【タイム・ウェン・ザ・シグナルファイア・ライゼス 】③

ナカダミ・ストリートのアスファルトをドクロめいた月が照らす。日が落ちて間もない頃。繁華街の外れ、化粧を落としたオイランめいた寂寥たる暗がりを一人の男がトボトボと歩いていた。彼の名はトミタ。クルダの一味である。

まったくこの頃はツイていない。バイクはマッポからの逃走の最中、事故で派手に吹き飛んだし、サケに酔って路上で寝ている間に財布が盗まれた。スロットでは大負けした。極め付けは先日のカナリタノシサでの一件だ。灰色髪のホットな女に声をかけ……その後、何が起こったのか意識を失っていた。記憶は混濁としていて覚束ない。仲間内からは「ダッセ!」と笑いに笑われてしまった。彼らに曰く、おおかた床で滑って頭を打ったのだろうと。

以来、彼はその出来事を引き合いに出されては笑われるという屈辱を味わうこととなったのだった。今日も例外ではない。気分を害したトミタは背に嘲笑を受けながら帰路についていた。

「チクショ!チクショ!俺をバカにしやがって……!」

苛つきを乗せ、気紛れにバチバチとボンボリを光らせる錆色の電灯に蹴りを浴びせる。Caw ……Caw……居座っていたバイオカラスが慌てて飛び立ち夜空の闇へ溶けゆく。

「ケッ……」

その様をつまらなそうに見やり、歩みを再開する。彼の遥か頭上をバイオカラスが飛んでゆく。去り際にフンを落としていきながら。べチャリ。

「……ア?」

そしてそれはトミタのエキゾチック・モヒカンヘアーに見事に付着した。

「……ア?……アァアアアーッ!?ザッケンナコラーッ!!」

堪忍袋が爆発した!がらがら声でやり場のない怒りを喚き散らす!それらは誰に届くこともなく、虚しく夜に消えていく……。

「……ククッ」

否。トミタのブザマを嘲笑う声が発せられる。

「……アァッ!?」

トミタは反射的に声の聞こえた方へ首を巡らせた。いつからそこにいたのか、タタミ四枚程の距離に人影あり。辺りの暗さのせいか、姿はよく見えない。

「テメッコラー……何見てんだコラーッ!スッゾコラー!アッコラー!?」

肩を怒らせ、威圧的に拳を鳴らしながらズカズカと男の方へ向かって行く。タタミ三枚。男は怯えもせず、見下した笑いを届ける。トミタの怒りが拳に込められていく。タタミ二枚。トミタが首をゴキゴキと鳴らす。タタミ一枚……彼は眉を顰めた。嫌な臭いした。鉄のようなそれは……その臭いは……トミタ自身もよく知っている。血の、臭い。眼前の男から!

「ククッ、ククク……社会の屑……これで八人目だあ……」
「テメッコラー……?」

何か異様なアトモスフィアを感じ取り、タタミ一枚の距離のまま警戒する。血の臭いは尚も鼻につく。濃厚なそれは最悪のイメージを彼に齎せた。バチ、バチ……気紛れな電灯が明滅し男の姿を僅かに照らす。

「ア……?」

トミタは目を丸くしてその姿を見た。紺色の装束に身を包み、鼻から下を鋼鉄製のメンポで覆った……ニンジャの姿を!

「ア……アアーイエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

急性NRSを引き起こしトミタ失禁!ALAS !!

「イヤーッ!」

情け容赦なくニンジャはシャウトを発し、トミタに飛びかかる。サイバネ置換された左腕が闇夜に光を走らせた!

「アイエエエエ!!グワーッ!?」

凶悪な爪を携えた巨大な金属の手が腹に深く食い込み、真っ赤な血が宙を舞う。ニンジャは笑みで目を歪ませながらアイサツした。

「ドーモ、クロームギッチョです」
「アバッ、ア、アイエエエエ……」
「イヤーッ!」
「アバーッ!」

ナムサン!爪が抉りこむ!

「オイ、アイサツしたよなあー俺……無視すんのか?悲しいなあー……名前聞きたいんだがなあー……!」
「アバ、アババ……ト、トミタです……助けて」

恐怖と出血の傷でガクガクと震え、ニューロンがチリチリと焼ける。ニンジャ。ニンジャナンデ!死ぬ!

