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浜比嘉島の思い出 エイサー

わたしがはじめてこの島に来たのは小学生の時です。沖縄の東側に位置する島。長い橋を車で渡ってたどり着く島。神話の残る島。エイサーを見るためにやってきました。

小学生の頃のわたしには、自然が豊かな島で、暑いけどカラッとした日差しも、肌がベタつく海風も、磯の香りもすべてが新鮮でした。もずくの天ぷらが気に入ったのを覚えています。

あまりたくさんのことを覚えていませんが,浜比嘉島のエイサーは島にあるすべての家をめぐり、その家のお庭でエイサーを踊ります。複数のグループに分かれて、一軒一軒まわってゆくので、すごく時間がかかります。お家ではそこの住人が軒先に集まりエイサーを見て、終わると食べ物や飲み物を振る舞います。わたしは何年目かにお寿司をいただいた覚えがあります。

東京で生まれ育ったわたしにとって、知らない人の家にあがり、お寿司を頂くというのは不思議な体験でした。だつて東京では知らない人の家にあがることも、そこでお寿司をもらうこともないじゃないですか。アパートに暮らしていると隣の人とご飯を食べることもなければ、顔も知らないです。

ハレとケのハレの日の力といいますか、縁側と庭のある生活様式の素晴らしさといいますか。外に開かれた生活のあり方がとても記憶に残っています。沖縄は暑いから、風が通るような家になっていて、窓を開けるから開放的なのかもしれません。東京なら戸締りしています。しっかりと。

さて、エイサーに話を戻しますと、エイサーですべての家をまわった後に、広場にすべてのグループが集まってエイサーを踊ります。これまで小規模なグループでしたが、全て集まって大人数でエイサーを踊ります。小さな島ですから、大人数といっても数100人いるわけではありません。数十人で踊るわけです。

沖縄のエイサーは地域ごとにかなり違います。たくさん見たわけではありませんが、2、3箇所で見てきた記憶から、島ごとの特色があると記憶しています。浜比嘉島はゆっくりだけど、足運びやたいこを叩く音に力強さがあります。スローテンポからアップテンポになって、またスローになる。まるで波のようなリズムです。

この広場でのエイサーが始まる頃には、もう0時近くになっています。小学生のわたしにはけっこうねむかった。そういえば、一軒一軒めぐっている時に、塀が高いので子どもの僕にはエイサーが見れない場所があったんどですね。そんな時に知らない男性の方に肩車してもらったのを覚えています。記憶が確かなら歯医者さんのお仕事をされていて、終わり側に沖縄の伝統の柄のストラップをいただきました。

こうやって考えるとエイサーの日はやはり人と、故人の魂が共に過ごす期間であり、心が開かれる日なのだと思います。

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