、右はこっちになるじゃん。すごい方が変わるじゃん!」
「たしかに、たしかにー!」
ほら、さっきよりうれしそうだ。
「ミナ、やるなあ!さすがミナ!確かに言うとおりだ。…でもな、実はどの方角に向いて右なのかっていうのも決まってんだよ。実は。」
ないしょ話を打ち明けるように、あたしの耳に唇を寄せて、あたしだけに聞こえるようにささやいてくる。
ああ、ここでもうあたしの抵抗は終わり。
南が東で北をどうとか、ずうっと話し続けるたかしの声質をじっくりと味わいながら、ただうなづくだけの時間を楽しむの。
「な、これで右がすげえんだってミナもわかったろ?すげえんだよ、右はホント。なっ!」
たかしの「なっ!」が出たら話は終わり。
ここでやっとあたしの出番。
「うん、さすがたかしだね。」
心底尊敬した目でたかしを見てそういうと、たかしはすっかり満足気だ。
「ところでさあ。」
あ、キタキタ!ミナのいつもの、ところでさぁ!
ミナは、いっつもうまいこと話を変えるんだよな。
俺は軽く身構える。
「今度の連休どうする?」
「確かに〜。」
ピリカちゃん、すてきな機会をありがとう。
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