アーカイブ:【オバケ・オブ・コケシ・ザット・マスト・ダイ】

過去に旧Twitterで投稿・連載していたテキストカラテ(ニンジャスレイヤーの二次創作小説)のログ/アーカイブです。ツイート通し番号と専用ハッシュタグの削除をのぞいて本文に変更点は無く当時のままであり、誤字修正や加筆の類はありません。


1.

「なぁアニジャ」臆病そうな小柄の男が、先に歩く長身の男に震える声で言った。長身の男は苛立ちを帯びた声で答える。「なんだよ」「本当にこんなところに、金目のモンあんのかよ」小柄の男は周りを挙動不審気味に見渡しながら、おずおずと聞く。

 彼等が歩くは、薄暗い廃墟である。時折薄汚いネズミが飛び出しては、小柄な男の心臓を跳ね上がらせた。この廃墟は、かつてはショッピングモールであった。しかし、ヤクザ同士の激しい抗争の舞台になり、経営放棄……と世間では知られている。「あるって!……たぶん」

「たぶんってなんだよう……ってアニジャ!先々いかないで!」この薄汚い廃墟を歩くは、落ちぶれ徘徊市民、ミキトゥナ兄弟である。彼等は特定の住居を持たず、度々こうした廃墟に忍び込んでは金品を探し、生計を立てていた。「てめぇは臆病だな、キミロ。腹が立っちまう」

 キミロと呼ばれた小柄な男が弟である。先を歩く兄はカナノ。二人とも身なりはみすぼらしい。「だってよぉ、アニジャ……ここ、変なウワサ実際あるよ。オバケだよ!オバケ!」「オバケがどうしたよ」「オバケだよ?」「オバケだろ。先客強盗と出くわした時の事思い出せよ」

「うん……先客強盗は怖かったけどさ。人間じゃん。でもこっちはオバケよ?なんでもさ、ここのショッピングモール、結構人気でさ、カルト的な奴もいたらしくてさ、そいつがこう……怨みとかでオバケ」キミロが震え声でオバケの話をする様を、カナノは鼻で笑った。「ダッセ!」

「ダッセ!ってアニジャ……コワイよ」「俺は貧乏で死ぬ方がコワイ」「そりゃそうだけ……ど……」キミロが立ち止まった。カナノが振り返る。「ア?どったよ」「ア……アニジャ。なんか、聞こえない?」「アー?」二人は耳を澄ませた。微かな音が彼等の耳に迎え入れられた。

『ブーンブーンブブーン。ブーンブーンブブーン……』単調なベース音が微かに響いている。「アー!アー!アニジャ!オバケ!コワイ!」キミロが頭を抱えながら腰を抜かす。「アー!アー!」「ファック!よく聞け」「アー……?」「店内BGMってやつだろ」

「アー……で、でも。それじゃ、誰かが店内BGMかけたんじゃ。誰もいるはずないのに……アー!」「ファック!なんかの不具合とか、アレだよ、経営放棄の頃に消し忘れてたとかだよ。それか……先客かだ。オバケじゃねぇ」それを聞き、キミロは少し冷静になった。

『ブーンブーンブブーン……安……実ザリザリ……』微かな無機質の音。キミロは何かに気付く。「ア、アニジャ」「なんだよ」カナノは今にも暴力を振るいそうな声音で答えた。「な、なんかこれ、この音……近付いてない?」『安い、安ザリザリ……実際ザリザリザリザリ』

「アー?そんなに気になんのなら」カナノは拳を合わせ、その鋭いギラギラとした目を輝かせた。「俺が見てきてやるよ。てめぇうっせぇから」それだけ言い残すと、カナノは音の鳴る方へと走り出した。「エッ……ア、アニジャ!待ってくれよ、おいてかないで!コワイ!アー!」

 一人取り残されたキミロは、己を強いて立ち上がると、生まれたてのシカめいてヨロヨロとカナノの軌跡を追った。「待ってくれよぉ……コワイ……」歩く。歩く。何もない。アトモスフィアがあるだけだ。段々と、彼は本来の歩行へと戻っていった。「この辺に行ってたような」

『ブーンブーンブブーン』「アイエッ!?」キミロはまた腰を抜かした。先程聞いた音よりも、大きい。いや。近い。「アイエエ!コワイ!アニジャどこ!」叫び散らしながら、彼はナメクジめいて這った。『安いザリザリ実ザリザリコケシザリザリ』「ア……」キミロは止まった。

