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【創作小説】『紅蓮 -the second-』本文サンプル

<基本情報>

既刊『紅蓮 -limit-』スピンオフ。変身ヒーローと刑事のバディもの。
前日譚なのでコレだけでも読めると思います。

東京に落下した隕石から侵略者(ワスプ)が現れ約一年。英雄「ロータス」の存在を以てしても、被害は拡大していた。ワスプ絡みの事件を担当していた刑事の小川と岩本は、否応なしに「ロータス」の事情に巻き込まれていく。

2022/9/4発行 小説
B6・66ページ
書籍:600円
PDF:480円

※この本にBL要素は含みませんが、webのBLコンテンツが特典として着いてきます。

<本文サンプル>

 曇天を見上げ、小川は普段以上に気力を感じさせない口調で呟く。
「降りそうだなあ……」
「スーツが型崩れしちゃうもんな?」
「うるさい」
 茶化す岩本をひざで小突きながら、目の前の店を見上げる。
「グレー?」
「チャコールグレー」
「え、何グレー?」
「クロに近いって意味だよ」
 雑談をしながら二人が入っていったのは、タトゥーの専門店だった。
「ちょっと話聞きたいんだけど……」
 岩本が警察手帳を出すなり、いかにも店番といった店員は露骨に怯えはじめた。
「い、今、店長呼ぶんで……」
「まあいちおう、検査もかたちだけだから」
 笑顔を作る岩本の後ろで、小川は店を見わたすふりをする。視界の端で、今の店員が半袖をそっと下ろしながらバックヤードへ入っていくのを見た。専門店の店員だけあって、両腕は全面模様だらけだ。
 奥からとくに声や物音は聞こえない。二人は目くばせして奥へ踏み込んでいく。そこには裏口の鍵を開けようとしている彼しかいなかった。
「あ、あの、店長コンビニ行ってるみたいなんで、オレ探してきますね」
 岩本はすかさず太い腕で、タトゥーだらけの細腕を掴み引き寄せる。
「この蓮かっこいいね。ロータスみたいだ。それともワスプのほうかな」
「これは、あの……」
 小川がその位置に探知機を当てると、予想通りセンサーが反応した。
「はい、シード・タトゥー検出」
 刑事二人に挟まれ、彼は逃げる気力も失ったらしくがっくりと肩を落とした。
「ここで入れたの?」
「別の店ッス、この店はシード・パウダーとかヤバいのぜんっぜんないんで。店長は関係ないんスよマジで」
「そのへんも詳しく聞きたいし、とりあえず署まで来てくれる?」
 岩本が彼を外へ追い立て、外に待機している警官へと引き渡す。
「神保、彼よろしく」
 店を出ると、アスファルトにぽつぽつと黒い点ができていた。
「あー、降ってきちゃったか……」
 車両禁止の歩行者専用道路のため、車も所轄のパトカーも表通りに駐めていて、それなりに歩く必要がある。
「あの……置き傘、そこに二本あるんで、よかったら使ってください」
 青年が入り口近くの傘立てを指さした。悪い男ではないのだろう。
「ありがとう。あとで店長への事情聴取ついでに返しにくるよ」
 任意同行の彼と神保に一本渡し、自分と小川で一本。細身の青年と女性の神保ならなんとか入れるようだったが。
「これ、意味ある?」
「文句言うなら眼鏡濡らして歩け」
 二人は小突き合いながら、一本の傘でそれぞれ片側の肩を濡らして神保の後ろを歩く。
『……この地区は、超外来敵対種警戒区域です。不要不急の通行は避け……』
 いつものアナウンスが流れているが、まともに聞いている者はいないだろう。
『……先月の超外来敵対種による死者は、都内一〇三人……』
 人々は読み上げられる死者の人数を交通事故発生件数程度にしか認識していない。
 それは突然やってきた。
『超外来敵対種発生! 超外来敵対種発生!』
 けたたましい警報が通りに響く。はっとふり返ると、数軒先のショップの前に黒い「それ」が立っていた。
「生きてるほうのシードか……」
 呟いた小川が、すぐに無線で待機中のパトカーに連絡を入れているあいだにも、警報は鳴りつづける。
『大至急、屋内へ避難してください!』
 岩本は傘を放り投げ、周囲を確認した。警報を聞いた人々が近くの店に飛び込もうとするが、早い時間というのもあってそれほど開いていない。パトカーはまだ先だ。
 遠目に一人、倒れたのが見えた。悲鳴がこちらまで届く。
「神保、さっきの店に戻れ、シャッター閉めろ」
「了解!」
 彼女は走りながら周囲の通行人にも声をかける。
「屋内へ避難します、ついてきてください……」
 遠くにいる顔のない頭部が、こちらを向いたように見えた。岩本は自分の指示が誤りだったことに気づく。
 シードはあきらかに神保目がけて走ってきた。走る、などという速度ではない。気がついたときには彼女の前に立っていた。
「う、ぅわあ……」
 彼女のすぐ後ろで、シード・パウダーのタトゥーを入れた若者があわてて転ぶ。格好の餌食だ。青年が、そして彼を庇おうとした神保が、人々の前で毒針に刺された。
「神保……っ」
 彼女は痛みも苦しみもせず、どさりと倒れた。この時点で二人とも息絶えている。だがシードによる「死」には、その先がある。
 もう生きていない神保の体が、見る間に黒い繊維で包まれていく。横に倒れた青年も同様に。黒い繭から硬い種子へと変貌していくようだった。
「屋内へ逃げてください! 屋内へ!」
