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客室のテーマ考 そのー2

お茶室に入ると、まず最初に床の間の軸を拝見する。軸にかかれている文言は、亭主がどのような考え方で客をもてなそうとしているかのコンセプトが表されている。そのテーマに沿って茶道具などもそろえられていると思うが、旅館の部屋のディスプレーも茶室の様な考え方をしたら良いのではないかと考えた。

昔、昔・・・の事じゃった。

御所坊を現在の形にする時のテーマは「谷崎が御所坊に来た時代」つまり現在の御所坊の建物が建てられた昭和初期の時代をテーマとした。

しかし御所坊全体の雰囲気は無方庵 綿貫宏介好みに統一したいと考えていた。そこで一部屋に谷崎関連のものを集める事にした。

部屋への入り口は格子戸があり、前室となっている。そこの部分に部屋を利用する人以外にさりげなく見えるようにした。そうして吉川英治や伊藤博文等の所縁の品も各部屋に配置した。

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考えてみたら、それで終わっていたので、今回3室を改修するにあたり、寝具をベットにした為に押入れのスペースが空き、他に転用するにしてもスペースが生まれたので、ディスプレーのスペースを確保した。

さあどうしようか?

雲山御坊 中庸の客室

御所坊にはテーマソングの漢詩がある。御所坊の建物は3つの部分に分かれていて、漢詩に登場する“雲山”“翠巒”“聴水”の言葉を取って、雲山御坊と言うように建物を分けている。

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また客室のグレードとして、地久(スタンダード)中庸(スーペリア)天楽(デラックス)と呼んでいる。

話は少しずれるが、地久の客室6室を使用して2室の特別室(スイートルーム)をつくろうと考えている。その場合、天楽の上だから心楽と名付けようと考えている。

今回は中庸の3室の話。善福寺の糸桜の見える部屋は、その桜の花をうたった与謝野晶子は一つ。時代から九鬼隆一はアリだと思う。白洲次郎は外しても良いかな? ちょっと悩んでいる。

あと2室だが、1室はディスプレーのスペースが広い。

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下の方の部屋の方がディスプレイ部分が少ない。面積はどちらも同じぐらいなのだが不思議だ。

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スペースが広いという事は、飾る部分が多いという事で飾るモノをたくさん用意しなければならない。

何となく思い浮かんだのが「船・・・かな? 」と考えている。

清盛の大和田の泊りから神戸港へ、有馬も神戸港とは色々な関係が深い。だから六甲山の向こう側の神戸港はありかなと考えている。船から外国人宣教師など話を広げることが出来る。九鬼家や小寺家とも関係が出来る。

御所坊の歴史の1ページ

御所坊の歴史の1つに、日本で最初にバス会社を設立し、有馬三田間を運行した事がある。

有馬自動車運賃

有馬自働車株式会社で自動車は“動く”ではなく“働く”という字を書いていた。自動的に働く車かというとそうではなく、しょっちゅう故障していたそうだ。それでわずか1年で会社を潰した経緯がある。明治後半の話。

だから車というと白洲次郎につながるし・・・かといって大きなテーマにはなりそうにもない。悩むところだ。

これもヌックなのかな?

古民家を再生して宿泊施設にしているところが最近増えて来た。最新のそのような宿に行って見た事が無いので違っているかもしれないが、民家の部屋から日常的なモノを排除してすっきりした部屋にした場合、殺風景だなと感じる。旅館の部屋も基本的には日常的なモノを排除してあるが、何となく落ち着く。


それは無用の用ともいえる床の間などがあるからだと言える。民家にはそこが無いのだ。だから民家の部屋を客室に変える時は、少し手を加えるべきだと思う。

床の間がヌックならば、ディスプレーを飾っている場所などもヌックと言えるのではないかと思う。

そんな事を考えていると、昔よく行っていたペンションを思い出した。ペンションのインテリアやディスプレーはオーナーの趣味や趣向が大きく反映されていた。そしてそれが好きならばリピートするし、嫌なら行かない。

改修中の部屋を毎日、どうやって活かそうか?と考えるのは楽しみだ。

でも出来上がったら、いかにお客さまに喜んでもらい、借金を返すのかを考え続けて行かなければならない(笑)

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