 彼の這った先に、何かが見えた。それは、不可思議な模様の入った……足。立っている。キミロは震えながら顔を上げた。「ア……アイエエエエエエエエエエ!!」絶叫!おお、そこには何が!?『ブーンブーンザリザリーン、安い、安い……マー』

 そこには、奇怪な人型が居た。巨大だ。その両手両足は、筋肉や血管の隆起から、素肌であると推測できるが……そこには。装束と同じ模様が刻まれている。強烈な赤とベージュが入り混じった模様だ。「アイエエエ!」『安い……安い』絶叫。答える単調重低音。

「アイエエエオバケ!コワイ!」キミロは、目前に立つ奇怪存在をオバケと結びつけた。おお、見よ。そのオバケの頭は、トートバッグを被っている。逆さになったマークは……コケシマートのマーク!コケシマートの……オバケ!

 コケシマートのバッグに気付いたのならば、その全身に刻まれた赤とベージュの模様の正体も分かるはずだ。素肌にまで刻まれた其れ等は、無数の小さなコケシマートのマークの羅列!おお、この奇怪存在は、間違いなくオバケ!それも。コケシマートのオバケだ!コワイ!

『安い……貴方も実際……コケシマート……桃源郷へ』「アイエエ!アニジャ!アニジャー!」泣き叫び、後退するキミロ!ジリジリと歩みを進めるコケシマートのオバケ!「アイエエ!アニ」後退するキミロの背にドン、と何かがぶつかった。「アイエ?」キミロは振り返る。

「アイエエ!」キミロの背後に居たのは……コケシマートを頭に被った奇怪存在!「アバー……安い安い実際安い」掠れた肉声。一つではない。遠くからも聞こえてくる!「アイエエ!オバケ!コワイ!ゴボボーッ!」キミロは嘔吐!そして失禁!『安い、安い、実際安い……』

 キミロの頭を、無機質なコケシマートのオバケが掴んだ。『安い……安い……ブーンブーンブブーン』「アイエエ!アイエエ!アイエ、アバーッ!」……。

【オバケ・オブ・コケシ・ザット・マスト・ダイ】

 ブロロロロ……年季を感じさせる駆動音と排気音を轟かせ、ヤクザモービルが走る。運転手は厳しい顔をしたヤクザだ。助手席に座っているのもヤクザだ。それも、双子めいて瓜二つのヤクザ……そう、クローンヤクザである。後部座席には紫色のヤクザスーツの男が一人。

 紫色のヤクザスーツの男の顔には、鈍い光をたたえた簡易な金属製のメンポが。メンポ。そう、メンポである。即ちこの男はニンジャ。「アー……運転手。もっと出せねぇか」男は怠そうに言った。「現状が最速です」クローンヤクザは答える。「そうかい」男は目を細める。

 男は退屈そうに髪の毛の一本を指で摘み、弄りだす。彼の髪型はカッチリとセットされたオールバック。早起きの成果だ。色は金。ただそれは染髪によるものであることは、所々に見え隠れする染め残しの黒っぽい地毛から判断できるだろう。男の名はアソシエーテ。

 彼はアマクダリに所属するニンジャである。元はソウカイヤのニンジャであった。ネオサイタマ炎上事変の折、アマクダリに帰順した。彼はあまり強いニンジャではなく、またラオモト・カンへの忠誠心も他の者に比べると情熱的ではなかった為に、現在は下級ニンジャの身だ。

 彼は若い時期にニンジャになった為、外見も当時と然程変わってはいない。二十代前半といったところだ。実年齢は三十を少し超えている。ソウカイヤ時代からの古株ではあるが、パッとしない男であった。今、彼は、アマクダリ・セクトから下される雑用に身を費やしている。

 アソシエーテに下される任務は、セクト非所属のニンジャ存在の確認及び対処だ。何かしらの超常のウワサが流れれば急行し、そのウワサの真偽を確かめる。例えばオバケやフェアリー、そういったフィクションの産物のウワサ。しかし……全てはニンジャなのだ。

 超常のウワサを辿れば、そこにあるのはニンジャだ。そうでなければ狂人だ。あるいは両方だ……兎角、アソシエーテはそれらを確認し対処する。多くは殺害であるが、時折スカウトに値する者と巡り合う事もある。ただアソシエーテが見込んだ者は皆、彼を超えていってしまった。

