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チャゲアスの新譜、ファン達が作ったんだってよ。

”桐島”風のタイトルを付けてみたが、タイトル通りの大ニュースである。
より補足すれば、「チャゲアスがいざこざして新譜の出る見通しが全くないから、ファン達が勝手に作っちゃったんだってよ。」である。


チャゲアスを知らない人が、若い層に結構いるのだという。
まったく知らないというよりも、名前は知ってるけど深くは知らない、ということなのかな。
それは私が、吉田拓郎の名前を聞いてパッと顔が思い浮かばないのと同じことだろう。

自分が生まれる前や幼い頃にヒットしたアーティストのことなど、よっぽどその人がテレビに出続けるか、自分が古い音楽に興味を持つか、今好きなアーティストに影響を与えた人でもなければ、ずっと注目を集めることは難しいのかもしれない。

最近ではサブスクリプションに参加するビッグアーティストも増え、過去への風通しも良くなってきている。
けれど、残念ながらチャゲアスはこの流れに不参加だ。
それについて個人的に異論はないが、ファン以外のもっと新しい音楽に出会ってみたい人、それも時流に乗ったものでなく、普遍的に良い音楽はどこかにないか…そんな風に思っている人にぴったりなのがチャゲアスの音楽なのだから、そこに届かないのは勿体無い、とは思う。


さてさて、この春。
私の住む街も、当然のように緊急事態宣言が発令された。

どうせ小さな子供と一緒の生活、平時だって行動範囲は犬の散歩で歩けるくらいの距離であり、買い物も食料品や日用品ばかりだ。
だから外出自粛を求められようと案外不自由を感じることもないが、何よりも困ったことが一つだけある。
気分が、変えられないのだ。

気分を変えたい時に変えられないのは、思った以上になかなかしんどい。
だから私はこの春、ますます音楽を聴くようになっている。
音楽は外に出なくても、一瞬で心の中の風を入れ替えてくれる窓のようなものだ。
春の陽気に誘われて、思わずサブスク内で「春の曲」なんて検索してしまうが、出てくるのは「桜ソング」か「卒業ソング」ばかりで、イベント自粛の今年の春にはなんだかしっくりこない。


さてそんなところに、朗報が届いた。
CHAGE and ASKAの、春に似合うバラードばかりを集めたコンピレーションアルバムが、新たに出来上がったというのだ!

冒頭の事情によって自然発生的に生まれたこのアルバムは、題して『Best of STORY OF BALLAD』という。

チャゲアスには’90年に『STORY OF BALLAD』、’04年に『STORY OF BALLAD Ⅱ』というバラードアルバムの名盤が存在するが、これに続く位置付けとして、とあるファンの方が考えてくださった企画だ。

CD現物を作るわけではないので、プレイリストを共有するだけなのだが、そのプレイリストの作り方がすごい。
<1979年から2007年までに発表されたCHAGE and ASKA名義の、シングルA面化されていないバラード曲>という縛りで、一人につき3曲を選んでもらうようTwitter上で呼びかけたのである。

さて、集まった集まった。
最強のバラード、しかもアルバム曲からベスト3を選ぶなんて、ファンとしては悩みすぎちゃってヨダレが出そうなほど楽しい遊びである。
多数の票が集まり、そしてその結果が本日開票されたのだ。

ここに、そのプレイリストを載せられることの光栄たるや。
全てバラード曲で構成されているから、初めてチャゲアスを聴く人や、チャゲアスに限らず上質なJ-POPを探している人の入り口としても最適だろう

音源を持っている方は、ぜひご自身のプレイヤー内にリスト化を。
持ってない方は、Youtubeに上がっているものだけでプレイリスト化してみたので、こちらから聴いてみて下さい。