「トミタ=サンか。ヨタモノだよなあー、その髪型、ファッション….…社会の屑!そうだな!?」
「ハ、ハイ」
「イヤーッ!」
「アバーッ!」

クロームギッチョが爪を勢いよく引き抜くと、シャンパンの栓を開けたように傷口から血が吹き出した。

「アイエ、助け、助けて」

腰が抜け、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら後ずさりニンジャの魔の手から逃れようとするトミタ。当然逃げられるはずもなし。クロームギッチョに胸倉を掴まれ持ち上げられる。

「アイエエエエ!」
「トミタ=サン。八人目なんだよなあー、お前で。なあニュース見てるか?世間に目を向けてるかあー!」
「……ハ、ハチ?」
「偶数なんだ……奇数よりキリいいよな……八人……トミタ=サンもそう思うか?」
「アイエエエ……は、八より十の方が良いと思います……ハッ!」

トミタの思考を絶望が覆った。口答えをしてしまった……!クロームギッチョの目を見る。その目は……喜びの色を見せていた。

「オオ!そうだ!そうだぜトミタ=サン!八より十だ!そっちの方がキリいいよな!?」
「ハ、ハイ!実際そう思います!」

藁にもすがる思いでニンジャの喜びに同調するトミタ。僅かな希望に手を伸ばす。だがそれは即座に絶望へと舞い戻った。

「イヤーッ!」
「アバーッ!?」

SLASH !! トミタの右腕が切断された!噴き出す鮮血が冷たいコンクリートに血溜まりを作る!

「非ニンジャの屑が、中々わかってるじゃあないか。素晴らしいぜ」

トミタの右腕を切断したことを何ら気に留めず……実際眼中にないのだろう……クロームギッチョは語りかける。嫌に落ち着いたその声音がトミタにより深い恐怖を刻み込む。

「ところで、だ。トミタ=サン。俺はニンジャだが、少し前まではそうじゃあなかった」
「ハ、ハイ」
「イヤーッ!」
「アバーッ!」

SLASH !! トミタの左腕が切断された!噴き出す鮮血が冷たいコンクリートに血溜まりを作る!

「俺はしがないサラリマンだった……バカの上司や同僚にペコペコ頭を下げてよォー……」
「……」

反射的に相槌を打ちそうになったが、それを堪え口をつぐむ。クロームギッチョは攻撃をせず言葉を紡ぐ。

「ある日のことだ……退勤して家に帰ろうとしていた俺を、くだらねぇヨタモノ共が襲ってきたんだ……カネ目的でよ……ガキばかりだった……ガキでなくとも俺より遥か歳下のクソヤンクが……」

落ち着いていた声がだんだんと不穏な凄みを帯び出す。トミタの胸倉を掴むその腕が震え出す!

「社会の屑共がよォー……大人を舐めてんのかあ!?オイ!?」
「ア、アイエエエエ!!」

ニンジャの怒りの声をぶつけられ、トミタは絶叫しながら失禁!クロームギッチョは彼の体を軽々と放り投げる!

「イヤーッ!」
「アバーッ!」

壁に背中を打ち付けられ目を回すトミタにクロームギッチョが詰め寄る。カチカチと爪を合わせながら。

「徹底的に痛めつけてやる!苦しんで死ね!イヤーッ!」
「アバーッ!」

爪が振るわれ、新たな傷跡を作る!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
「アバ、アババババーッ!!」

一撃、二撃、三撃。加減されて振るわれるそれはトミタの肉体をズタズタに切り刻んでいく。ナムアミダブツ!彼は実際反社会的存在であり、窃盗は勿論当たり屋や轢き逃げなどの行いをしてきたがここまでされる謂れはない!

