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掌編小説

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2021年1月の記事一覧

【掌編】ゆめみるころをすぎても

トキちゃんと私が恋人同士だったのは、中学二年の二月から春休みに入る直前までの間だった。 「私たち、付き合う?」 どのような文脈であったかは忘れてしまったが、トキちゃんの方からそう訊ねてきた。トイレの手洗い場に並んで立ち、お互いの正面にある鏡を見ながら、顔や髪の毛をチェックしているところだった。 「ヒバリさえよければ、だけど」 トキちゃんは、冗談めかしている風でも、深刻めいている風でもなかった。 「付き合う」って、恋人として? 私たち女同士だけれど? そもそもトキちゃん、

【掌編】傘

失恋も三度目ともなると、半ば達観した思いを抱くものらしい。 喫茶店でコーヒーをかき混ぜながら、僕は思った。 一度目の恋は、高校時代のクラスメイトだった。 栗色の髪に、快活な笑顔が似合うその子とは、大学入学後の五月まで交際した。年月と共に生活スタイルが変わり、各々に世界を広げていく中、露わになった価値観の相違が原因で、別れることとなった。 二度目は、大学の研究室で知り合った後輩だった。人懐っこく、それでいて奥ゆかしさを備えた彼女とは、およそ二年の月日を共にした。僕が就職活

【掌編】三角の行く末

三角は孤独だった。 なるほど、三つの辺が絶妙に支え合って成り立つ様は美しく、均整のとれた佇まいは見る者を魅了した。 しかし、どうあがいても鋭角を抱いてしまうそのフォルムは、彼の美しさに惹かれた者を冷たく威嚇し、寄せ付けなかった。 三角は思った。 「俺が丸みたいに、穏やかで誰も傷つけなければいいのに」 三角は不安定だった。 三辺のうち、一対でも長さが同じであればまだいい。しかし、そうではない場合、往々にして左右どちらかに傾くことが多く、バランスをとるにあたって困難が付きま

【掌編】真夜中のテディ

あれも童謡と言うのだろうか、『もりのくまさん』という歌がある。   高校時代、訳あって数ヵ月の入院を余儀なくされた俺は、その歌を毎日のように聴かされる羽目になった。病院のすぐそばに保育園だか幼稚園だかがあり、それに面した窓際のベッドをあてがわれたものだから、幼児の歓声が連日蝉しぐれのごとく襲ってきた。中でも特に耳ざわりだったのが、オルガンの伴奏に合わせて届いてくる『もりのくまさん』だった。 あるぅひ♪ あるぅひ♪ もりのなっか♪ もりのなっか♪ くまさんに♪ くまさんに♪