見出し画像

【台本】夜がとなりを歩いていて


「夜がとなりを歩いていて」
作:白砂名一


○登場人物
沖田一太(28)…事務職。四級社員。
水元美澄(25)…沖田と同じ部署の三級社員。
藤井明就(27)…営業職の四級社員。沖田と同期で大学が同じゼミ。
御手洗隆(26)…店員。


焼き鳥が評判の和食居酒屋。
からんからと扉を開ける音がして、明転。
沖田一太と水元美澄が外に面したテーブルを挟んで座っている。
もも塩、ささみ、つくねの皿が既に並んでおり、少なくとも一本は残っている。どうやらまだ来ていない仲間がいるようだ。

水元はレモンサワーで口を湿らせてから、滑らかに語り始める。

水元 この前。ミニストップでピスタチオのソフトクリームやっててこれ運命だなって思ったんですけど。食べ方うまくないんですわたし。絶対口の周り汚しちゃって。
沖田 鼻とか?
水元 鼻とか。オチにする位置ですよね普通鼻。
沖田 ごめん。
水元 いやいいんですけど。それで、わたし食べたんですよ。で、ちゃんと口も鼻の頭も拭いてマスクして。戻ったら沖田さん言うじゃないですか。
   「目の下どうしたの? アフリカの部族?」
   ……わたし、アフリカへの無理解に悲しくなりました。
沖田 そこなの?
水元 沖田さんのデリカシーは前提条件の話です。
沖田 よく言われる。
水元 もはや心配になりますよ。まあでも愛されると思いますけど。
沖田 大人として駄目なパターンだよそれ。よくない。
水元 わたしは好きですけどねえ。
沖田 善処いたします。
水元 (笑いながら)いやいや(ト、グラスを置く)。
沖田 (怒ってると感じて)いやほんとに。
水元 あいやちがうんです。やだな。また誤解させちゃった。
沖田 え?
水元 沖田さん真面目過ぎですよ。んー。藤井さん遅いですね。
沖田 7時のアポって言ってたし、そろそろだと思うけど。
水元 冷めちゃいますね。冷めてるか。
沖田 食べる?
水元 え、いいんですかね。
沖田 来てから注文した方があいつも旨いもの食えるし。
水元 正直つくねもう一本いきたいって思ってました。
沖田 じゃあ、ささみもらうね。

ト、沖田手を合わせて食べ始める。
水元も串からつくねを外し、箸で割って口に運ぶ。

沖田 一本残ってしまった。
水元 分けますよ。直箸、気にします?
沖田 全然。ありがとう。

ト、水元沖田から小皿を受け取りもも塩を串から外し始める。

水元 (外しながら目線を上げず)ほんとに辞めちゃうんですか?
沖田 それ、今さら言うかなぁ。
水元 言いますよ。止めてたのに聞いてくれなかったし。
沖田 そうやって言ってもらえるのは嬉しいけどね。
水元 ……。
沖田 再来月で退職します。……今までありがとね。
水元 まだ早いんですけど。
沖田 ひとまずね。
水元 ひとまず。……不満です。
沖田 うん。
水元 別に、誰にでもあることじゃないですか。
沖田 発注数2ケタ間違うこと? 決算前に?
水元 ワザとじゃないし。沖田さんこういうの全然なかったじゃないですか。だからみんな止めてるんですよ。他の人じゃなくて沖田さんだから止めてるんです。
沖田 ほんと皆、優しいからさ。
水元 (ト、言い返そうとするが無駄だと諦める)。
沖田 やっぱり流石にね。僕だって納得できないし。
水元 納得ってそんな大事ですか? 男の人の納得云々ってわたし高三のときから十五回くらい聞きましたけど。そういう宗教でもあるんですか?
沖田 別に、宗教とかじゃないよ。
水元 (興味なさそうに)へえ。
沖田 ……。
水元 十五回じゃなくて、三十回くらいでした。数えたら。
沖田 ……意識高い系に捕まってたの?
水元 コンサル行きたいって言ってて、今は山口にいるみたいで。Twitterもう一年更新してないですけど。
沖田 忙しいんだね。
水元 知らないですけどね。あ。今更なこと言っていいですか?
沖田 何?
水元 LINE教えてください。
沖田 え?
水元 社用スマホしか交換してないじゃないですか。
沖田 ああ。そういう。そうだよね。おっけー。
水元 やた。じゃあ、ふるふるで。
沖田 ちょっとまって、これか。
水元 それですそれ。じゃあ。

ト、お互いにスマホを振るがうまくいかない。

沖田 あれ。
水元 位置情報やってなかった。
沖田 なんか、すごい振り方するね。
水元 え。
沖田 湯切りするみたいな。
水元 やいや、言い過ぎですって。
沖田 (ト、ジェスチャーして)
水元 (その手元を抑えて)強調しすぎ。
沖田 手ぇ冷た。
水元 え。あーもう一回。

ト、正しくふるふるする。
(いつの間にか窓の外には藤井が張り付いている)

沖田 お。
水元 きました。登録しちゃいますね。
沖田 うん。

ト、藤井が窓をノックする。

水元 うわっ、なになに!?
藤井 (やあ)
水元 え藤井さん? え?

