恋太鼓

蚊取り線香の匂いで目が覚めた

つけっぱなしのテレビにはプロ野球のデーゲームが流れている

8回裏8-2 負けている…もういいや

最後の記憶は4回表2-2だった。テレビを消した

「んぐぁっ」なかなか文字にはならないようなうなり声を気合いに体を起こした

汗ばんだ首もとが気持ち悪い

冷房も扇風機も付けず横たわっていた

体は痛いし、喉はからからだ

よろよろと立ち上がり台所に行き、冷たい麦茶を口に含んだ

ほっぺをつねられたような冷たさに、顔から眠気が飛んでいった

せっかく休みなのに1日の半分をだらだらと過ごしている

昨日は買い物に行ってとか洗車してとか色々考えたのにこの体たらく

無音の台所には遠くから祭り太鼓の音が届いていた

来週ある祭りの練習をしているようだ

町内会の青年団が汗を流して近くの公園で練習をしている

もともと人通りは多くない地域、微かに聞こえる太鼓の音もどこか賑やかに感じた

1年前は有給をとって祭りに行った

その祭りに

口実は何でもよかった、ただ一緒に歩いてみたかった

こんなはしっこの街の祭りに来てくれる事に大喜びしたことを覚えている

浴衣とかじゃ無かったけど、水色のワンピースの君は綺麗で楽しそうででもどこかアンニュイだった

多くはない出店でりんご飴を買いそれを片手に申し訳程度の花火を見上げるきらきらした君の瞳に吸い込まれそうになった

あれから1年経った

上手くは行かなかったけど誰よりも恋をしていた

振り返る事は減ってきたけど思い出す事は増えた

「元気かな?元気だろうな」

意味のない自問自答をしては太鼓の音に耳を傾け確かに恋をした1年前を思い出した

ほんの少しぬるくなっていた麦茶を一気に飲み干した

「今年は1人でいってみようかな」

もしかして会えるかもな、いや無いな

いや…無いな

暑い夏は始まったばかりだ

最後まで読んでくれてありがとうございます。 スキしてくださるととても嬉しいです。 してくださらなくても、目を通してくれてありがとうございます。