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『Best of STORY OF BALLAD』
1. 水の部屋
2. 天気予報の恋人
3. 好きになる
4. 201号
5. Reason
6. ミステリー
7. どのくらい”I love you”
8. From coast to coast
9. two of us
10. 今日は…こんなに元気です
11. not at all
12. tomorrow
13. NO PAIN NO GAIN
14. 鏡が映したふたりでも


世の中に広く知られている「SAY YES」「YAH YAH YAH」などが外向きのバッチリメイク顔ならば、『Best of STORY OF BALLAD』に寄せられた曲たちは、部屋の中にいるすっぴん顔である。
そして彼らのそのすっぴん顔は、なかなかどうして美人なのだ。

さて、今回は初めて深くチャゲアスを聴いてみようとする方に向けて、そのすっぴん顔こそが彼らの魅力、といえる理由をまとめてみることにした。
ぜひプレイリストと併せて、お楽しみ頂けたらと思う。


***

《魅力その①》美メロ

これは、特にASKAを評してよく言われることだが、彼の音楽は他人がそうそう真似できない美しいメロディーラインを持っている、と言われている。
特に今回のプレイリストの中でも「天気予報の恋人」「tomorrow」などは、チャゲアスがひたすら「良い音楽でヒットを出したい」と努力研鑽を重ねてきた80年代のノウハウが、ギュギュッと凝縮されたと思えるほど素晴らしい出来栄えなのだ。

キリンジを彷彿とさせる緻密さ”などといわれる「天気予報の恋人」(キリンジの方が後出なのだからこの評は逆なのかもしれないが)、プロデューサーに”エラ・フィッツジェラルドを感じさせる”と驚嘆された「tomorrow」は、一度は必ず聴いておきたい名曲。
しかも芸術性をことさら前面に押し出さず、最終的には聴きやすい”ポップス”に仕上げているところが、彼らが多くの人に長く愛される理由なのだろう。

美しいものをそのまま素直に喜べる…これぞ春の気分というやつだ。
聴くだけでいつのまにかちょっと優しくなってしまう陶酔感を、ぜひ味わってみてほしい。


***

《魅力その②》美声

そう、言わずと知れたことだが、彼らは声が良いのである。
一度聴いたら耳から離れないASKAの声はもちろんのこと、シングル曲では陰に隠れがちなCHAGEの声も、これまたどうして素晴らしいのだ。

例えばプレイリスト中の「Reason」
ストレートなバラードらしい一曲だが、サビの突き抜けるような高音がまさしくCHAGE、というような美しさで、これを聴きたい票が多く集まったのだろう。

また、ASKAの'87年の曲である「ミステリー」が選ばれたのも嬉しかった。
ASKAの歌唱法は、そのクセの強さから「自己エフェクト」なんて評されたりするが、この80年代の、エフェクトがガンガンにかかったアレンジがASKAの声をより美しく聴かせてくれる。
「ミステリー」は他のコンピレーション・アルバムに一度も収録されていないので、投票結果はファンからの執念、といったところだろう。

よく、チャゲアスは倍音の最も多く含まれるシンガー、などと言われるが、よくよく聴いてみるとCHAGEとASKAの声はそもそも、性質が全く違う。
スコーンと空に抜けていくようなCHAGEの声は、”整数次倍音”が多く含まれると言われている。
一方のASKAの声は、”非整数次倍音”。
まるで風の音のように、ザワーッと梢を揺らすような感触がある。
この二人の声がミックスされることで、陰と陽が絶妙に混ざり合うのだ。

「好きになる」「tomorrow」などツインボーカルが光る楽曲で、この二人の声の質の違いを確かめてみるのも、面白いかもしれない。


***

《魅力その③》贅沢

あからさまに言ってしまうと「貧乏くさいところがない」。
これはかなり彼らの特徴になるだろうと、私は思っている。

一昨年流行った映画『ボヘミアンラプソディ』によってQueenの音楽に触れた人も多いと思うが、チャゲアスとQueenの共通項は、ボーカルをとってもアレンジをとっても「ハイカロリー」であるところだと思う。

