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短編小説

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【短編】紫信号

優しさなんてわからない。最初から見様見真似だ。 幼稚園で年少の子が泣いていたとき、頭をよしよししてあげたことも。 小学校でブスとからかわれた子を、「そんなことないよ」と励ましたことも。 中学に入り初めてできた彼氏に応え、毎日お弁当を作ったことも。 こうするのが「優しさ」だよね。周りの大人や同年代、テレビドラマや漫画の世界。そこで繰り広げられる悲喜交々を注意深く観察し、正解らしきものをコピーすることで、私はそれを実現してきた。 だって、それしかない。 お父さんもお母さん

【短編】九回死んで、直列。⑧

「相馬君、あなたに電話」 端末と睨めっこしている最中、離れた席から南さんが声をかけてきた。 「え、僕ですか」 「そう」 「えーっと」 「十番。急いで」 誰からか教えてはくれないのか。訝しく思いつつ、デスク上の固定電話に手を伸ばす。赤いランプが点灯したボタンを押し、受話器を耳へ。「お電話変わりました。Y生命、相馬でございます」。メモとペンを手繰り寄せながら、話しかける。 「あぁ、この間来てもらった横田だけどね」 声を聞いて、背筋が伸びる。あの日味わった辛酸のレプリカが

【短編】九回死んで、直列。⑦

「え。じゃあ美雪ちゃんとは、もうそれで終わりってこと?」 小峰が画面から目を離し、こちらを見る。その隙に僕は自分のキャラクターを操作して、小峰のそれに上段蹴りを喰らわせた。 「わ。今はやめろよ」 「ゲームしながら話そう、って言ったのはお前だろ」 なおもコントローラーをいじり、攻撃を加える僕。「荒れてんな、もう」。ポーズボタンを押そうと思えば押せるところ、小峰も再び画面に向き直り、防戦に入る。 場所は小峰の部屋。学生時代、入り浸ったこの場所で、やはり当時熱中していた格闘

【短編】九回死んで、直列。⑥

約束の日は朝から晴れていた。 夕方十七時に待ち合わせのため、それまではいつも通り無為に過ごすこととなった。手早く家事を済ませ、適当にネットを徘徊し、昼食を終え、またネットで動画を見る。それらの間も絶えず落ち着かず、合間合間でスマートフォンを取り出し、意味もなくmiyukiとの今までのやりとりを読み返したりした。 十六時。ここに来ることはまずない、とわかっていながら、直前で部屋に掃除機をかけ、外へ出た。移動時間にも気持ちが逸り、『今電車に乗りました』と無駄なメッセージを送りか

【短編】九回死んで、直列。⑤

「あなた、最近何か楽しそうね」 南さんにそう声をかけられたのは、miyukiとの約束を週末に控えた木曜だった。デスクで端末と向き合い、システムから顧客リストを抽出していたところで、南さんが背後に迫っていたことに気がつかなかった。 「ちょっと前までは、毎日お通夜みたいな顔をしていたのに」 そうでしょうか、と頭を掻く。 実際、miyukiとのデートを前に、浮き足立っている自覚はあった。しかし、南さんが指している『最近』とはそれ以前、彼女とのやりとりが始まってからのことかも

【短編】九回死んで、直列。④

『クイーンズ・ギャンビット観ましたー。滅茶苦茶面白かったです!』 『次はシャーロックかと思っているのですが、主役の人、ドクター・ストレンジの人ですよね。(洋画もちょこちょこ見ます)』 『と思って調べたら、ワトソン役の人もアベンジャーズだった。強い。笑』 miyukiからのメッセージ。 昼休み。社員食堂で菓子パンを咥えながら、スマートフォンを片手にそれを確認する。 『ベネディクト・カンバーバッチですね。いかにもインテリって感じですよね。』 『僕も洋画、たまに見ます。彼の作品

【短編】九回死んで、直列。③

女性との交際経験がないことを、それまでさして気にもかけずに生きてきた。 恋人が欲しい。確かに十代の多感な時期は、その欲求があった。しかし、それはもっぱら異性への関心から来るものであり、年齢を重ねると共にその熱量は下がっていった。恋愛以外にも日々を充足させるものはあると知り、惚れた腫れたに浮き沈みする周囲を横目に、淡々と青春時代を過ごしてきた。 このままではいけない、と感じたのは、今の営業部に配属された、ここ最近のことだった。 「女を口説けない奴は、営業もできない」 春