(思えば俺も長生きしているものだ)彼はふとそう思った。運転手のクローンヤクザを見やる。(俺がニンジャになった時のクローンヤクザの型番は、Y11だったか。随分と高性能になっちまって……ただ何年経っても慣れねぇな。クローンってのは)

 アソシエーテは日々を生き残るのに必死だった。その間に世界はどんどん変わっていった。ニンジャスレイヤーの出現。戦い。ラオモト・カンの死。ザイバツの強襲。アマクダリ・セクトの創立。ニンジャスレイヤーの死……もっともこれは真実ではなかったが……。

 とにかく、様々な事が起こった。彼は自分だけが取り残されているような気持ちでいた。同じソウカイヤの友はニンジャスレイヤーと交戦し、散り。或いはザイバツの強襲に散り。イクサの中で死んでいった。アソシエーテは、そのどちらでもなかった。自責の念は彼を離さない。

(何故俺が生き延びているのだろう?偶々運が良かっただけだ。もっと他に生き延びるべき者がいたはずだ)「アソシエーテ=サン」(シックスゲイツなどがそうだ。それに、良きセンパイであったミュルミドン=サンやアーソン=サンも……)「アソシエーテ=サン」

 アソシエーテは自分を呼ぶ声に気付いた。「ア?」「到着しました」「アー……ご苦労」アソシエーテは労いの言葉をクローンヤクザに掛けた。反応はない。「やっぱり慣れねぇな……」彼の言葉は虚しき孤独と化した。アソシエーテは歩き出す。眼前に佇むは廃墟。

 寂れた廃墟の頂上部には、汚れきったコケシマートのロゴマーク。ここには、オバケが出るというモータル間のウワサがあった。通称、『コケシマートのオバケ』。「イディオット」ポツリと彼は呟く。このコケシマートは、かつてニンジャ同士の交戦があった。

 交戦はアマクダリのニンジャと、反アマクダリのニンジャによるものだった。軍配はアマクダリに上がった。当然、この事件は隠蔽された。世間では、大規模なヤクザ同士の抗争……ということになっている。ニンジャ存在の物的証拠は、迅速に抹消された。

 幾らか月日が経った今。この廃墟に最早存在理由はない、とセクトは判断を下した。アマクダリの手のかかった暗黒メガコーポの偽造建造物が近々建造される予定だ。そこにオバケのウワサ。恐らくはニンジャ案件であろう、というセクトの判断からアソシエーテが派遣されたのだ。

「楽な仕事だといいんだがなぁ」若きニンジャは、廃コケシマートへと足を踏み入れた。中は薄暗い。入るなり汚れネズミが彼を迎えた。アソシエーテは舌打ちをする。ネズミは逃げていった。(成る程、確かに。オバケが出るなんざ言われそうなアトモスフィアよ)

『ブーンブーンブブーン……』単調な低音が特徴のコケシマート店内BGMが微かな音を届けている。(……妙だな)アソシエーテは不振気な顔をした。彼はニンジャだ。故に、ニンジャ聴力を持つ。ニンジャ聴力は告げる。この音は遠ざかったり近付いたりしていることを。

(固定スピーカーからの出力じゃねえってこと……そんなら、誰かがレコーダーか何かを持ち歩いてやがるってか?……ネズミだったりしてな)アソシエーテは音の出所の方へと進んでいく。最初は歩いていたが、直ぐに走り出した。なんということはない。ただせっかちなだけだ。

 常人には色つきの風にしか見えぬであろう速度で、彼は走る。アソシエーテには常人の三倍の脚力が備わっているのだ。『ブーンブーンブブーンザリザリ……安い、安い、ザリザリコケシマー……ザリザリザリザリ安』ノイズ混じりの単調音が迫る。

『ブーンザリザリーンザリザリ安い、コケ、コケケケケケ安安ケケザリザリザリザリ貴方も』(ニンジャが出るか……ネズミが出るか!)彼は曲がり角を飛び出し、音の出所へ!……その時。音が消えた。アソシエーテは困惑した。そこには、何も無い。何も。

「……」アソシエーテは辺りを注意深く見渡した。何も無い。確かに音はここから聞こえていたはず。「……こりゃホントにオバケかもな」彼は笑い、来た道の方へと振り返った。「ア?」彼は気付く。天井に穿たれた大穴を。老朽化による大穴。何ら不自然では無い。だが……。

