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月にむらくも花にかぜ前日譚 あの日

今朝は朝からよく晴れていた。
少し寝坊した私は歯磨きも早々にランドセルを背負った。
玄関のドアを開けようとするとママの声が追いかけてきた。「ヨーグルトだけでも食べていきなさい!」
だから、そんな暇はないんだってと言う代わりに乱暴にドアを閉めた。
「ごめん、寝坊しちゃったよ!」
約束していたよっちゃんに心の中で詫びた。今日の算数のテストの勉強を授業の前に一緒にやろうと約束していたのに。きっとよっちゃんは私を待っているはず。そう思うと足は知らず知らず小走りになっていた。
 急ぎすぎて下駄箱についた頃には吐き気がした。よっちゃんに申し訳ない気持ちは大きくなるばかりだ。
下駄箱に靴を入れながら目の端によっちゃんを探した。よっちゃんはやはり私を既に待ってくれていて、私をを見つけると小さく右手を挙げてくれた。「ごめん!よっちゃん!」
気持ちを伝えたくて私は彼女に深くお辞儀をした。
「やだ、ユリちゃん、何してるの?私は先生じゃないから。」
とよっちゃんは長い髪をキラキラと揺らしながらコロコロと笑った。
心から安堵した私はとびきりの声で「おはよう」と言ったつもりが、声は不様にひっくり返り、よっちゃんはよけいにコロコロと笑った。
 案の定、算数のテストは最悪だったが、よっちゃんが上機嫌だったので私は点数などどうでもよくなった。そして二人の楽しみは給食へと移った。だって今日は大好きなヤムニョムチキンなのだ。楽しみでしかない。しかも私は強食当番!若干の権威がある。よっちゃんに小さなカケラを余分にあげるくらいの権威があるのだ。残ればお代わりも可能だ。思わずニンマリとほくそ笑んでいたに違いない。
 給食室に行く時、私はよっちゃんにだけ分かる合図をした。よっちゃんも私にだけ分かる合図を返してくれた。先程の算数のテストの惨敗は遥か昔のことに思える。
 意気揚々と給食室に行こうとしているその時だった。
不気味な恐ろしいその音が鳴った。
Jアラートと言われるそれだ。
音は先生たちのスマホからなっていた。怖い音、怖くてたまらない音、
私はあちらこちらから聞こえるその音に一歩も動けなくなった。
ぞわぞわと背中から恐怖心が上がってきた。

 

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