 岩本は通行人たちに叫ぶ。近隣の店はすでにシャッターも閉めはじめていて、逃げ遅れた人々が必死に走っている。ヒールで転んだり、雨に濡れたタイルにすべったりと混乱が大きい。
「避難者を屋内へ入れてあげてください!」
 強まる雨の中、店舗に向かって叫びながら走る岩本の前に、それは突如現れた。瞬間移動したかのような速さだった。
「岩本!」
「く……」
 銃も警棒も役には立たない。逃げるしかない。だが、この距離では……。
「……ぐぁっ!」
 一歩片脚を引いた瞬間、脇腹に激痛が走る。抱えられる位置にシードの頭部があるが、とても取り押さえられる状況ではない。太い毒針がずるりと抜ける感触があり、岩本はその場にひざをついた。濡れた地面に倒れかけ、思わず手をついて異変に気づく。
「……?」
 意識がある。体も支えられる。刺されたら即死のはずだ。
 はっと脇のショーウインドウに映った自身を見た。
 体は崩壊していない。通常ならさっき見たように、数秒以内に肉体はシード化を始める。だがこの姿は、人間のまま。雨で濡れてはいるが、刺された腹から出血している気配もない。
 断片的な知識を記憶の底から引っぱり出す。
『ロータスは偶発的に発生する……』
『毒針を受けて生き残った人だけが……』
『シードと同じ装甲を纏う……』
『蓮のような模様が浮き上がる……』
 刺されたにもかかわらず、シード化していない。つまり。
 自分が、ロータスということだ。
 Yシャツの裾を引っぱり出し、刺された場所をめくる。穴もなく血も出ていない。脇腹には、初めから彫り込まれていたように黒い蓮が広がっていた。
 雨に濡れた眼鏡がじゃまだったのか、小川が眼鏡を顔からむしり取って凝視する。
「おまえ、それまさか……」
「ラッキー、ってことにしとこうぜ」
 自分もロータスに姿を変えられる。彼らと同様に戦える。しかしどうやって。なにか合図があるのか。
 視界の端で黒い塊が動いた。自分を刺した個体だ。次のターゲットは小川か。
「小川!」
 自分が今なにもしなければ、仲間が、偶然居合わせた市民たちが次々と犠牲になっていく。
「小川ーっ!」
 怒りとも焦りともつかない感情が胸の中で爆発したとき、脇腹のあたりに熱を感じた。
 ただの模様に過ぎない蓮のかたちがはっきりと見え、丸い蕾の花びらが「開いていく」感覚があった。
 考える前に駆け出す。
 目の前にシードのアップが迫った瞬間、強い衝撃がかまえた両腕に走った。なんとか受け止めたことだけはわかった。
「岩本!?」
 小川の声が聞こえたが、ふり向いている余裕はない。一メートルほど先で、今弾き飛ばしたシードがよろめいている。相手は、こちらを認識すると、黒い翅を広げて襲いかかってきた。
『あの背中の翅で飛ぶことはできない……』
『脚力、ジャンプ力が重要に……』
 シード撃破の映像は幾度も観たことがある。右の拳を握りしめ、岩本は相手の左胸にあたる部分へ渾身の力で叩き込んだ。
 頑強な黒い外皮が砕ける手応え。
 たしかに、虫のような黒い体がばらばらと崩れていく。あとは自分たちの「現場」でよく見る残骸だ。それは外側だけで、中からはどろどろとした白っぽいアメーバのようなものが流れ出してくる。粘度と密度の高いそれは、雨に流されることもなく表面張力で白い水滴のように丸くまとまっていく。
 白い塊と黒い破片。今の今まで動いていた生物感がとたんになくなり、もはや廃棄物にしか見えない。
「これが……シード……」
 現物を見たことがないわけではないが、自分が破壊したものとして見下ろすのとでは感覚が全く違う。
「岩本、まだいるぞ!」
 小川の声が背中を押す。
 そうだ。攻撃こそしてこないが、毒針によってシードにされてしまった人々が、黒い姿で歩いていく。彼らは自ら巣へ戻り、巨大植物の養分にされてしまうのだという。人としての遺体すら残らない、尊厳もなにもない死だ。
「……っ」
 もはや人間ではない。そう覚悟を決め、拳を叩きつける。
 どろりとあふれる内容物の不快感に、思わず顔を背けてしまった。崩れたあとは、黒い粉と白いアメーバが残るだけ。痛いともつらいとも悲しいとも言わない。人間だった名残など、ただの一片も見つからない。
 全部で五体。
 どれかは神保だったはずだ。しかし破壊中も今も、岩本にはどのシードが神保だったかわからなかった。
 気後れしない、明るい新人刑事はもうこの世に肉体すら存在していないのだ。
 あの実からこぼれてくるシードはともかく、「かつて人間だったもの」を砕いて売買している自覚が、犯罪者たちにはあるのだろうか。
 ふっと気が抜けた瞬間、その場にひざをつく。水たまりでスラックスが濡れ、初めて生身に戻ったことを知った。
「岩本!」
 びしょ濡れの小川が駆け寄ってきたということは、自分は人間の姿に戻ったのだろう。
 確認しようとふり返ったショーウィンドウは、粉々に割れて雨に濡れたマネキンたちの遺骸しかなかった。
 壊れた店や車、黒と白の残骸、警報と怒号、歓声と嗚咽、そして野次馬のざわめきとシャッター音。叩きつける雨の中、混乱はしばらく収まる様子がない。
 部下の一人を捕まえ、携帯端末で撮られた画像を見る。

 雨水を弾き、赤い翅が風になびいていた。
 その黒い戦士が自分であるという実感が全くなかった。

続きは『紅蓮 -the second-』でお楽しみください。

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