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ASKAの新曲「じゃんがじゃんがりん」と、SF映画『インターステラー』に共通するもの。

新型コロナの影響で、娘の幼稚園が突如休園になった。
卒園を控える中、残り1日1日を大事に過ごそうと思っている最中のことで、とてもとても、悔しい。

2020年の現在。
7年前、東京でのオリンピック開催が決まった時に想像していた景色と、それはだいぶ違う。

生まれたばかりの娘を抱きながら、私はこんな未来に思いを馳せていた。
すくすくと育ち、天真爛漫でいながらちょっぴり大人びた7歳の娘と、まっすぐな期待で胸を膨らませ、お祭り騒ぎを見にいく…
そんな教科書めいた一点の曇りもない未来を思い描いていたあの頃、私は何を見ていたのだろう。

行く先のない明日。

ちょっと先の日々も不透明な中、幼児から子どもへときっぱり線を引き祝う機会が失われた私たち親、娘、そして周囲の多くの人たちは、まるで失恋のように失われた日々に引きずられ、それでもなんとか毎日を送っている。
そんな2020年が、どうしようもない今の現実だ。

先日、ASKAのニューアルバム『Breath of Bless』がデジタル先行配信された(CD発売は3月20日)。
その中に、「じゃんがじゃんがりん」という謎のタイトルの付いた曲がある
アンガールズのネタのように愉快な響きだが、その内容を開いてみればちっとも愉快ではない。

暑い 暑い 街がカンと暑い
うだる うだる 溶ける首都がうだる
天気予報は大騒ぎで
救急車が駆け回る

冷える 冷える 街がキンと冷える
止まる 止まる 氷る首都が止まる
朝のラッシュは大騒ぎで
電車の回復を待つ

外が歩けない

どこへ行くのか
じゃんがじゃんがりん
僕らにはわからない
どんな思いで
じゃんがじゃんがりん
未来に向かえばいいのか
いいのか


痛い 痛い 人がツンと痛い
危ない 危ない すぐ隣が危ない
ニュース番組は大騒ぎで
残忍な話をしてる

知らない人が怖い

この唇を
じゃんがじゃんがりん
君に押しつづけたい
すべてのことを
じゃんがじゃんがりん
どう受け止めればいいのか
いいのか

Our future is uneasy

どこへ行くのか
じゃんがじゃんがりん
僕らにはわからない
どんな思いで
じゃんがじゃんがりん
未来に向かえばいいのか
いいのか

誓う 誓う 無くさないと誓う
誓う 誓う 無くさないと誓う
君を


この曲は、まるで風刺画のようにくっきりと、現在を切り取っている。
何度も繰り返される「じゃんがじゃんがりん」という、呪文のようなスキャット的フレーズ。
とぼけて意表をつくその語感は、軽やかなカタカナでなく、敢えて平仮名の重たさを身にまとわせている
それはまるで、どんなに文明の先端で軽やかさを身につけたと錯覚している私達でも、身体に仕組まれた重力と、限りある命という時限爆弾からは逃れられないことへの暗喩でもあるかのようだ。


2014年のSF映画に『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督)という作品がある。
冒頭、食糧難に揺れる地上のシーンから始まるこの映画は、私がそれまで観てきたSF映画の中でもっとも「リアリティ」をもって胸に迫る作品であった。

空気中を漂う埃の一本一本や、宇宙を遊泳する宇宙船の”金属感”までをも生々しくカメラにとらえてみせる、撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの手腕もあるだろう。
しかしまずはその内容からして、物理学の最先端理論をベースに製作陣が練りに練って作り上げたという事実がある。(製作総指揮にクレジットされているキップ・ソーン博士は2017年にノーベル物理学賞受賞)

信じられないようなことが、調べてみるとほとんど実際に手の届くことなのだ。

特に、この映画で最終的に登場する「5次元」という概念を表現した映像は、時空を自由に歪められるという、普通の日常を生きる私たちの頭をパンクさせるような、ぶっ飛んだ理論の可視化であった。
だがこの「5次元」すら、理論物理学上で実際に議論されているものだというのだから驚きだ。


ちょっと前では信じられなかったような未来。
そんなものがリアリティを持って描かれている。
『インターステラー』の何が映画史に名を残すのかといえば、それは今まで「夢やロマンや怖れ」をベースに荒唐無稽に描かれてきた数々のSF作品達を踏み越え、ようやく「リアル」という手触りを手に入れ、万人が共感できるように表現されているところだろう、と私は思う。

ASKAの新作「じゃんがじゃんがりん」も、まさにそういった意味で『インターステラー』的である、と評したら言い過ぎだろうか。

この曲の歌詞は非常に簡潔でわかりやすいが、それはASKAという作家がその数十年に及ぶ作家生活のうち、「夢とロマンと少しの不安」というスパイスを効かせながら描いてきた過去の作品達を踏み越えて、2020年に出現させた最先端の表現としての「リアル」、なのである。


ASKAという作家のブレのなさは、過去の作品を味わってみるとよくわかる。
この地球を回している大きな存在、つまり「神」とも言えるようなもの、この世の運命を司る存在にどうアプローチするのか、ということを常に意識しているのだ。

1989年に発表された、当時社会現象を巻き起こしていたトップアイドル・光GENJIへの提供曲「いつか きっと…」の歌詞を見てみよう。

Woo-Ah-Woo-Ah 地球を転がす人は誰?
季節の時計を 巻くのは誰?
Woo-Ah-Woo-Ah 呼吸をそろえたなら
まつ毛の先から 何が見えた?