 どうにも嫌な予感がする。彼はカラテを構え、慎重に天井の大穴の直下へと歩みを進めた。見上げる。目が合った。「……ッ!?」『コケシコケシコケシコケシコケシコケシコケシ安い安い実際安安安安安安安ザリザリ』穴から大質量の人型がアソシエーテに飛びかかった。

 アソシエーテは自慢の三倍脚力を巨大な人型へと振るった。「イヤーッ!」『グワコケシ安いーッマートマー……ザリザリ……ブーンブーンブブーン……』巨大な人型は奇怪な音を立てながら吹き飛ぶ。だが直ぐに体勢を立て直し、着地した。『貴方もコケシマート……』

 奇怪なエントリー者の奇怪たる所以は、その電子ボイスもさることながら、外見によるところにあるだろう。 頭には、両目の部分に穴が開けられたコケシマート・バッグを被っている。首から下は全て余すことなく赤とベージュの模様が刻まれており、他の色彩は全く無い。

 そして、装束も含め全身に刻まれた赤とベージュの模様をよく見れば、それが無数に配置されたコケシマートのロゴマークであることが分かるはずである。 おお、この存在はコケシマートをその身に纏ったコケシマート戦士なのだ!なんたるカルト的コケシマート信仰か!コワイ!

「ワオ。こりゃ、正真正銘コケシマートのオバケだな」アソシエーテは笑う。「冗談キツイぜ」『貴方もコケシマート実際安い』コケシマート・オバケはジリジリとアソシエーテに迫る。奇怪な電子ボイスを発しながら。その時、「……ドーモ!」とアソシエーテは声をあげた。

 コケシマート・オバケはぴたりと静止した。アソシエーテはすかさずオジギの姿勢を取った。「……アソシエーテです」アイサツ。暫しの静寂。やがてコケシマート・オバケはのっそりとオジギの姿勢へ。『ドーモ、アソシエーテ=サン。ザリザリ……ターミガンでコケシブーンブ』

「ハッ!やっぱニンジャだったかよ。会話は……出来そうにねぇな。悪りぃが殺させてもらうぜ。この廃墟より一足先に潰す」『ザリザリ廃墟な?何を言っているイディオットめコケシコケシ安い安安この経営の光を見よブーンブーンブーンブブーンやさ安しみ……』

「狂人!イヤーッ!」アソシエーテの強烈な飛び蹴『コケシーッ!』「グワーッ!」ナムサン!ターミガンと名乗ったオバケの繰り出した強烈な大質量拳の一撃がアソシエーテを撃墜!『見たか。コケシマートの実際安いサイバネティクス!ブーンブーンブブーン……ザリザリ』

 サイバネティクスとターミガンは言った。だが彼の丸太めいた腕に注目していただきたい。コケシマートのロゴマークに埋め尽くされて判別しづらいが、そこには筋肉と血管の隆起が見られる。つまり、素肌だ。彼の腕には、いや全身には、一片のサイバネも施されていない。

 ターミガンは自らにコケシマートのサイバネ技術が施されていると思い込んでいる。そう、思い込んでいるだけだ。カルト的狂信が生み出した妄想だ!だが思い込みの力は凄まじい。それがニンジャのものであれば尚更だ。彼の力量以上の力が限界を超えて繰り出されたのだ。  

 その一撃を食らったアソシエーテは、無視出来ぬダメージを負った。彼は一瞬ソーマト・リコールを見た。真っ先に浮かんだのは懐かしき宿敵、ミリピード。未だ決着はついておらぬ。故にまだ死ぬべきではない!彼はソーマト・リコールを振り切った。「……イヤーッ!」

 忌まわしき女ニンジャへの記憶と共にソーマト・リコールを振り払ったアソシエーテは、三倍脚力を活かし跳躍。ターミガンの降り来た天井の大穴へ!『ザリザリ……』ターミガンは追わぬ。『コケシコケシ貴方もどの道直ぐにザリザリコケシマートへ』彼はのそのそと歩き出した。

「ケッ……チクショウが」アソシエーテは体を引きずるようにして、よたよたと歩いていた。ターミガンは追って来ていない。電車ボイスも聞こえてこない。ただ、微かな肉声は聞こえてきている。「……い……ケシ……」「……随分と悪趣味なこった」

