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満と聡

「ごゆっくりどうぞ」

ウエイターが席を離れる。ふたりは目を合わせた。

「それ、なに?」

「イカとアスパラのペペロンチーノ。カルボナーラ?」

「そう」

「……」

ふたりは見つめ合って沈黙した。

「じゃあ……」

聡は沈黙を破った。それを聞いて、満は口角を更に上げ、目を輝かせた。声は興奮のあまりわずかに震えた。

「今日はパスタということで……」

「始めましょうか」

ふたりはほとんど同時にフォークを掴み、徐ろに巻き取り、口へ運んだ。

ズズッ…ズズズズ……ズチュ…

「ねえ、すごい音………あの人こっち見てるし。もしかして、それがテーマ?」

聡はすっかり飲み込んでから答えた。

「そう。パスタのスは、啜るのス」

「なるほどね。大胆」

ふたりは尚もゆっくりと食事を続けた。

ズズッ…ズズズズ……ズチュ……

「イテッ!」

「え、大丈夫?」

「イテテ……見てくれよ、これ」

満は聡の親指を見た。

「やだ、パックリ割れじゃない」

「そう、パスタのパは、パックリ割れのパ」

「まさかのテーマ」

「今日のために一週間前から仕込んだのさ」

ふたりは半分くらい食べきった。

「ちょっとアジヘン」

満はタバスコを手に取るなり「タバスコスコスコ、タバスコスコスコ、タバスコスコスコ、チュウ」とやや大きめの声で叫び、瓶を咥え込み、緑の汁を吸い上げた。

「おい!やめろよ!それはマジでマズい」

瓶の中身は半分無くなった。

「う〜ん!誰も見てないよ」

「いや、見てるから」

「パスタのタは、タバスコを飲むのタ」

「ほら、ウエイターが来た」

満はウエイターに説明した。ウェイターは戻っていった。

「聡がトイレ行っているときにね」

満は新品のタバスコを持ってきて、席に据付のものと並べて置いていた。それは店には置いていない緑色のタイプだった。

「いやあ、焦った。満ってそんな大胆だったっけ」

「女は度胸でしょ」

「ん、まあ」

ふたりは水の入ったグラスで乾杯した。

「ところで、パとスは?」

「聡だって、タがあるじゃない」

「俺は本当の最後」

「わたしは、今真っ最中」

「真っ最中?」

聡は満を舐め回すように見た。

「やめてよ、舐め回すように見ないで」

「いや、舐め回すだろ。パ……パ……なんだ?」

カシャン!満のスプーンがテーブルから落ちた。

「あら失礼」

「いい、俺拾う」

聡はテーブルの下に潜り込んだ。

「満」

「なに」

「おまえまさか」

「そのまさかよ」

「ノーパン!?」

また遠くからウエイターがこちらに注目している。満は強く囁くように言った。

「お兄さん見てるから。声に気をつけて、それからもう出てきて」

聡は目を丸くして出てきた。

「家から?」

「まさか!ここ来てすぐ、トイレに行ったときにね」

「やけに今日はスカートが短えと」

「パスタのパは、パンツを脱いでのパ。スは、スリリングにのス」

そう言って満は残りのパスタを巻き始めた。

「いやあ、驚いた」

そう言って聡も残りのパスタを巻き始めた。

食事を終え、満はトイレへパンツを穿きに行き、聡は会計の計算をしていた。

「お待たせ」

「じゃ、行きますか」

聡は伝票を出した。

「お会計が……2678円……」

レジの男性は、やや戸惑っていた。

「あれ?違ってない?」

満は伝票を覗き込んだ。

「満」

聡は口元で微笑んだ。

「え?」

「パスタのタは、tax13%のタ」


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