「アバーッ!アバババーッ!アァァァ……」

次々と鮮血が舞い散る中発せられる彼の悲痛な叫びは、哀れ、ネオサイタマの夜に吸い込まれ霧散していくばかりであった。

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「……ユーリ=サンはさ」
「ンー?アタシ?」

シロップを多量に含んだ、もはや原料の味がわからぬミックスフルーツ・ジュースの紙パックを飲みながら、ユーリがリンセの方へ素っ頓狂な顔を見せた。肩を並べて歩く二人の姿を生暖かな夜風が撫でる。数時間前に邂逅した彼女らはショッピングモールや映画館、カラオケなど……多くの時間を共に過ごした。その帰り道。
リンセは少し間を空けてから言葉を続けた。

「今って何やってるの?」

灰色の三白眼の瞳を見つめる。ユーリの容姿はかつてのそれとは大きく違っている。髪は黒色だったし、瞳だってそうだ。真っ黒で透き通るようだった瞳は、今や炭めいた灰の色。変わったのは見た目だけなのか、それとも。

「何やってるってーのは」
「アー、私は大学生だけど。ユーリ=サンは、ってこと」
「なるほど。アタシはねー、ンー……特に何も。適当にカネ持ってそうな奴と寝て稼いで、安いアパートで一人暮らし」

あっけらかんと言うユーリ。リンセは溜息をついた。生活自体は然程変わっていないようだが、一つの疑問が浮かんだ。

「家族とはどうなったの?」

……しかしその言葉は口には出さなかった。あまりに軽率だ。踏み込みすぎるのは野暮な事である。

「まー、楽しくやってんよ。なんとなーく生きてる。一回死んだけど」
「え?」
「うん?あぁ、こっちの話」

どこか上の空のように生返事をし、ユーリは再度ストローを噛みながらミックスフルーツ・ジュースを啜る。紙パックがみるみるうちに萎み、へこんでいく。
リンセは何か言おうとした。何かを。あの事件のこと。今のこと。踏み込みすぎるのはどうかと思うがしかし、かつての親友として、惰性で済ませているだけではダメだという思いが彼女にはあった。ユーリ・マキシモは。罪人なのだから。

「ユーリ=サン」
「……」
「……」

突然の沈黙。先ほどまで飄々とした態度だったユーリが紙パックを無造作に捨て、急に押し黙ったことへの動揺と、静寂の気まずさが次の言葉を押し留める。それでもリンセは声を出そうとした。その口をユーリが手で塞いだ。

「ムグッ?」
「……何か聴こえない?」
「……?」

神妙な顔つきで耳を澄ますその姿に奇妙な違和感を覚えながらも、リンセは耳を澄ませた。遠方より届く猥雑な広告音声や喧騒の声……ゲーッ、ゲーッ。夜闇より躍り出たバイオカラスが不吉な声を上げながら二人の頭上を通過していく。それと同時、リンセは聴いた。耳に馴染みのない異音を。

キィーッ……キィーッ……キリキリ……キリキリ……。

黒板を爪で引っ掻いたような嫌悪感溢れる音に顔を顰め、彼女はユーリに顔を寄せ声を忍ばせながら問いかけた。

「ねぇ、この音……何?」
「わかんねー。でも」

灰色の三白眼の瞳が、音の聞こえてくる方を鋭く睨みつけた。

「ヤな感じだ」

キィーッ……キィーッ……。

音は段々と彼女達のいる方へと近づいているようだった。リンセは薄ら寒い恐怖を感じ、少しずつ後退りする。一方のユーリは依然闇を睨みつけたままで動かない。

「ね、ねぇユーリ=サン。違う道から帰ろう……?何か、コワイだよ……?」
「……あぁ、ウン。先に帰っておいて」

リンセの方を見ることなく灰色髪の女は素っ気ない返事を返した。その言葉に、信じられないというような顔をしてリンセが食いかかる。

「な……何言ってるの!?絶対ヤバイだよこれ!私の勘!」

言いながら彼女は自分の言葉に疑問を覚えた。勘?勘……というよりは……寧ろ本能的な……天敵の存在を察知した獣めいた……。

「アー、大丈夫。後で追いかけるから」

頭を掻きながらユーリは言う。その華奢な腕がギュッと掴まれた。病的な色白の肌にリンセの肌が重なる。振り返り視線を向けるユーリの顔を、リンセは震えながら見つめ返した。

