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月にむらくも花にかぜ 前日譚 あの日vol.7

 朝が来た。今日も空は暗い雲に覆われている。

大地震の日から空は晴れることがない。ずっともやがかかっていて遠くが見通せない。

ぐちゃぐちゃな世界は見たくないから、むしろ好都合だ。

ママたちにはいつ会えるのだろうか?
空と同じ暗い気持ちでもやもやが増えていく。
泣きたいけど涙はもう出てこない。

膝を抱えてうずくまり、ぼんやりとオレンジ色のバンドを見ていた。
「Uブロックか!」

深いため息をついていると、上気した顔の斉藤が、息せき切って転がり込んできた。
「すごいこと聞いたぜ!
昨夜の夜回りの時、大人が話してるの聞いたんだけど、お前ら驚くなよ。」
悪いが斉藤、並大抵なことでは今さら驚かないよ。
「何、何、どうしたの?」
よっちゃんが身を乗り出してきた。

「デクレなんとかって計画のことは知ってるよな!」
「名前だけね。」
目をキラキラさせてよっちゃんが答える。
私は斉藤にさほどの期待は寄せていないので、生返事をする。
「で、その計画ってのが、日本復興計画らしくて。」
そんなの聞かなくてもわかるわ。
「どでかいビルがすでにあるらしいんだよ。何年も前から作られてたそうなんだ。
しかも、驚くなよ!地下にあるんだぜ!そのどでかいやつが!
それをこう、ググッと地上に出すんだと!」
「どうやって出すの?どれくらい
大きいの?」
興味津々のよっちゃん。
「それは、俺には分かんないけど、なんかあるんじゃないか?
巨大な機械で引っ張るとか?持ち上げるとか?こう秘密兵器的なもんが。
とにかく、そのどでかいビルの最初のやつがこの近くに出来るそうなんだ。
なっ、なっ、すごいだろ。」
「えー、どこに出来るの?
そんなん作られてるなんてちっとも知らなかったわ!」
「だろ?しらなかったよな!ほら、あそこらしいぞ。
海沿いの大型商業施設の跡地。
閉店して何年経っても何も出来ないから変だと話してただろ。
実はあそこの地下で秘密に作られていたらしい!」
「それがデクレなんとか計画?」
よっちゃんが訝しげに言う。

「たぶん、そうじゃないか?」

私も聞いたことはあった。
日本は屈指の地震国だ。
しかも、大地震がおこることはかなり前から想定されていた。抜かりない備えが日本中で行われているらしいと。
「じゃあ、そのでかいビルに住むの?私たち?」
「そりゃそうだろう!
早くそのビル見てみたいぜ!」
「私は、自分ちに帰りたい。」
「バカだな!ユリ!
最先端のビルだ!わくわくしないか?」
「しない!今までの家がいい!」
思わず声を荒げてしまい、斉藤とよっちゃんは下を向いて黙ってしまった。
しまったと反省した。
これはただの八つ当たりだ。
駄々をこねているだけだ。
誰もが元の生活に戻りたいに決まっている。
でも、決して
戻れないのが分かっているから、
斉藤だって自分で自分を鼓舞しているのだ。
「ごめん」
申し訳なさでいっぱいだ。
「やだ、ユリちゃん謝らないでよ。」
「謝ることしてないだろ。
そうだ!このリストバンドの話も聞いたぜ!知りたいだろ?」
夜回りでは様々な情報が飛び交っているのだ。
「知りたい!知りたい!」
よっちゃんがまた膝を乗り出す。

「いいか、これも聞いた話だが。」
斉藤の話はどれも夜回り情報の又聞きだ。話半分に聞いておこう。
らしい話ばかりだ。
「うん、うん!」
そうだね。よっちゃん!ネットは繋がらない。テレビもラジオすらない今、又聞き話ですら貴重な情報源だよ。

ネット世代の私たちがこんな経験をするとは思ってもいなかった。
何も分からない世界。
怖くて仕方がない。
大地震の前は情報は有り余るほどあふれていた。
知らなくていいことが意図せず知らされていた。
それが当たり前だと思っていた。
情報は選ぶもので欲するものではなかった。
でも今は違う!
斉藤の「聞いた話」が最高の情報源であるのは事実だ。
「このリストバンドはな!
実は外せるそうだ!」
はっ、外せる?
このバンドの意味ではなくて、そこ?
と思ったが、その情報も聞いてはおきたい。
「なっ、外せないと思ってたんだ。
でも、簡単に外せるんだよ。
そこ、Uの横の右側の二つ目に光ってるやつあるだろ?そいつを長押しすると外せるそうだ!」
早速よっちゃんがやってみるとあっけなく外れた。
「外していいの?」
斉藤にきいたが、
「俺に分かるかよ!」
と答えが返ってきた。
だよね!当たり前か!
結局、大事な事は何も分からない。
とりあえず外せると分かっただけでもお手柄だ。
「斉藤、色々ありがとう!
お陰で色々わかるよ。これからもよろしく!」
素直に感謝してみた。
明らかに斉藤は照れている。
彼の存在に私は救われているなと心から思った。

三人であれやこれや話している矢先、たとえようがない大きな音がした。
何?
何がおこった?
聞いたことが無い音?
グァングァンと空気が震えてる。
「耳が!」
避難所のみんなが耳を塞ぐ。
塞がずにはいられない耐えられない騒音だ。
また、余震が来たのだろうか?
それとも?
それとも?

#SF #地震 #友達 #ビル

次回に続く。
次回、VOL.8 最終回です。
お待ち下さい。


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