ト、藤井店の中に入ってくる。

藤井 お待たせおつかれー。
沖田 なんでいつもそんな感じなのお前。
藤井 盛り上げようかと思って。
水元 ほんと頭おかしいですよ藤井さん。捕まればいい。
藤井 言い過ぎじゃない? あ、で。手つないでたよね。
水元 あ。
沖田 どちらかというと抑えられてたね。
水元 抑えてた。抑えてました。
藤井 へええ。

ト、藤井は水元の隣の席に座る。
沖田はメニューを手渡して

沖田 ん。
藤井 ありがとう。結構食べてた?
沖田 そこそこね。つくねうまかった。
藤井 じゃあ食うか。あとももダレと、ぼんじりが食べたい。
沖田 食えよ。
藤井 そうね。(店の奥に)すみません。あれ。
水元 忙しいんですかね。
藤井 ちょっと待つか。
水元 私お手洗い行くんで頼んできますよ。ビールでいいですか?
藤井 あー、うん。ありがとう。
水元 いえいえ。

ト、水元席を離れる。

藤井 いい感じだったねえ。
沖田 わざと遅れた?
藤井 まあ。
沖田 にゃろ。
藤井 手繋いでると思わなかった。
沖田 事故でしょあれは。
藤井 水元、結構好みでしょ。
沖田 お前、デリカシーないよね。
藤井 お前に言われたくないよ。今日代行?
沖田 そうだけど。
藤井 アクセラ、車内灯ついてた。
沖田 早く言えってそれ(ト、席を立とうとする)
藤井 まてまてまて。
沖田 なに?
藤井 今くらいしかないからさ。答え合わせ。
沖田 は?
藤井 わざとやったろ。
沖田 ……まあ。なんで?
藤井 なんでって、いつからの付き合いよ。
沖田 そっか。
藤井 ずりーよなあ、止めきれない理由作るの。
沖田 そうよなぁ。
藤井 他人事みたいに言うね。
沖田 まあ、自分でもうまくやったって思うよ。
藤井 俺も転職しようかなぁ。
沖田 お前は営業、向いてると思うけど。
藤井 好きかどうかは違うよ。
沖田 へえ。

ト、席を立ち外に出る沖田。
その様子を眺めた後、ぼうっとしている藤井。
そこに、生ビールを持った水元が現れる。

藤井 え、なんで持ってんの?
水元 (ト、グラスを置いて)店員、元カレでした。
藤井 はあ。
水元 「忙しいから持って行って」って。
藤井 はあ。
水元 ずっとこうなのかなあ。言われたら、なんか手に取っちゃって。
藤井 そのまま持って来ちゃったわけ?
水元 や、ぶっかけてやろうと思いましたけど、これ藤井さんのだし。
藤井 まだ口付けてないから大丈夫じゃない?
水元 カッコ悪いじゃないですか。店でヒステリー起こす客。
藤井 カッコいいけどなあ。面白いし。
水元 面白くないです。他人事じゃないですからね。藤井さんのこと絶対巻き込みますから。
藤井 良く抑えた。
水元 分かればいいんですけど。……沖田さん。
藤井 車に戻った。
水元 いや観てましたけど。てか、聴いてました。
藤井 え?
水元 誰かお手洗い行くとき、入るまで確認してた方がいいですよ。そりゃ二人だけの話あるなって思いますよ普通。
藤井 え、怖。
水元 許せないんですか?
藤井 は?
水元 そういうことなのかなあって思って。
藤井 なにそれ。
水元 つまびらかにしない方がいいことってあるじゃないですか。沖田さんのことはたぶんそういうことだと思ったんですけど。
藤井 ……ああ。そう言うのじゃないよ。友達だからだよ。
水元 そうなんですか?
藤井 ほんとに、うん。羨ましいと思うよ。思うけど、あいつがやりたいことあるなら、それは仕方のないことだし。
水元 大人なんですね。
藤井 27だよ。
水元 まだまだ若いじゃないですか。
藤井 そうだけど、水元が言うことじゃないかな。
水元 ですね。
藤井 ……まあ、あいつはさ。ぼんやりした顔して時々? 結構大胆なことやるんだよ。普段は一歩引いてるくせして。今回のもそう言うあれだよ。ガッカリした?
水元 いや、良かったです。腫れ物扱うみたいなやり取りしなくてよさそうで。
藤井 まあそうだけど。え、好きなの?
水元 好きですよ。いいなあって思います。さっきの聞いてもっといいなあって思いました。強かな人ってドキドキするじゃないですか。
藤井 趣味悪いねー。周りは戦々恐々だよ。何するか分かんないし。
水元 だから、全部把握しときたいってことですか?
藤井 その言い方。
水元 お母さんみたいですね。もしくは束縛系。
藤井 水元って基本的に俺の扱い雑だよね。
水元 そのほうが藤井さん嬉しいのかなって思ってました。