「……そ、そうやって……いつもいつも、私を放ってさ!ユーリ=サンにとって、私って何なのさ!」

喉を振り絞って出した声は悲痛な色を帯びていた。これまで過ごしてきた間に堆く積もった想いが爆発したのだ。ユーリ・マキシモは目を丸くして、暫し呆然とその様を見つめていた。彼女が何か言おうと口を開きかけたその時……夜闇から男の笑い声が響いた。二人は反射的にそちらを見やる。闇を歩む人影。

「ハハハ……いいユウジョウだあ、ハハハァ……」

乾いた笑いが響く。
キィーッ……キィーッ……キリリ、キリリ……。

身を竦めながらリンセは人影を見る。そこでようやく彼女は音の正体を知った。サイバネ置換された左手の爪を壁に突き立て、引っ掻きながら、男がこちらに向かって歩いてきているのだ。

キィーッ……キィーッ……キリ、キリリ。

音が。止まった。

「……俺は実際運がいい……あと二人で辞めにしようとしてたんだ……十人になるからなあーッ……そしたらよォー、好都合な。ちょうど二人だ、それも女……普段の行いが良いからかな……『ブッダはお前を見ている』……クククッ」
「……ア……?」

微かに見えるその姿が眼に、ニューロンに焼きつく。紺色の装束。サイバネ置換された巨大な左腕、殺意を剥き出しにした鋭利な爪。鼻から下を覆う鋼鉄のメンポ。鼓動が跳ね上がる。太古の畏れを思い出す。本能に刻まれた恐怖を!

「ア……アイエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

ナムアミダブツ!リンセは急性NRSに陥った!視界が点滅し、生まれたてのシカめいて足が震える!

「ハハハハハ!いいぜい、その反応!もう一人は恐怖のあまり声も出ないかあーッ?ハハハハハ……!」
「……!」

ユーリは目を見開きながら男を……紺色装束のニンジャを視界に留める。ニンジャは下卑た笑みで目元を歪め、鋼鉄のスリケンを手に握った。

「さて、どっちから殺そうかな?どっちがいい?カワイイお嬢さん達ィ?」
「ヒッ……」

品定めするようにリンセとユーリを交互に見る恐怖の存在。上ずった声が喉から自然と流れ出る。リンセはガクガクと震え……。

「ア……アイエエエエ!アイエエエエ!!」
「リンセ=サン……!?」

ユーリを置き去りに、ニンジャから背を向け、一目散に走り出した。大粒の涙を散らしながら。

(((ニンジャ!ニンジャ、ナンデ!?殺される……!)))

それは動物的な本能からの逃走だった。頭に浮かぶ様々な思考は本能に押し流され、脳内はただ恐怖のみに染まる。走れ。走れ。死からの逃避の選択を命は取った。

「……」

一人置き去りにされたユーリは項垂れるように俯く。前髪が垂れ、目元に陰を作る。

「ハッ、美しいユウジョウだな、エエッ?じゃあまずは……クク……活きのいい方からだぁーッ!」

小さくなっていく彼女の背を見やりながらニンジャはメンポの下で笑みを浮かべるのだった。そして躊躇いなくスリケン投擲!走り去るリンセへと!

「死ね!死ねーッ!ハハハハハ!」

下卑た笑いがこだまする!スリケンがリンセの背へ刺さる様を脳裏に浮かべニンジャはより一層邪悪に嗤った。どんな悲鳴をあげるのかを楽しみにしながら結果を見届ける。

「イヤーッ!」

……投げられたスリケンはしかし対象に届くことはなかった。

「……え?」

みるみるうちにリンセの背が遠ざかっていき、暗闇に消えゆく。

「え?」

素っ頓狂な声を上げ、ニンジャは右手で目を擦る。されど目前の光景は違えることなし。

一体何が起こったというのか?ニンジャ動体視力をお持ちの読者諸氏にはハッキリと捉えられた筈である。即ちスリケンの行方を。殺人的速度で投擲されたそれを右手の人差し指と中指で挟み取った女の姿を。ユーリ・マキシモの姿を!

「イヤーッ!」

俯いたままユーリは挟み取ったスリケンを無造作に投げ返す!

「グワーッ!?」

呆気に取られ立ち尽くしていたニンジャは回避行動を取ろうとしたが遅い。右肩口にスリケン直撃!