チャゲアスが大ヒットを飛ばした数年後から、J-POP界は打ち込み音楽が主流となり、一方で渋谷系、下北系などストリート出身のアーティストが多数輩出され、表現の幅は明らかに広がった。
それゆえ、チャゲアスのようにカロリー高めな楽曲が「古い」と評されることもあった(もちろん彼らもその後、適度に時代の風を取り入れてはいくのだが)。
だがそんな低カロリー時代を通過して今思うことは、「贅沢に作られた音楽はやっぱり良い」である。

特に「SAY YES」で大ヒットした直後のアルバム『GUYS』は名盤だ。
潤沢な予算を投じてロンドンでレコーディングされたこのアルバムから、本プレイリストには「今日は…こんなに元気です」が選出されているのが嬉しいではないか。

そして、こんなに上品で普遍的な美しさをまとったバラードがあるかと思えば、ヒットの続く’95年に発売された『Code Name.1 Brother Sun』より選出された「From coast to coast」「NO PAIN NO GAIN」など、ロックバラードに表現を変えてもその音の厚みは素晴らしい。

耳が喜ぶという贅沢さを、ぜひとも新しいリスナーには声を大にして伝えていきたいところである。


***

《魅力その④》詩的

詩=ポエム=不思議ちゃん、みたいなイメージがあるが、そうではない。
「詩的」というのは、日常に溢れている普通の言葉で、いかに高解像度の胸の内を表現できるか、その技術を表すものだと私は思っている。

そう、CHAGEもASKAも歌詞の中では基本的に「普通」の言葉しか使わない。
特にASKAなど、イメージを固定する固有名詞や、「青春」などこすられ過ぎて磨り減った言葉を使わない、なんてストイックな縛りを自分に課しているほどだ。


試しに、今回の企画で最も得票数の多かった「水の部屋」の歌詞を見てみよう。

扉を開けたら 雨の中の自転車
古い写真に見つめられたら 動けない
僕を責めた人 レンズをしぼりながら
心の中に紛れ込んだまま 白になる

ああ 桜散る門をぬけて
母の手を引く 走る
僕はあの日の 靴をぬいで
風を添えた 色を添えた 景色の中

やがて君と この部屋に 帰って行く

私たちが日常でよく使う「自転車」や「写真」「母」などの言葉でイメージを紡ぎながら、それでいて最後に「やがて君と この部屋に 帰って行く」と小さな謎かけを与えてくる。

さらに曲の後半ではこの謎かけを回収し、

僕の 幼い日の夢を 君と訪ねたなら
もっと君 もっと僕 もっと好きになる
僕の幼い日の夢を 君と訪ねたなら
水の部屋で 今を見てる

と、タイトルの「水の部屋」=羊水に満たされた母の胎内のイメージに結びつけてくる。
「輪廻転生」などという壮大なテーマを扱いつつも、今目の前にいる恋人への想いを込めたラブソングにも聞こえるよう、できる限りさりげなく仕立てているのがいかにもASKAらしい。

恋して嬉しい、悲しい、切ない、なんて脊髄反射的なラブソングが溢れる世の中に、こんな詩的な世界もあるのだということを、チャゲアスファンは古くから知っている。


***

《魅力その⑤》多彩

アルバムというのは数曲をまとめて聴かせるので、聴く者を退屈させないために起伏というものが大事になってくる
だがそこをバラードで縛ってしまうと、なかなか起伏を付けづらいという問題がどうしてもある。

ところが、だ。
この『Best of STORY OF BALLAD』のプレイリストを流してみると、かなりの起伏に富んでいるのだから驚かされる。

それはおそらく、CHAGE and ASKAは活動期間が長いゆえ、いくつもの時代の風をまとっているからであろう

今回の投票結果を、試しに年代別に並べてみるとこんな結果になった。
※()内はアルバム名。

<’80年代>
どのくらい”I love you” (Mr.ASIA)
ミステリー (RHAPSODY)
天気予報の恋人 (PRIDE)