 微かな肉声の方へと慎重に向かう。曲がり角。アソシエーテはそこを曲がった。そこには、コケシマート・バッグを被った人間がいた。「安い、安い、実際安い……」ナムサン。この者もコケシマートにカルト的信仰を?……否。ターミガン程の狂気は感じられない。

 首から下は、みすぼらしい服装だ。その声も震えている。「安い、安、アバッ、キミロ……コケシマート」「……」アソシエーテは側を通り過ぎようとした。「……あんたもコケシマー」「イヤーッ!」「アバーッ!」軽い回し蹴り。コケシマートマンは吹き飛んだ。

 コケシマート・バッグが飛び、素顔が露わになる。その顔は夢遊病患者めいて虚ろだ。アソシエーテは元コケシマートマンに近寄り、顔を軽くはたいた。「オイ」「グワッ……」「お前、名前は。何故ここにいるか。わかるか」「アー……コケシマート……待ってくれ。実際安い」

 アソシエーテは待った。やがて、元コケシマートマンが口を開いた。「アー……俺、俺、カナノ……安い、実際安……ファック!」「何故ここにいる」「盗みに入って……そしたらオバケに出会って……そっから……アイエエ……」「同行できるか」「え……」

 カナノが怯えた様子を見せた。何かを思い出しているようだ。アソシエーテは舌打ちし、睨みを利かせる。「アー、カナノ=サン?……スッゾコラー……エエ?俺は、ニンジャだ」「アイエ……?」「ズガタッキェー!」「アイエエ!?」カナノ失禁!NRSの典型的症状だ!

 アソシエーテは面倒そうにカナノの首根っこを掴むと、ネコめいて持ち上げた。「アイエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「ナンデ、じゃねぇんだよ、俺もわかんねぇよ。ただ、俺はニンジャなんだ」「アイエエ……キミロ……キミロォ……」「キミロ?」「弟だよォ……」

◆◆◆

「ここ、ここです……」カナノが指差したのは、老朽化した扉だ。「位置的に多分警備室です、ハイ……」「……オイ」アソシエーテはカナノの肩を叩いた。「アイエッ!」「もうちょっと気ぃ抜けや。こっちまで滅入っちまう。お前、臆病なタイプじゃねぇだろ、エエ……?」

(んなこと言ったって、あんたが脅してきたんだろ!)「アッハイ。気を抜きます」「そうだ、リラックスだ。そんで?ここにお前の弟がいるんだったな」「アッハイ」「イヤーッ!」Crash!!! アソシエーテは老朽化した扉を蹴り潰した。仄かな光が室内から漏れ出る。

 アソシエーテは室内に入る。「ア?」カナノはついてきていない。「何してる」「アイエエ……入りたくねぇよ」「弟が居るんじゃなかったのか」「居るけどコワイ……」カナノは震えている。アソシエーテは大きく息を吸い込み、叫んだ。「テメタマツイテッカコラー!!」

「アイエエエエ!!」アソシエーテはツカツカとカナノの側まで来ると、その首根っこを掴み、ネコめいて持ち上げた。そしてそのまま元警備室へ。そこには、あまりにも冒涜的な光景が広がっていた。「……とことん悪趣味だな」アソシエーテはウンザリ気に言う。

 おお、見よ。そこには、コケシマート・バッグを被った何十人もの人間が椅子に縛り付けられている。「安い安い安い安い……」彼等は掠れた声でコケシマートの店内BGMを……呪詛を呟いている。「……あ。キミロ……」カナノが消え入りそうな声で言った。

 アソシエーテはカナノをネコめいて掴み上げたまま、キミロと思わしき人物の側まで来た。「安い、コケシマート、アイエエ、アイエエ!アニジャ……実際安い……」「おい!おい、キミロ!」「安い……安い?」「俺だ、わかるか!?おい!」「コケシ……アニジャマート?」

 カナノは弱々しい手で、キミロと思わしき人物の被っているコケシマート・バッグを取った。そこには、店内BGM音漏れの激しいヘッドホンを付けられた気弱そうな男が。「……アニジャ?」「そうだ!アニジャだ!キミロ、おい!わかるか!」「……アニジャ!アニジャー!」

 再開を果たした兄弟は、号泣した。片やネコめいて掴み上げられ、片や椅子に縛り付けられて……奇妙な再開ではあったが。アソシエーテはその再開を見届けると、「オイ、キミロ=サン。今からお前の拘束を解く。大人しくしていろ」と言った。「え」「イヤーッ!」縄を切断!