「き……貴様?」

ワナワナと震える手でスリケンを傷口から引き抜き、灰色髪の女を指差す。彼女は小さく、されど確かな声で言った。

「……面倒ごとは嫌いだ。ニンジャとのイクサなんてもんは特に面倒」

言いながら彼女は顔を上げた。紺色装束のニンジャはその顔に目を奪われた。鼻から下を覆うガスマスクじみた形状をしたメンポに。愕然とする彼に対し、ユーリは両手を合わせオジギをしながら気怠げな声で言った。

「ドーモ、はじめまして。シグナルファイア です」

灰色の三白眼の瞳に微かに帯びた赤い光が、揺れ動いた。その瞳に気圧されながらも紺色装束のニンジャはアイサツを返す。

「ド、ドーモ、シグナルファイア=サン。クロームギッチョです」

アイサツを終えると彼は額に浮かぶ脂汗を拭いシグナルファイアを睨む。

「俺以外にニンジャがいることは……本能的に理解はしていたが……実際に見るのは初め」
「最初に言っとく」

クロームギッチョの言葉を遮り、シグナルファイアは言う。

「さっきも言ったけど。アタシは面倒なのが嫌いなの。殺し合いは特に!戦って負けることは無いけどさ、疲れるんだよね」
「何?」

そして彼女はクロームギッチョを睨め付け、片手でキツネサインを突き出した。

「さっさと失せな。今なら見逃してやる。金輪際アタシとリンセ=サンに近づくんじゃねー」
「……アァ?……ナメた口効いてんじゃあーねぇぞッコラー!?」

クロームギッチョ激昂!左腕の凶悪サイバネ腕をシグナルファイアに向け突き出す!対するユーリは舌打ちし、肩に背負ったバットケースからバットを取り出し、ケースを放り捨てる。構えられたそれは……おお、ナムアミダブツ!釘バットめいてヘッドに突き刺さる数多のスリケン!即ちスリケンバット!

両者の間の空気がジワリと滲む。生温い夜風が二人の間を抜けていく。風に攫われ、ユーリが捨てたミックスフルーツ・ジュースの紙パックが吹き飛び、電灯に当たった。

「イヤーッ!」

先に仕掛けたのはクロームギッチョ!闇夜に煌めく金属の光。殺意を帯びたサイバネの爪がシグナルファイアに迫る!

「イヤーッ!」

シグナルファイアは背に『不埒』とプリントされたジャケットを翻しながらスリケンバットをバントの構えで持ち、凶悪な爪を弾く!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

爪!弾く!爪!弾く!繰り返される単調なムーヴメント!ややシグナルファイアが押され気味か?彼女は眉を顰め、

「イヤーッ!」

爪を弾くと同時、その勢いのまま後方へステップ。距離を取る。クロームギッチョが目をギラつかせ、即座に距離を詰める!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

振りかざされるサイバネ爪を紙一重で躱し再度距離を取ろうとバックステップ。クロームギッチョが踏み込み、爪が閃光を放つ!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

シグナルファイアはこれも紙一重で回避。SLASH !! 彼女の背後にあった電灯が切り裂かれ、鮮やかな切れ口を残して倒壊!

「イヤーッ!」

血を欲する凶器が色白の肌へと迫る。ユーリは回避を

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

ALAS !! クロームギッチョの蹴りが彼女の腹部を直撃!爪攻撃をフェイントに使ったのだ!シグナルファイアはメンポの下で血を吐き、キッとクロームギッチョを睨む。

「イヤーッ!」

スリケンバットがクロームギッチョの側頭部めがけて振るわれる。

「イヤーッ!」

彼はこれをブリッジで回避、そして起き上がりざまにオーバーヘッドめいた蹴りを放つ!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

顎先を捉えた一撃にシグナルファイアが蹌踉めく。好機!クロームギッチョは意気揚々と爪を構え、彼女の心臓を抉り出すべく攻撃を繰り出す!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

これに対しシグナルファイアは彼の左腕を蹴り上げ、致命の一撃を回避。しかしクロームギッチョは蹴り上げられた腕を勢いよく振り下ろし強烈な肘打ちを頭頂部へと喰らわせた!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