<’90年代>
水の部屋 (SEE YA)
Reason (同上)
tomorrow (TREE)
今日は…こんなに元気です (GUYS)
201号 (Code Name.1 Brother Sun)
From coast to coast (同上)
NO PAIN NO GAIN (同上)
好きになる (Code Name.2 SISTER MOON)
two of us (NO DOUBT)

<‘00年代>
not at all (NOT AT ALL)
鏡が映したふたりでも (同上)


大ヒット期であった’90年代にボリュームが集中しているが、そこを軸として良い具合に80年代のポップス性と、00年代の実験性が絡み合っている。
一体これが同じアーティストから生まれた曲なのか、という驚きは、チャゲアスを聴いている上でいつも感じることだ。

しかもその上に、CHAGEとASKA二人の作家性も大きく異なる。
なのでミックスして聴くと、バラードアルバムを聴いていることを忘れるほどに、飽きることなく聴けるのだ。


***

《魅力その⑥》熱量

バラードという括りで投票された曲はラブソングで埋まってしまうのでは、などと思っていたが、「NO PAIN NO GAIN」「not at all」などの熱い曲もランクインしたことが個人的には非常に嬉しかった。

そう、ASKAはラブソング職人という印象が非常に強いが、実は同じくらいのウェイトで心情を表した曲を作っているし、どちらかといえばその熱さこそがASKAの真の魅力だったりするのである。


この春にぴったりだと思ったのが、’00年代の代表曲「not at all」だ。

悪いことばかり考えていると
心はひとつの 色で塗られてく

いつも どれかひとつを どこかひとつを
くぐり抜けて来ただろう
not at all

そこに立って そのとき わかることばかりさ
それが自分と思えたら 軽くなる 歩ける

この曲に込められたメッセージが、今この混迷の春に、いかに強く胸に響くことか

何年か経ってまたこのプレイリストを聴き返した時に、「NO PAIN NO GAIN」や「not at all」で今この時期の空気がブワッと吹き出すに違いない。
あの時はしんどかったね、と笑いあえる未来のご褒美のために、私は何度もこのプレイリストを聴くだろう。
「あんなに音楽に救われた時はなかった」なんて思い返すようになるのだろう、その頃には…




さてここまで書いてきて、改めて思う。
このプレイリストで一番新しいものも、19年前の楽曲だ。
そして今や、活動を休止してるアーティスト。
そんなCHAGE and ASKAを今あえて聴いてみてください、なんて書くことは、まるで自分の趣味を無理に押し付けているように見えてしまうのだろう。

けれど、やはり声を大にして言いたいのは、今さまざまに枝分かれし進化を遂げてきたJ-POPの土台には、間違いなくCHAGE and ASKAが切り拓いてきたケモノ道があるということだ

彼らが最も精力的に活動してきた時期というのは、よく言われることだが、この日本で最も音楽にお金が流れていた時代であった。
そんな時代に、とっても贅沢な土俵で上質を追求してきた彼らの音楽は、今でも簡単に手に入れることができる。

聴く人の側に、興味さえあれば。


だから、その興味への入り口を、私はこのnoteの場にずっと開いておきたい、なんて風に思うのだ。


今回『Best of STORY OF BALLAD』企画が始まるにあたり、私の元に「何か書かないか」と相談を持ちかけてくださったダンケルクさん(@no736lWq02B6EaT)。
いつもトンチンカンなことばかり書いてる私に、よくぞ声をかけてくださいました。

そんな大役が務まるのか…と震えながらお受けしたが、書いているうちに私自身が実はまだ、チャゲアスの根本的な魅力について書いたことがなかった(ビックリ!)ということに気付かされ、その思うところを記事に詰め込むことにした。
機会を頂けて、深く感謝しております。

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