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掌編小説

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2021年4月の記事一覧

【掌編】嫌い

ハナちゃんの様子がおかしい。 ついこの間までは、いつものようにキミエちゃんと仲良く遊び、オルガンに合わせて大声で歌って、お昼ごはんもぺろりと平げていた。 それが先週に入ったあたりから、どうにも元気がない。 キミエちゃんと遊ぶには遊ぶが、今までのようなはしゃぎ声が聞こえない。ハナちゃんの好きな『さんぽ』を弾いているのに、「あるこうあるこうわたしはげんき」の声に元気がない。ごはんも残さず食べ切るものの、あまり美味しそうな顔には見えない。 何かしら、この保育園に来るのを嫌がる

【掌編】エチュードは鏡の前で

「お仕事は何系ですか」 お決まりの質問が来て、私は瞬時に思考を巡らせた。 質問の主の年代は、見たところ三十代前半。長身の男性で、美容師らしく小洒落た衣装をまとっている。シャンプーの時の会話も軽妙で、アップテンポなノリで絡んでくるタイプだ。 「出版社に勤めています」 私は答えた。 カットクロスを付けられ、てるてる坊主に似た格好のまま、鏡越しに美容師を見る。 角田と名乗ったその美容師は、指先で私の髪をつまみ上げながら、「出版社っすか」と呟き、しばし黙った。これからのカッ