大きく揺らぐ華奢な身体。追い討ちの爪が彼女に迫る!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

シグナルファイアはスリケンバットを杖代わりにして揺れる身体を支え、爪の横っ面にチョップを当て、反らす!だがそこに迫るはクロームギッチョの右腕のストレートパンチ!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

ナムサン、顔面に直撃!シグナルファイアはキリモミ回転しながら吹き飛び、コンクリート壁に打ち付けられた。蜘蛛の巣状の亀裂が壁に走り、空気中にコンクリート片や埃が舞い上がる。その中でシグナルファイアはがっくりと項垂れ、座り込むようにしてダウン。クロームギッチョは勝ち誇った笑い声を上げながらゆっくりと彼女に近づく。

「ハハ、ハハハ……!生意気な口利きやがった割に大したことないじゃあーねぇかよォー!」

一歩、二歩。着実に距離を詰めていく。威圧的に爪をカチカチと合わせ、金属音を鳴らしながら。

「……」

ユーリはピクリとも動かない。コンクリート片と土煙が舞う中、彼女の顔色は窺えない。クロームギッチョが迫る。

「へへ、へ。なぁオイ、どっちがいい……このままトドメを刺されるか、それとも俺と前後してから死ぬか?」

彼はメンポの下で下劣に舌舐めずりをした。病的な色白の肌、スラリとした手足……ヘソ出しのトップス……右耳をびっしりと埋め尽くすピアス……危険な魅力がクロームギッチョの欲を誘う。爪が華奢な肢体へと迫る……。

「……どっちもお断り」

不意にシグナルファイアが口を開いた。その声を聞いた瞬間にはクロームギッチョは爪を振り下ろしていた。返答など彼は求めていない。選択権など与えていないのだ。彼女の身体を爪が直撃し、引き裂いていく……。

「……ア?」

クロームギッチョは訝しんだ。シグナルファイアの胸に深々と刺さった己の爪を見る。サイバネの爪は赤々しい返り血で染まっている。しかしその血痕は乾いていた。古いものだからだ。新鮮な血は付着していない。項垂れるシグナルファイアの方を見る。避けようのない距離。事実爪は届いている。はず。だが。

(((手応えがない……?)))

彼は目を擦り、再度眼前の効果を吟味する。モクモクと煙が上がる中、項垂れるシグナルファイア。その胸に突き刺さるサイバネの爪。胸?違う。これは。壁だ。コンクリートの壁に爪が突き刺さっている。感触でわかる。
何故?

「……面倒ごとは嫌いだ」

シグナルファイアの声。

「ニンジャとのイクサとか、ホント嫌。疲れるし。負けたら終わりだし。だから」
「貴様……何をした……?」

クロームギッチョは爪を引き抜き、後ずさる。モクモクと噴き上がる煙の中に座り込むシグナルファイアを見ながら。煙……しかり、煙だ。コンクリート片や土煙とは違う。狼煙めいた、煙。

「だから、アタシは勝ちにいく。戦って負けることなんて絶対無いけど、念には念を、だ。アンタみたいなサンシタは適当にやられてりゃあ直ぐ油断するから、楽でいいよー」

シグナルファイアがゆっくりと起き上がる。爪が突き刺さった筈の胸にはなんの傷もない。

「ヌゥーッ……!イ、イヤーッ!」

歯軋りをしながらクロームギッチョがサイバネ爪を振り上げた。ボシュッ!ボシュッ!

「ワッザ……?」

彼は己のサイバネ腕を見やった。ボシュッ、ボシュッ!黒い煙がその金属の腕の節々から吹き上がっている!ボシュッ!ボシュッ!ボシュッ!ボシュッ!

「グ、グワーッ!?」

思わず右手で左腕を抑える。瞬間、彼の自慢のサイバネ腕はボロボロと崩れ落ちた!

「グワーッ!グワーッ!?」
「アッハハ!……さて、と」

理解が追いつかずに目を白黒とさせて悶えるクロームギッチョ。そのブザマを見下ろし、ケタケタと笑いながらシグナルファイアは言った。口元に弧を浮かべながら。

「ぶっ殺す」

ボシュッ。ボシュッ。彼女の身体の至る所から黒い煙が噴き上がり始めた。

"④へ続く"

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