ト、間。

藤井 水元って、最近何してんの?
水元 なんですかそれ。最近は、虫歯全部治しました。
藤井 そう言うことじゃねえよ。
水元 気まずい?
藤井 一般的に抱く感情としては。
水元 無限に話せる間柄じゃないですもんね。沖田さんいなくなったら、少しだけ壁ができるかも。
藤井 歩み寄ってくれないの?
水元 それ、後輩に言います?
藤井 都合のいい時だけ後輩みたいに振る舞いやがって。
水元 後輩ですもん。ただの後輩。
藤井 ……。
水元 応援してくださいよ。私もそろそろ、幸せな恋愛したいです。

ト、言っている途中で沖田帰ってくる。

水元 お帰りなさい。
沖田 うん。ごめんね。
水元 いやいや。
藤井 店員、元カレらしいよ。
沖田 コンサルの?
水元 コンサルの。山口にいるはずの。
沖田 え。注文できないじゃん。
水元 向こうも来ないと思いますけど。どの面下げてというね。
藤井 来るかもしれんよ。全然しれっと。
沖田 呼んでみる?
水元 いいすけど、来ないから。
沖田 (店の奥に)すいませーん。
水元 え。
藤井 (見合わせて)え。
沖田 え。
水元 なになになに。
沖田 や、ビール頼みたかったし。
水元 絶対、嘘!
藤井 (引きつつノリつつ笑いながら)ダメだって。
沖田 さっきみたいに来ないかも。何か頼む(水元にメニューを渡し)。
水元 (受け取って)あー。えっと……(ト、メニューを見る)

ト、水元が目線を落としている間に店員・御手洗がやってくる。

御手 (憮然と)ご注文承ります。
水元 (見上げて)…………お会計、お願いします。
御手 かしこまりました。

ト、御手洗立ち去る。

沖田 ……え。
藤井 え。
水元 「え」じゃねーし!
藤井 俺、まだぼんじりとももタレ来てない。
水元 諦めてください。
沖田 (笑って)諦めてください。
藤井 ちょっとちょっと。

ト、御手洗伝票とぼんじりを持ってやってくる。

御手 お持ちしました。
藤井 あの(ももタレは?)。
御手 (憮然と)はい。
藤井 ……何でもないです。
御手 (もはや去りながら)ごゆっくりどうぞ。
藤井 ……(水元を見る)
水元 (早く食えの顔)
藤井 (手早く食べながら)うめー……。
沖田 いくら?
水元 5千円です。
沖田 安。
藤井 食ってねえからだよ。全っ然食ってねえからだよ。
水元 どこか行きます? カラオケ行きません?
藤井 飯は?
水元 食べられますからカラオケ。早く出ましょう。
沖田 勿体ないなぁ(伝票を手にする)。
水元 あ。

ト、沖田伝票をもってレジの方に向かってしまう。
取り残される水元と藤井。

藤井 払わせときなってもう。
水元 沖田さんの送別会ですよ。
藤井 単に会社辞めるだけだし。連絡先交換したんでしょ? それでいいじゃん今日は。
水元 うーん。

ト、藤井店の奥にいる(であろう)沖田を眺めながら

藤井 別にいいんだよ。あいつはさ。少しくらい。
水元 何が?
藤井 ……やり残しとか後ろめたさとかの一つや二つ、あった方がちょうどいい。全部清算なんて出来るわけないんだから。
水元 はあ。
藤井 戻ってくる。

ト、沖田戻ってくる。

藤井 おす。
水元 なんかすいません。
沖田 いや、いいよ。カラオケ。
藤井 焼き鳥あるかな。
水元 多分ないです。

ト、三人上着を羽織り、出口へ向かう。

藤井 そうだ。お前の伝票。営業部会議で「置手紙」って呼ばれてたぜ。
沖田 はあ?
藤井 伝説だな、これ。
沖田 何だそれ。

ト、扉を開き三人出ていく。
からんからと音がして、溶暗。

(了)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?