「いいか。お前ら兄弟で、ここの連中を解放しておけ」アソシエーテは厳しく言う。カナノとキミロは黙って頷いた。キミロはアソシエーテがニンジャであるということを知らなかったが、只者ではないことはわかっていたし、臆病な男であるので、只々従った。

「俺はファッキンオバケ野郎と決着をつける。お前達は」アソシエーテは暫し考え込んだ。「……ここで起こったことは全部忘れろ。誰にも、何も言うなよ。でないと……」彼はヤクザらしい面相で二人を睨む。彼等はやはり黙って頷いた。それを見ると、アソシエーテは室外へ出た。

◆◆◆

『ブーンブーンブブーン……』ターミガンは再びカルト的コケシマート音声を鳴らし始めた。彼にとってそれは救いの音であった。『安い、安い、実際安い……』かつて彼は、善良なネオサイタマ市民であった。あの事件が起きるまでは。

 ターミガン……かつてはテネケ・イエズシというネオサイタマ市民であった男は、コケシマートの常連であった。幼い時分、家族に連れられた折から、独り立ちに至るまで、コケシマートは彼にとって生活を支える重大な施設であった。

 彼はコケシマートを好いていた。純粋に、好いていた。だから彼は、そこに就職をした。警備員。給料こそ少ないものの、彼はやりがいを覚えていた。何れはコケシマート正社員になろう、そう思いながら。だが、ブッダは寝ていた。

 ある日、その事件は起こった。突然、コケシマート内で争いが行われたのだ。世間ではヤクザの抗争と報道されたその事件。テネケは奇跡的に生き残った。ニンジャとニンジャの争い。目撃者も生存者も消されてしまったが、テネケは虫の息で……感知されなかった。

 死の淵にあったテネケの元に、『声』が訪れた。それは朧げであったが、確かな力をテネケに与えた。テネケは悦んで受け取った。彼は目覚めた。彼の目には、全盛期のコケシマートが写っていた。狂気の生み出す、救いのビジョンだった。

 テネケはターミガンとなった。彼は当初、自らの夢の居所であったコケシマートを破壊したニンジャへの憎しみを行動源にしていた。だが狂気の幻想は、全盛期のコケシマートの映像は、彼の憎しみを消した。「ああ、なんと素晴らしき経営の光だろう」彼は使命感を覚えた。

『ザリザリザリ……この素晴らしい温もりをみなにコケシマート安い安い安い実際い、い、いブーンブーンブブーン』ターミガンの目には、確かに光が灯っている。経営の光が。ターミガンは歩く。彼は警備員だったのだから、警備をしている、それだけにすぎない。

 警備を続ける彼の前に、不審人物が現れた。染め残しの目立つ金髪オールバック、紫一色のヤクザスーツ。簡易な金属製メンポ。『ザリザリ……アソシエーテ=サン、だったか。ブーンブーンブブーン、コケシマートは貴方も受け入れる』「……いつまで夢見てんだお前」

『夢な?はっ!貴方には見えないのか、この経営の光が、温もりが!』ターミガンはシャッターの閉まった店を指差した。蜘蛛の巣が幾重にも張られ、人の手入れを感じぬ場所を。「ああ見えないね。俺は正気だからな、都合の良い妄想に依存してやがるお前と違って!イヤーッ!」

 アソシエーテはスリケンを投擲した。『コケシーッ!』ターミガンは弾き返す。その間にアソシエーテは前進!「イヤーッ!」再びスリケン投擲!『コケシーッ!』ターミガンは弾き返す。その間にアソシエーテは前進!「イヤーッ!」再びスリケン投擲!

