【キョート共和国、ハクトウの邸宅:スプレンディド、ペネトレイト】ア・モーメント・オブ・ニンジャ・ライフ


『ア・モーメント・オブ・ニンジャ・ライフ』。
ニンジャの生活のワンシーンを切り取った短編です。

◇このモーメントは第二部時系列のものです◇



 華の薫る空間、オーガニックのタタミ。四方を囲むは錆土仕上げの美しい土壁。厳かながらに奥ゆかしい広間にて向かい合い座する二者のザイバツ・ニンジャあり。

 一人は若い女。スレンダーな体躯、切長の眼。見に纏うはダークネイビーのパンツスーツ。腰の辺りまで伸ばした長い髪はミルキーベージュ色をしていて、艶やかだ。アスミ・キナタコ。ニンジャとしての名はペネトレイト。アデプトに昇格したばかりの彼女の凛然とした顔つきには、緊張感と若干の高揚感が見られた。

 そしてもう一人は、アスミとそう歳の離れていないであろう若い男。ミディアムスタイルに整えられた幽玄の薄紫色の髪、白磁めいた端麗な肌。月白色のフォーマルスーツ。この邸宅の主、マサラサマウジ・ハクトウ。ニンジャとしての名はスプレンディド。ペネトレイトのメンターたるマスター・ニンジャだ。

 カコン。庭の方から趣のあるシシオドシの音が鳴ると、ハクトウがやおらに口を開いて言葉を紡ぎ出した。

「我がアプレンティス、ペネトレイト=サン。アデプト位階への昇格、実際メデタイ。大義であるぞ。メンターたる私としても鼻が高いというもの」

「ハッ……ありがたきお言葉。この昇格はマスター・スプレンディド=サンの日々のご指導のおかげであります」

 アスミはハの字にした両手をタタミにつき、恭しく座礼した。「よい。面を……いや、うん。顔あげて」暫くしてハクトウが促すと、彼女は作法に適った所作で上体を起こす。若き貴人は困ったような微笑みを見せた。

「まぁ、礼儀作法は大事だよね。キョート人として、ギルドのニンジャとして。最も重要な要素だ」やや姿勢を崩しながら彼は言う。「でも今はいいや。どうせおれと君しかいないし」

「ハイ。では……その。これは、私的な?」

「公私はキッチリ分けないとね。あんまりシツレイならそれはそれで問題だけど」

 言いながらハクトウが傍に置いたフロシキに手を伸ばし、その包みを解いた。高級な贈答用桐箱がうっそりと姿を現す。アスミの表情が緊迫に強張る。ゴクリと生唾を呑む彼女にハクトウは苦笑しながらそれを差し出す。その力を抜いた仕草のなかにさえも雅さと気品がある。

「では、前に言った通り。アデプト昇格のお祝い。受け取ってくれるかな」

「はっ、はい……!あっ、いえ。身に余ります」

 受け取ろうと動かそうとした手を抑えて顔を下げて奥ゆかしく辞退。ハクトウは少し呆気に取られたあと、ふふっ、と笑ってから一拍置いて神妙な顔を作って怜悧な声音を乗せる。

「いやいや。そう言わずにドーゾ」

「勿体なき品に御座います」

 二度目の辞退。ハクトウが再び口を開く。

「ブッダも怒ると言うもの。どうか受け取りたまえ」

「それならば……謹んでお受け取りいたします」

 顔を上げて嫋やかに差し伸べる色素の薄い手許にハクトウは一呼吸ついて肩を竦め、桐箱をポンと置く。アスミはそのラフな置かれ方に戸惑いながらハクトウの顔を見つめる。

「う、受け取りました。えっと、開けても……いいの?ハク」

「うん」

 アスミ・キナタコから漸く緊張感が抜けたことにハクトウは柔かに笑う。キナタコが恐る恐る箱を開ける。包装を手解く。現れたのは、トリイめいた美しい朱色に彩られたカンザシ。華美な装飾はなく、形状はシンプル。しかし誤魔化し効かぬそのシンプルさ故に、塗料から材質に至るまで職人のワザが光る。平安時代より続く老舗カンザシ店の最上高級品である。

 アスミは息を呑んで、その美しさに暫し見惚れた。それからハッとした様子で若き貴人を見やり、おずおずと口を開く。

「こ、これ。本当に私が貰ってもいいの、ハク?」

「そのために贈ったからね」

「……ありがとう!」

 アスミは顔を綻ばせて、可憐に笑んで頷いた。その笑顔が、ハクトウの瞳に映る。今度は彼が息を呑む番だった。そうして、逡巡してからハクトウは何かを言おうとした。その様子に気づかずにアスミが口を開く。

「大事に取っておくね……!」

 そう言って、丁寧な手つきで包装を戻そうとする。ハクトウは困惑してから微笑んだ。

「いや、使ってくれた方が嬉しいかな……結び方、わかる?」「えっと、ヘアピンかゴムでしか……結ぶことないから……」

 申し訳なさそうに言うアスミ。ハクトウは柔らかな顔で笑み、立ち上がって彼女の側へ。そして、アスミの長く下ろしたミルキーベージュの髪に手を触れる。

「結えてもいいかな」

「オ……オネガイシマス」

 ……ハクトウが優しい手つきで長い髪を梳かしながらアスミの髪を纏め、結えていく。ザイバツ・ニンジャ、スプレンディドとペネトレイトとしてでなく、ハクトウとアスミとして過ごす穏やかな時間。それが二人にとって、何よりの……。

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