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月にむらくも花にかぜ 前日譚 あの日 vol.4

 咄嗟に両手で顔をおおった。
心の準備ができていない。
もし、家が潰れていたら?
潰れることはなくても窓ガラスが割れてるとか、何かしらの被害はあるかもしれない。
ついさっき車の事故を見たばかりだ。覚悟を決めなければ。
大丈夫だ。ママとパパは仕事でいない。弟は保育園だ。
最悪な事態にはならない。
良かった。
みんなが留守であることに感謝だ。
でも大切にしている推しのアクスタは壊れているかもしれないが、大したことでは無い。
おおった指の隙間からおずおずと家を見た。
潰れたりしてないよね。無事よね。
不安を他所に、我が家はいつもと変わらない佇まいに見えた。
「やった!」
小さくガッツポーズをする。
ほっとして家に帰ろうとすると、よっちゃんが追いかけてきた。
「ごめん、よっちゃん!心配で走っちゃったけど、無事みたい!」
両手を合わせてよっちゃんに謝ったが、よっちゃんは怖い顔をしていた。
「よっちゃん、どうしたの?」
「ユリちゃん、私もよく分かんないけど、なんかすごい地震だったらしい。どこも壊れて、火事とかおこって。」
「えっ、うちは無事みたいよ。」
「東京は無くなったって!
他も色々ひどい状況なんだって。どうなるんだろう。日本は!」
どういうこと?
よっちゃんは何を言っているんだろう?
「東京が無くなったってどういう意味?」
「地震が大きかったのかな?私にも分かんないよ。」
私たちはたいした知識が無い。
日頃からニュースもみないし。
小学5年生に難しいことが分かるわけがないけど..
大変なことが起こったらしいことは分かる。
ここでは大した被害は無さそうだが、他の場所では違うらしい。
「よっちゃんも家に帰らないと。
お母さん心配してるよ。」
「そうだね。帰る。」
よっちゃんと離れがたかったが、さよならをした。
途端に、一人の寂しさが襲ってきた。
家に入れば大丈夫と言い聞かせ、ランドセルに付けている鍵を回した。
ガチャっと聞き慣れた音でドアは開いた。
もちろん今は誰もいない時間だ。
いつもは優しい家がよそよそしさを見せている。
「ただいま。」
答えが返ってくるはずも無いが
一応言ってみた。
家の中は想像以上に色々な物が壊れたり倒れたりしていて足の踏み場が無い。私のお気に入りのカップも割れて飛び散っていた。
「えっ、これって!」
思わず息を呑む。
急に力が抜けて玄関先でへたりこんだ。この光景を帰ってきた家族が見たら、きっとがっかりするに違いない。
一人の心細さも加わって涙が溢れてきくる。次から次へと涙が出てくる。
「会いたいよ!ママ!パパ!
 早く帰って来てよ!」
幼子みたいに声をあげてわんわん泣いた。時間が経つのも忘れて泣いた。しとしきり泣いたら少し平静さが戻ってきた。
「そうだ、スマホを探さなきゃ!」
学校に持って行けないスマホは子供部屋の二段ベッドに置いている。
奥の部屋に行くには、割れた食器の破片を避けながら進まなきゃいけない。
仕方なく靴を履いたまま子供部屋に向かった。
大切にしていた様々なものが決められた場所にない。探す気力もない。
スマホだけを目標に倒れてこわれたものをかきわけた。
ベッドの布団に守られてスマホは無事だった!
すぐに電源を入れたが、ニュースは何も表示されない。
ネットは繋がらないらしい。
予測していたのでそれほどがっかりはしなかった。
とにかく、ママたちが帰ってくるまでに少しでも片付けなくちゃと思いゴミ袋を探した。ゴミ袋はすぐに見つかったが、よく考えれば公共交通機関は動いていないかもしれない。
それなら、ママはどうやって帰るんだろう?保育園のお迎えに行けるのだろうか?
現実が一気に押し寄せてきた。
私は一人かもしれない?
考えてもいなかったことが起こりそうで身体がガタガタ震え出した。
しっかりしなきゃいけない!たとえ一人でもみんなが帰るのを待たなきゃいけない。
頭では分かっているが、震えは止まらなかった。
「そうだ、水はでるんだろうか?」
蛇口をひねったが水は出ない。
「電気は付くの?」
スイッチを押したが電気は付かない。もちろんエアコンも沈黙したままだ。
「うそでしょう?」
経験したことがない事態に不安は募るばかりだ。
エアコンのリモコンを握りしめて途方に暮れた。
突然、玄関のベルがなん度も押された。
一瞬ママかと思ったが、ママがベルを鳴らすわけがない。
私は警戒しながら少しだけドアを開けた。

次回 vol5に続く





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