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月にむらくも花にかぜ 前日譚vol.5


誰?何度も何度もベルを鳴らされさすがに私も頭にきた。
「いい加減にしてください。」
勢いよくドアを開けたら斉藤がいた。
「良かった。ユリいたんだ。」
「なんか用なの?」
「ユリ帰っちゃったから。あの後、学校が避難所指定になっているから帰らないようにと言われたんだ。それを知らせたくて。行こう!学校に!」
「行かないよ。家族が帰ってくるじゃん。私はここにいなきゃ。」
「いつ家族が帰れるか分かかるもんか。電車もバスも止まってるから学校で待つ方がいい!また揺れが来たらここは危険だ。」
「そんなことは分かってる。でも、私はここにいたい!余計な世話焼かないで!」
斉藤が悪い訳ではないのに。
やり場のない怒りをぶつけてしまった。

斉藤の声が遠くに聞こえる。うるさい。聞きたくない。
このままこの場所にいたい。お願い、私を呼ばないで。

「ユリ、起きろよ。ユリ、ユリ!」
「だから私はどこにも行かないって!」
「はっ?どこにも行けないぞ。寝てただろ。」
いつのまにか私は眠っていたみたいだ。
あの日の夢を見ていた。


そうだ。あの日から全てが狂ってしまった。
大地震のあの日から。
ささやかな平和な日常が消え失せた。

「大丈夫かよ!お前泣いてたぜ。」
心配げに斉藤が私の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。夢を見ただけ。」
「本当に大丈夫なのか?」
余計なお世話だ。

大地震の日から7日が経った。
まだ、ママにも弟にも会えていないが、無事だと信じている。
信じていないと自分が崩れて無くなりそうだ。

日本は未曾有の危機の中にいた。
予測されていたとはいえ、どこかで大丈夫かもしれないとの安心は国民全員が持っていたはずだ。
その希望を粉々に砕くように大地震は来た。
最悪のシナリオ。
最悪の事態。
日本が沈没しなかっただけでありがたいと言わざるを得ない。
が、日本のかなりの地域が失われてしまった。
理不尽に命を奪われた人は一体どれほどになるのだろう。
日本中が混乱と絶望の中にあった。
複数の大き地震が絡み合ったんだ。
ここ、九州の福岡では被害は他県に比べると少なかったらしい。
日本国の対策本部は福岡に作られた。
並行して、兼ねてより開発が進められていた「デクレッシェンド計画」
を実行にうつすことが正式決定した。
今の日本に政府はない。
なぜなら、政府の首脳要員がこの地震でいなくなってしまったからだ。

各地の生き残った偉い人たちで緊急に計画の実行が決められたらしい。

「デクレッシェンド計画?」
聞いてもなんのことだかさっぱり分からなかったが、地震直後から各避難所でワクチンの接種が始まった。
子供から大人まで、全ての人を対象にワクチン接種が行われた。
コロナワクチンを打ったことがないので、怖くてたまらなかったが嫌だといえる状況ではない。

よっちゃんと斉藤は同じ小学校の体育館に避難していたので、ワクチンを受ける不安は少しだけ薄らいだ。
低学年の子も割と大人しく受けている。5年生の私が怖がるのもかっこ悪いし。

副反応は、ほとんどなく、コロナワクチンより楽だねとみんなが話している。
そうか、避難所で感染症が広がらないようにするためのワクチンなんだなと勝手に考えていた。

でも、実際はまるで違っていたが
この時私たちがそれを知る術など無かったんだ。

次回 vol.6に続く


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