【短編】九回死んで、直列。②

「松原文也さんのお電話でよろしいでしょうか。私、Y生命の相馬と申します。お仕事終わりの時間帯に申し訳ございません。ただ今、二分ほどお時間よろしいでしょうか」 何でしょう、とぶっきらぼうな返答。僕は一度唾を飲み、用意していた口上を切り出す。 「実はこの度、制度改正があり、お客さまの加入されている保険について、最新の特約が付加できるようになりました。現代医療の進歩に合わせ、従来より入院への保障を手厚くしたものです。つきましては、そのご案内に……」 今のやつで十分なので。 こ

【短編】九回死んで、直列。①

「え。相馬君って、今まで誰とも付き合ったことないの?」 繁華街の居酒屋。掘り炬燵の半個室に、マキコちゃんの声がこだました。 いや、いくら大きな声でも、四方に隙間ありありのスペースで、こだまが生じるなどあり得ない。エコーが響くのは、僕の頭蓋においてだ。 付き合ったことがないの? じゃあ、女の子と手を繋いだことも、唇を重ねたことも、朝まで一緒にいたことも? その歳になるまで、一度もチャンスはなかったの? こだまは止まない。どころか、そこに込められたであろうニュアンスを勝手に

【短編】黒髪マッシュに喰わせろよ。⑤

即売会の一件以来、サイトに投稿する頻度は緩やかになった。せいぜい月に一度、物語を書いて公開するのみ。エッセイの類には手を着けなくなった。 その月に一度においても、以前心掛けていたようなファンサービスは一切ない。ただ純粋に、書きたいと思ったものを、書きたい時、書きたいように書いて投稿する。結果、以前のような勢いでフォロワーは増えなくなったが、プレビュー数にはそれほど影響はなかった。そもそも、そうした数字を気にしなくなった。 そんな調子で、学生生活の傍ら、細々と執筆を続けた。

【短編】黒髪マッシュに喰わせろよ。④

打ち上げに参加したのは、三日月さん、平井ひらり、氷雨蓮、歳上の女性に、それから私。近寄りがたいオーラを放っていた同年代の彼女は来なかった。 即売会の会場から都心へ出て、あらかじめ予約されていた居酒屋に入った。各々への労いから始まり、自分たちが買った本の紹介、そこから派生して作品への批評や創作談義に花が咲いた。正直、小難しくてよくわからない話も多かったが、今日同じ熱気を体感したという結束が後押しして、楽しく過ごすことができた。 「次は私、自分で出店してみようかと思っています

【短編】黒髪マッシュに喰わせろよ。③

同人誌を作りませんか。 そう持ちかけてきたのは、『二軒茶屋の三日月』さんだった。曰く、彼主催のサークルが、都内で開かれる即売会にて短編集を発行する。その中の一編を担当しないか、という誘いだった。 『利益なんて出ないんで、ロハでのお誘いなんですけど(あ、でも打ち上げ代はこちらで出させていただきます!)』 他に数多の書き手がいる中、自分に声をかけてもらえたことが嬉しかったし、何より同人誌という未知の世界に興味があった。提示された『青春ホラー短編』というテーマにも面白味を感じ

【短編】黒髪マッシュに喰わせろよ。②

十四作目を投稿し、早速その日のうちについたコメントに返信を済ませた。 活動を始めて三ヶ月。リニューアル以降、フォロワー数は鰻上りで、三桁を突破した。グッドボタンの数も三十前後がアベレージ。作品を出す度にコメントがつき、常連とも言える読者がついた。 そのほとんどが、文面やアイコンの画像から、歳上の男性と思しき投稿者だった。 写真を変え、身分を明かした途端にこれである。 若い女性が書いている、ということが彼らが興味を抱く上でのフックになっていることは、疑いようがなかった。

【短編】黒髪マッシュに喰わせろよ。①

そのサイトに投稿することに決めたのは、単なる気まぐれだった。 SNSで呟きや写真をアップすることはあったが、あるときふと思い立ち、物語を書いてみた。数分で読める短いもので、特に奇想天外な発想もない。わたしと同じ女子大生の視点から、何気ない日常を切り取っただけの代物。それでも初めて紡いだ私だけの世界に愛着が湧き、どこかで公開して反響を確かめたくなった。 ネット内でいくつかのプラットフォームを下見し、なんとなく思い選んだのがそのサイトだった。SFやファンタジーを主流としたプラ