 ターミガンはスリケンを弾き返す。そしてアソシエーテを睨む。居ない。『上か!ブーンブーンブブーンコケシーッ!』ターミガンはスリケンを生成、投擲!アソシエーテは空中で身体を捻り回避!「生成できんのかよ!こっちは弾切れ気にしなきゃいけねぇってのに!イヤーッ!」

 アソシエーテは常人の三倍の脚力を活かし、降下蹴り!ターミガンはこれを真っ向から受け止めようと、カルト的両腕をクロス字に組んだ。アソシエーテはそれを踏みつけ、勢いよく跳躍。ターミガンの背後へ。『ヌゥーッ!?』ターミガンはそちらを向こうとした。

 既にアソシエーテがワンインチ距離まで迫っている。「イヤーッ!」彼は跳び、ターミガンの頭部を覆うコケシマート・バッグを掴んだ。『グワーッ!何を安い安いるーっブーンブーンブブーンザリザリ!ザリザリザリザリ!』激しい電子ノイズ。それは断末魔に似ていた。

 アソシエーテはコケシマート・バッグを思い切り引き剥がした。顔の至る所をコケシマートロゴに染めた男の顔が露わになった。『ア……アア、アア』ターミガンは膝をつき、声を漏らす。『光は……経営の光は何処に。コケシマートは?』「とうの昔に終わったんだよ」

 アソシエーテはターミガンの額にスリケンを押し当て言う。「目覚めはどうだ」『こんな。こんな、とは』ターミガンは抑揚の無い声で言葉を垂れ流す。彼の幻想の光は潰えていた。彼は、また、奪われた。ニンジャによって。奪われた。だが怒りや憎悪は湧き出さなかった。

 怒りや憎悪よりも、喪失感が勝ったのだ。『おお、おお』ターミガンは今日この日まで、大した栄養を摂取していなかった。ネズミや蜘蛛をコケシマート食品と思い込みながら食していただけだ。狂気と幻想に支えられていた彼の身体は、いまこの瞬間、限界を迎えた。

「ハイク。詠めるか?」アソシエーテは問う。ターミガンは弱々しく答えた。『詠めぬ。詠まぬ。何のために遺すのだ。私の愛したコケシマートは、もう、無いのだから……』「……そうかい」アソシエーテは腕を振りかぶり、スリケンをターミガンの額へ投擲した。

◆◆◆

「お前ら」「「ハイ」」「兄弟の再会に感動できるんなら、真っ当な道進め。下手に闇に突っ込んだらどうなるか、よくわかったろう」「「ハイ」」ミキトゥナ兄弟は萎縮しながら答える。「ミヤモトなんたらもなんか言ってたろ、井戸がどうこうの……あれだよ」「「ハイ」」

 ミキトゥナ兄弟の肩をポンと叩くと、アソシエーテはヤクザモービルに向かって歩き出した。途中、歩みを止め、兄弟へ振り返る。「いいか、今日のことは忘れろ。俺はただのヤクザで、オバケはただの狂人だ。いいな?」「「アッハイ忘れます」」アソシエーテは再び歩き出した。

 アソシエーテはヤクザモービルに乗り込み、待機していたクローンヤクザ運転手に「出せ」と短く言った。「ヨロコンデー」クローンヤクザは無機質に答え、ヤクザモービルを発進させた。アソシエーテは物思いに耽る。ターミガンの最期が、ニューロンに焼きついている。

(俺が仮に殺されるとして、ハイクを詠めるだろうか)アソシエーテの脳裏に浮かぶは、ハイクを詠まなかったターミガンの姿。そして、宿敵ミリピード。(……彼奴を倒すまでは死ねないな。ハイクは……まだ先だ。いまから考えることもねぇか)彼は目を閉じ、眠りについた。


【オバケ・オブ・コケシ・ザット・マスト・ダイ】


◇回顧録◇

このエピソードが書かれた2015年当時のニンジャスレイヤーを知るニンジャヘッズならば、本作に登場する恐るべきコケシマート・オバケの元ネタが何か理解できるだろう、懐かしく思うだろう。エビテンの忍殺関連商品ページ『コケシマート』……残念ながらそのページは現在暗黒に消えてしまっているが……そこに登場したティピカル・ニンジャヘッズとコケシマートマン、狂気的な。生放送待機時間、永遠と流れるマーケティング映像……ああいった狂気に触発されてこのエピソードは執筆された。
『コケシマートのオバケ』というパワーあるワードを思いついたので、それを柱にホラー系作品のアトモスフィアを組見上げていった。原作エピソード【キルゾーン・スモトリ】を意識した場面もあるほか、ターミガンのニンジャソウル憑依のシチュエーションはフジキドのそれをオマージュしている。
リタリエイションもそうだったが、フジキド/ニンジャスレイヤーという存在の特別さを立てるために、彼と似た境遇のニンジャ復讐者であったが……というテーマをオリ忍に背負わせることが多かった。ターミガンの場合は、郷愁に縋りついて復讐心から、現実から目を背けたニンジャであった。
今回、アーカイブ掲載にあたって当時の文をコピーしていくなかで、誤字がめちゃくちゃ気になったが、本家三部作アーカイブと同じく拙作も誤字修正はしない方向であるので、それらはそのままにしてある。歯痒い思いで『電子ボイス』や『再開』などを記載することとなった……。

