緑の自転車

「おかえり」

前籠に新聞をたくさんいれた緑の自転車

学校の帰り道
その声が聞きたくて
あたりを見渡す

何をしていた人なのか
いつから話すようになったのか
どんな話をしたのか
今となってはわからないけど
その人に会うと笑顔になれた
白髪に丸メガネ
優しい笑顔がよく似合う人だった

「…開かない」

学校から帰ると鍵がかかっていた
蝉の声を聞きながらどうしようか考えた時
ふと緑の自転車が思い浮かんだ

新聞が空になった前籠を横目に呼び鈴を鳴らす

「あれ、今日はどうしたの？」

背負っているランドセルと額に浮かぶ汗を見て
おばちゃんとアイス食べよっか、暑かったね
そう声をかけ家に入れてくれた

縁側の簾、色褪せた畳
カチカチと大きく針が時を刻む

はいどうぞと
バニラアイスを一つくれた

「今日は家に誰もいないの?
電話番号わかる？」

目の前に見たことのない黒い電話が置かれる
携帯電話を持っていたけれど
それが使いたくてだんまりをきめた

「これはね、この丸のところに数字が書いてあるでしょ？これを右に回して…」

カララララ

ダイヤルが回る音にアイスを忘れて夢中になった
そこから聞いた母の声はいつもと違うような
そうでもなかったような

迎えに来た母と少し寂しそうな僕に

「困ったらいつでも来ていいからね
またお外で会ったら一緒に帰ろ」

そう頭を撫でてくれた

救急車が見える

音は鳴っていない
防護服を着た人たちが
忙しなさそうに動いている

転校をして住む場所も変わり
年賀状のやり取りだけ10通以上続いた

そして大人になって地元に帰ってきたが
一度も会うことはできなかった

今でも家の前を通ると探してしまう
けれどそこに
緑の自転車はもうない

僕の好きなアイスは
あの時のように
少し溶けた
バニラアイスだ

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緑の自転車