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【二次創作】往壓と放三郎【妖奇士】

(2009年8月4日、個人サイトより再掲)

虹霓


 龍が空を上っていくのを見ていた。
 白銀の鱗が日の光を受け、きらきらと五色に輝いている。
 空の五色は、消えゆく束の間の光……
 放三郎は胸を締めつけられる思いがした。

 通り雨をやり過ごし、若き侍とその用人はぬかるんだ道へと踏み出す。
「見ろよ」
 用人らしからぬ馴れ馴れしい口調で主人へ声をかけた男は、顔を上げて空を示した。
「おお……」
 放三郎は思わず感嘆の声を洩らす。くっきりと鮮やかな弧を描いて、大きな虹が頭上に架かっていた。
「虹など、久しく見ておらぬな……」
 そう呟いて暫し空を仰いでいたが、ふと視線を感じて傍らを見やる。
 往壓が、楽しそうに口元をゆるませてこちらを眺めていた。
「……なんだ?」
 いいや、と首を振りながら彼は歩きはじめる。あわててあとを追う放三郎に、からかうような一瞥が向けられた。
「今日は小笠原先生の講釈がないな、と思ってな」
「む……」
 自分はこの男にどう思われているのだろう。
「聞きたければ聞かせてやる」
「はいはい、聞きますとも」
 その声は笑っていて、まじめさは少しも感じられない。往壓の態度は気にしないことに決め、頭の中の書物を開いた。
「虹という字は、空を貫く龍を意味している」
「龍?」
「そうだ。偏の虫とは龍のこと、その龍が空へと躍り上がり、旁の工によって……」
 放三郎は言葉を切った。
「……どうした? 終わりか?」
 怪訝そうに覗き込んでくる顔をちらりと見て、目をそむける。
「おまえに、似ているな」
 空へ舞い上がる龍。五色に輝き、晴天をおびやかす雲を払い、そして……
「……俺ぁ、あんなにきれいじゃねえよ」
「ちがいない」
 往壓のもっともな言葉に、苦笑しながら答えた。
「だが、いつの間にか空から消える……」
 妖夷を砕いたあと、白銀の龍は姿を消す。あまりにみごとに、あまりに美しく消えるものだから、人にもどった往壓の姿を見るまで放三郎は気が気でないのだ。虹のように跡形もなく消えてしまったら、と思うと。
 そんな気持ちを振り払うように、往壓から目をそらして声を張る。
「あのはっきり見えるのが虹。その外側に色が反転してうっすらと見えるのが、霓だ。雌雄の龍とされ、常に共にある」
 往壓は目をこらして虹を見つめた。
「常に、共に……」
 それから、ふっと笑って目を伏せる。
「やっぱり虹にはなれねえなあ……俺に連れ添ってくれる者なんぞ、いるわけもねえ」
 その横顔があまりにも悟りきっていて、そのくせ寂しくて、むやみに不安をかき立てるものだから、放三郎は動揺を隠すためについ怒鳴っていた。
「あたりまえだ!」
「なにぃ?」
「おまえはこの先も私の部下だ! だれかと連れ添う余裕などない!」
 あっけにとられた顔が暫しこちらを眺めていたが、やがて笑い出す。
「ちがいねえ」
「……………」
 放三郎は歩みを早めた。

 どこからともなく蝉の鳴き声が聞こえている。ひぐらしだ。もうそんな刻限かと思い、それからあることを思い出した。
「霓には、ひぐらしの意味もあったな」
 空を貫く五色の光と、騒がしく鳴き喚くだけの小さな虫と。比ぶべくもないのに、名だけは同じなのだ。おかしくなって目を細める。
「同じ字なら、おまえは蝉のほうだろう」
「おいおい、そりゃねえよ……」
 再び空を見上げるが、虹はすでに薄れて見えなくなりはじめている。
「あの虹も、案外帰ってるかもしれねえぜ」
「どこへだ」
「仲間のところにだよ」
 ふと傍らを見やれば、そこにはたしかにその男がいた。
 かすれもせず消えもせず、そこに立っていた。


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結局なんだったんろうねあのアニメ…(OVAまで観ても理解しきれてない)

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