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Off Flavor入門〜⑦化学反応の基礎

前回からの続き
前回までは2回にわたって有機化合物の概念と代表的な官能基をざっと見てきました。今回からは反応についてです。
有機化学的な狭義の化学反応とともに、発エルゴン反応と吸エルゴン反応、平衡、異化と同化といった有機化学と生化学にまたがる様々な内容を数回に分けてざっくり整理していきたいと思います。壮大ですね。書ききれるかな。まず今回は「化学反応とはなにか」から。


化学反応とは

化学反応のイメージ

行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたかは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

鴨長明『方丈記』

方丈記は無常観や儚さが底流にある文学作品です。無常とは物事が流転し永遠ではないということであり、すべてのものが無常であるとする見方は諸行無常と言われます。私は自然界に起こる化学反応にも儚さとか無常観を感じます。「出来立ての時はあんなに美味しかったビールが、劣化してしまった!」というのも無常ですよね。
この無常観を形成しているのは電子の性質です。電子は安定を求めるとともに広い範囲に広がりたい(非局在化したい)と思っていて、それがエネルギーや極性、軌道の相互作用を通じて化学反応に結びつくのです。

化学反応の定義

化学反応とは、物質が化学的変化によって他の物質に変わることです。狭義には物質を構成する原子間で組み替えが起こることを指します。つまりある分子の構造が組み変わって他の分子に変わることです。水が氷になったり水蒸気になる変化は状態変化といって化学反応とは区別します。また金属などが変形する変化も反応ではありません。

アプローチについて

化学反応をまともにやろうとすると有機化学の教科書1冊分になってしまうのでとても私の手には負えません。このシリーズは「一般教養を繋げ合わせる」がテーマなので、有機化学のエッセンスをざっくり乱暴に抽出します。なのでSN2/SN1、E2/E1も出てこないし、マルコフニコフ則もグリニャール試薬も出てきません。
現実のビールと学問としての有機化学の間には専門性の違いがあります。有機化学では反応を促進するためにハロゲンを使ったり、特定の分子を分離して反応させたりするのですが、そういう操作は現実のビールとはかけ離れた想定ですよね。

化学反応の種類

ラジカル反応と極性反応

化学反応の種類には分類方法がいくつかあります。まず、反応機構に着目して分類すると、ラジカル反応と極性反応に分類できます。

ラジカル反応と極性反応

ラジカル反応では開裂も結合形成も電子が1つずつ移動します。したがって開裂後や結合形成前の分子は不対電子を持つことになります。この状態をラジカル状態といいます。電子の性質上対になっていない状態は不安定なので、ラジカル状態にある分子は非常に反応性が高いです。そしてラジカル反応は連鎖的な反応になる傾向があります。ちなみにラジカルを作る開裂はホモリシスといいます。
一方、電子対ごと移動する反応は極性反応といいます。極性反応のようにイオンを作る開裂はヘテロリシスといいます。化学反応の大部分は極性反応と言われています。極性反応が一般的で、ラジカル反応は例外的と考えて良いでしょう。
このシリーズでは反応を扱う場合は特に断りがなければ極性反応のことを指しています。ラジカルを扱う場合は注釈します。

置換・付加・脱離・転位


置換・付加・脱離・転位

さて、反応の種類という意味では教科書的には、置換(置き換わる)、付加(くっつく)、脱離(離れる)、転移(分子の中で位置が変わる)の4つに分類されます。実際には化学反応は4種類が複合的に組み合わさっているものが多いので、この4つに分類したところで「だから何だ」という感が強いです。なのでこの4分類は「そういう分類の仕方もあるんだ」程度の理解でいいかと思います。
実際によくある反応の例として脱水縮合と加水分解を見てみましょう。

脱水縮合と加水分解

カルボン酸とアルコールが反応してエステルができるエステル化反応はビールではよく見られますが、これは脱離反応と付加反応の合せ技です。付加反応と脱離反応が連続して起こることを付加脱離反応または縮合といい、このうち水が脱離することを脱水といいます。脱水縮合の逆向きの反応は加水分解です。

求核剤と求電子剤

電子を渡せる化学種のことを求核剤といい、電子を受け取る化学種のことを求電子剤といいます。求核試薬と求電子試薬という言い方もあります。大部分の化学反応は求核剤が求電子剤に電子対を渡すことで起こっています。

求核剤と求電子剤

電子を渡すためには渡すことができる動きやすい電子を持っている必要があり、電子を受け取るためには空の軌道を持っている必要があります。乱暴に例えると、仕事を発注するためには払えるお金が必要、仕事を受注するためには空いてるリソースが必要という感じでしょうか。お金を持っている事業者がリソースが空いてる事業者に注文すると案件が成立します。同様に、電子が空の軌道に入ると反応が成立します。このとき、空軌道が反結合性軌道だと開裂となることが多く、結合性軌道だと結合形成となります。反結合性軌道というのは「③電子の性質と原子軌道」で説明した分子軌道論におけるσ*(シグマスター)軌道やπ*(パイスター)軌道です。

ルイスの定義の酸・塩基との関係

ちなみに求核剤・求電子剤は、ルイスの定義におけるルイス塩基とルイス酸とほぼ同義として認識されることが多いです。ブレンステッド・ローリーやルイスの定義については以前の別シリーズの投稿で触れましたのでご参考までに。
電子を渡すものはルイス塩基=求核剤、電子を受け取るものはルイス酸=求電子剤です。これらの関係性は厳密には違いがあるようですが、ちょっと私も理解があやふやなのでいつか余裕ができたら解説したいと思います。

次回へと続く

今回は化学反応について全体像を非常にざっくり説明しました。本来は官能基ごとに一つ一つの反応を見ていく学問ではありますが、オフフレーバーを理解するためにいろいろな分野をざっくり繋げて全体を見ることを意識して、こういう構成にしました。
次回は求核剤と求電子剤をもう少し掘り下げて、動きやすい電子とはなにか、空の軌道とはなにかについてお話したいと思います。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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