◇アソシエーテ◇

弊テキストカラテの看板ニンジャの一人、元ソウカイニンジャにしてアマクダリ・セクトの下級ニンジャ、アソシエーテの初登場エピソードが本作である。もう一人の看板ニンジャは少女ニンジャ、ミリピード。本作の時系列は第三部であるが……主に彼らのエピソードは第一部時系列で描かれていくことになる。本家とおなじく、時系列シャッフルでの連載というかたち。このエピソード及び創作ニンジャ名鑑で先にミリピードの名前とアソシエーテの宿敵であるという設定だけ開示し、彼女が実際に登場するエピソードはもう少し先に投稿した。ミリピードのエピソードもいずれアーカイブ掲載される予定だ。

以降のエピソードのアソシエーテの描写と比べると、違和感のある場面がある。ヤクザモービルをクローンヤクザに運転させるシーンだ。本作の時点ではまだ設定が固まっていなかったのだなぁ……。絶対自分で運転するよ。

彼はニンジャらしからぬ小市民的感性のニンジャで、それをあらわすために書いたのがクローンヤクザとの絡み。彼が名を挙げていたソウカイニンジャ、アーソンを真似てか、運転手をアゴで使うがどこか締まらない……そんな感じで、彼の素朴さみたいなものを出したかった。そういうシーンなのだが。その後、このヤクザモービルとアソシエーテの設定が練り上がっていくにつれ、この辺の描写の違和感がすごいことになってしまった。見切り発車の弊害である。

……まぁそれは置いておくにして。アソシエーテは小市民的存在で、ニンジャらしからぬニンジャで、リアリスト。そういうキャラクター性はこの時点で出来上がっている感じがある。そんな彼であるから、無闇矢鱈とモータルの殺生はしない。だが敵は殺す。そういう男だ。

看板ニンジャ、アソシエーテとミリピードというオリ忍を作ったキッカケは、当時のニンジャ二次創作界隈にある。世はまさに大テキストカラテ時代、あちらこちらでテキストカラテのエテルが放たれていた時代だ。私もそのエテルに加わっていたひとりだ。

原作キャラクターを中心に創作活動をする方もいれば、原作世界観に生きるオリジナルキャラクターを中心に創作活動をする方もいた。私は前者に属していたが……後者の活動にも興味が湧いていた。すなわち、他テキストカラテ者たちの看板存在的オリジナルキャラクターという概念に。

例えば、ユラウさんのテキストカラテに登場するグラスキャット=サン(サツバツのネオサイタマをゆるーくカワイイに生きるネコチャンめいた女ニンジャ。「ネコチャンじゃないってば!」)。

例えば、しかなさんのテキストカラテに登場するディスコテーク=サン(全身をネコネコカワイイのパーツに置換した重サイバネニンジャ、精神性は男性。油断ならぬソニックカラテ使い)。

彼らのような、テキストカラテに縦軸を設けて連続性を持たせる看板キャラクターを自分のテキストカラテにも登場させたい、そんな思いから練り練りされたのがアソシエーテとミリピードだ。私は成人男性とティーンエイジャー女子の組み合わせが大好きなので、そういう感じとなった。縦軸の意識のために、何度も登場させられるように、腐る縁めいた宿敵同士のキャラクターとして彼らは生み出された。

結果、彼らはかなり人気のキャラクターとなった。とても嬉しかった。二人の登場エピソードは実況も盛り上がっていたし、ウキヨエもよくいただいた。今でも私はアソシエーテとミリピードを好きなままでいる。原作に登場しないオリキャラを愛するというのは、メアリー・スー的なアレな感じに思われるかもしれないが……そういうアレの感覚でもないはずで……なんだか説明が難しい。兎角、ニンジャスレイヤーの登場キャラクターが、世界観が大好き。それが大前提にある、ということだけは明確。

今後掲載される予定の、二人のアーカイブをお楽しみに。

以上、回顧録でした。

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