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掌編小説

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2023年8月の記事一覧

【掌編】オモイオモワレ8bit

ヒマワリへ向け「月を拝め」と注文するようなものだ。 頑なに意見を変えない委員長に対し、僕は内心うんざりとした。 「宣誓をしましょう」 間近に控えた文化祭。合唱とストンプと寸劇を詰め込んだまとまりの無い出し物の最後に、もう一声、と足し算を試みる。そんな委員長の発案に、クラスの大半は眉を顰めた。 ただ出し物が増えるだけならまだいい。受験勉強と並行するイベント準備にキャパオーバーの連中は多いが、ものの数分に満たないパフォーマンスであれば、それほど苦も無く習得できる。問題はその

【掌編】空蝉を満たさず

平和とは犠牲の上に成り立ち、犠牲があるからこそ人の認知に及ぶ。 危険を知って安全に感謝し、飢餓を味わい飽食に安堵し、不幸に落ちて幸福を噛み締める。恒久的な平和は平和足り得ず、ただの現状として意識の底に埋没する。故に平和に犠牲は付き物であり、それを生み出す主体を称し、人はこう呼ぶ。 「必要悪」 手足を縛って口にガムテープを貼り、床に転がした男を足蹴に、俺は言う。 「この場合、必要悪ってのはオッサン、あんたのことであり俺のことだ。教え子がいじめに遭っていることを知りながら

【掌編】神はアイスクリームから生まれる

ただ歩くというわけにもいかない。かと言って、最寄りのバスは数時間に一本。タクシーもあるにはあるが、呼んでもなかなか来ない上、長距離だから金もかかる。 「ここは素直に甘えてください」 そう言って室井さんは、車を出してくれた。こちらの視察は昨日で終わり、土曜である今日は非番のはずだ。休日を犠牲にさせるのは気が引けたが、しかし、田舎のアクセスの悪さを舐めていた。飛行機の時間に間に合わせるためにも、申し訳ないが、頼ることにする。 「いいんですよ。こんな離島で、本社のホープを途方

【掌編】小雨極細微炭酸

文芸部に入ったのは、失敗だった。 中学時代は帰宅部で、高校に入ったら何か部活を始めようと決めていた。とは言え運動はからきし。かつて新聞のジュニアコンクールに応募した詩が入選した経験があったため、学びを深められればと、文芸部の門を叩き入部した。 ろくに見学もせず、届を出したのが間違いだった。活動と言えば、放課後集まり好き勝手に本を読んだり文を綴ったりするだけで、しかもそれをしているのは少数派。半数以上は流行りの漫画やアニメを槍玉に上げ、推しだの萌えだの尊いだのと意見交換に勤

【掌編】泪の理由、斯く在るべしと。

「そんなに言うことを聞かない子は、窓から放り投げるよ」 母さんのその怒号に、ヒデ君の顔が真っ青になったのを僕は見逃さなかった。 夕食どき、家族四人でテーブルについている中、ヒデ君がおかずのニンジンを食べたくない、と駄々を捏ね出した。この春、小学一年生にもなったヒデ君が、赤ん坊みたいに癇癪を起こす姿に、兄である僕は恥ずかしくなった。 食べなさい。食べたくない。 応酬の果てに、堪忍袋の緒が切れた母さんは、ついに怒鳴った。窓から放り投げる。それは母さんのお説教における常套句で