言葉で伝え合うだけじゃなく
心で感じたいよ
生命を愛し合えたらいいね
いつか みんながきっと

僕の中で一番やさしい
夢を君の瞳にあげよう
テーブルのイチゴジャムほどの
甘さを乗せて

君の中で一番かなしい
歌を今日は聞かせて欲しいな
涙から生まれた景色の
隣を歩くよ


Woo-Ah-Woo-Ah 宇宙は僕達の胸にある
愛する気持ちは 未来くらい

時代のカプセルの中 君は
愛を守りきれずに
涙の卵をかかえながら
夢見る術もなくて

僕の中で一番やさしい
夢を君の瞳にあげよう
テーブルのイチゴジャムほどの
甘さを乗せて

行く先のない明日だなんて
あたり前のお話じゃないか
もう一日眠ってみよう
扉ができるまで


僕の中で一番やさしい
夢を君の瞳にあげよう
テーブルのイチゴジャムほどの
甘さを乗せて

行く先のない明日だなんて
あたり前のお話じゃないか
もう一日眠ってみよう
扉ができるまで
扉ができるまで…


この曲を、発売されてから31年越しの今になって聴くと、

行く先のない明日だなんて
あたり前のお話じゃないか

というフレーズがズキンと胸を射る。

平成元年、まだ夢とロマンとほんの少しの不安をもって未来を語ることのできた時代だ
この、少年たちの声で歌われるバラードは、未来への不安を穏やかに寝付かせる子守唄のような響きを持っている。
2020年の今、切実に歌われる「じゃんがじゃんがりん」というリアルを目の前にすると、30年以上もの間私たちは、愛を願い、信じ、守ることができなかったのか、と虚しさに襲われそうになる。

未来を救う行動とは、何なのか。

地球に重力のように縛られる私たちにできることは、やはりこの歌で表現されているように、何気ない日々の中で、すぐ隣の人に優しさや愛をかけていくことでしかない

僕の中で一番やさしい
夢を君の瞳にあげよう
テーブルのイチゴジャムほどの
甘さを乗せて

君の中で一番かなしい
歌を今日は聞かせて欲しいな
涙から生まれた景色の
隣を歩くよ

このサビに歌われるように、そうやって慎ましやかな日常を、愛をかけながら支え合って生きていくことしか私たちにはできないのかもしれない。
「いつか きっと…」を聴きながら生まれるこんな想いは、もしかしたら悲しい響きに聞こえてしまうだろう。

けれど、再び件の映画『インターステラー』に話を戻せば、運命を司る存在にアプローチできるのは、そんな人間の持つ一見微弱な「愛」の力だというメッセージが込められているのだから、これまた面白いのだ。


人類の未来を軌道修正すべく宇宙に放り出され、「合理的」な科学者と争いながら宇宙船のハンドルを握る元エンジニアの熱血漢クーパーは、映画における最後の最後、「5次元」という未知の領域へ入り込んでしまう。
この「5次元」の状態では全く異なった時間と空間(=4次元)にアプローチすることができるのだが、そのためには「誰に」「何のため」という強い意志が必要だ。

クーパーの中には、「愛する娘の未来を救いたい」という強い意志があった。
それによって遠く離れた地球の、そのまた小さな娘の部屋へと、時空を超えてポルターガイスト的なアクションを起こし、娘へ父親の愛を届ける、という感動的なシーンにつながっていったのだ。


愛が意志を生み、小さくとも強い種を蒔く。

そんな真っ当なメッセージを作品に込められたのは、幼い頃から家族映画ばかりを観て育ってきた、というノーラン監督の作家性があるのだろう。
現実があまりにも暗く、先行き不透明で不安に侵されているからこそ、愛をどっしりと中心に据え、大事なものを多くの人と共有しているはず、という安心感で作品を包んだのだろう



愛は、未来の航路を変えることができる。

愛を投げましょう
夜を止めましょう
未来の鍵は 神様
あなたのエスコート

同じく光GENJIに提供した楽曲「PLEASE」(1990年)の一節だが、その後ASKAは時を経て何度もこの歌を自身で歌い直し、その時代に沿うメッセージとしている。

どうか、近い未来に。
今のASKAが「じゃんがじゃんがりん」へのアンサーソングを書いてくれるよう…
この世知辛い現実を目の前にして、思わずそんな風に願ってしまうのだ。

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