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掌編小説

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2023年9月の記事一覧

【掌編】不等号と17歳

読む時間。何を。空気を。 空気は読むものじゃなくて吐いて吸うものと著名な誰かが言っていて、なるほどそれは含蓄のある言葉だと思うけれど、実際問題空気を読まなくてはならない場面はこの世に多々あり、大半の者はそれをしている。政治家の失言や的を外れたSNS投稿がこれでもかと言うほど槍玉に上がる現代社会で、そのスキルを放棄しろ、とはこれ如何に。おそらくこの標語は「空気を読むことに執着し過ぎず、きちんと自己主張もできるようになりましょう」とのニュアンスを含んでいるのだろうが、どこかしら

【掌編】魔法少女、マ。

秋が好きだと君が言うから、私は魔法少女になった。とは言え何をすればいいのか皆目わからず、とりあえず語尾に『ロリン』を付ける。雰囲気。 「やっほー、ハヤト君。私は魔法少女、マジカルアッキーだロリン!」 ベットで半身を起こすハヤトは、口を半開きにしてこちらを見ている。 「へ? だれ」 「魔法少女マジカルアッキーだロリン」 「アキちゃんじゃないの?」 「そうだロリン」『ロ』いらねえなこれ。修正。「普段君が会っている藤沢アキは私がオートで走らせている仮の人格。この身体の本当の主

【掌編】砕け散ると黄昏が知る時

愛は犬も喰わない言い争いの末、容易く砕け散った。喧嘩の内容には触れない。語りたいのは、その喪失の在り方。そして愛。 ただ失うでなく、砕け散る。割れるでも爆ぜるでも溶けるでもなく。目に見えぬ事象ゆえ、個人の感想の域を出ないが、確かにそう知覚した。 砕ける、ということは硬かったのだろう。例えばそれは、ガラス玉の如く。ゴム毬のように柔いものでは、そうはならない。 その上散るなら、恐らく落下だ。しかも高度があるところから。低所から落ちても、破片は飛ばない。 つまり愛は強固で、かつ

【掌編】逆撫アザラシ今何処

文化祭と言えば、桂木先生の個展だ。 クラスや部活動の催しにも参画はしたが、思い返し、まず浮かぶのは、あの写真展である。 桂木先生は数学教師で、小柄でやや肥満気味、男性にしては長めのおかっぱ頭の下、アザラシのような童顔が貼り付いた人だった。中年ながら愛らしい外見に加え、温和な性格から、生徒からの人気も高かった。 そんな先生が空き教室をひとつ貸し切り、個展を開いていることを、僕は文化祭当日に知った。華やぐ校内をぶらつく中、窓が黒幕で塞がれた一室があった。入り口近く、白地の立看