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【台本】せめてものせのびを


「せめてものせのびを」

作 白砂名一 

○登場人物
安孫子由宇(22) …大学院生
向田正木(24)…社会人。


ある朝。
仙台市青葉区立町にある向田のアパート。
部屋の奥には格子がはまった窓がある。
見下ろすと、目の前には木造の長屋造りがあり、
スナックやクリーニング屋等四軒ばかりが並んでいる。
また、上手を見下ろすとコンビニがあり、灰皿とベンチが申し訳なさげに置かれていたりもする。
床には、昨晩酔いつぶれた(酔い潰された?)のであろう向田が横たわっており、毛布が掛けられている。
テーブルにはパックからわざわざ移された納豆や
スクランブルエッグ、茶碗等が置かれている。
安孫子は部屋の端でエプロンを畳んでいる。

ト、着信音が鳴り、向田が目を覚ます。

向田  ん……(テーブルの上の携帯を探る)。
安孫子 妹さん。
向田  (着信を切る)
安孫子 あれ、いいの?
向田  いいよぉ。どうせなんかの文句だし……。
安孫子 あ、そう。

ト、向田怠そうに若干の頭痛を抱えつつ身体を起こす。

向田  あれ。
安孫子 おはようございます。
向田  おはよう。なにこれ。
安孫子 なにが。
向田  いや、朝ごはん。なんで、って。
安孫子 何、イヤだった?
向田  そんなことないけど。初めてだから。
安孫子 嫌な言い方。

ト、安孫子畳み終わったエプロンを鞄の上に置く。

安孫子 儀式みたいなモンだよ。それこそ作ったことなかったから。
向田  なにそれ。
安孫子 これ(エプロン)。ずっと置いてたの知ってた?
向田  いや。
安孫子 置いてたの。だから、使わなきゃなぁって思っただけ。使うようなもんでもないけど。「なにこれ」って言われるとは思ってなかったな。
向田  ごめん。
安孫子 ごめんじゃなくて。普通、ありがとうじゃないかな。
向田  ああ……。ありがとう。
安孫子 うん。食べたら?
向田  あ、うん。由宇は?
安孫子 いつ起きるかわかんないし食べたよ。十一時だよもう。
向田  まじか。
安孫子 何時に帰ってきたの?
向田  三時くらい?
安孫子 接待か。
向田  まあ、うん。
安孫子 ここ、分町から近いから引き回されるんでしょ。
向田  そうかな。
安孫子 そうだよ。食べなよ。
向田  ん。いただきます。

ト、箸を伸ばし始める向田。
少しして、安孫子が話しかけ始める。

安孫子 ここさ、引っ越すんだよね。
向田  え。ああ、うん。
安孫子 ホッとするね。
向田  どうして。
安孫子 夜さ。ここ来るとき。大体その道に酔っぱらいがいて、時々絡まれる。
向田  え。

安孫子、立ち上がって窓の外をのぞき込む。
国分町方面は上手側にあたる。その手前にはラブホ街。
奥には飲み屋街がある。

安孫子 11時くらいにさ、大学出て来るよね。
向田  研究室?
安孫子 ん。そこの道通ってくるんだけど。意外とあのラブホから出てくる人も多くて。目合わないようにって来て、そこも走ってさ。部屋入ると正木は寝てるじゃん。
向田  うん。
安孫子 (苦笑) みじめだよね。すごく。
向田  そっか。
安孫子 うん。
向田  昨日も?
安孫子 昨日は違うけど。でもなんか、言いたくて。

ト、一拍

向田  ごめん。ごちそうさま。
安孫子 いえいえ。

ト、向田台所に食器を持っていく。
流しの水音。安孫子はそちらに語りかける。

安孫子 会えなくなっちゃったねえ随分。……違うか(苦笑)。時間が合わないだけか。一緒には居るもんね。
向田  ごめん。もう少しさ、時間作れればいいんだけど。
安孫子 どうしようもないじゃん。仕事なんだから。
向田  まあ、うん。

ト、向田居室に戻ってきて、毛布を丸める。
その様子を安孫子は、少し冷ややかに見ている。

安孫子 ごめんなんて思ってないくせに。
向田  え。
安孫子 (意地悪く)……って言ったら、どう思うのかなあって。
向田  (無言で見つめる)
安孫子 仕方ないことが、沢山。だから正木は悪くない。
    けど、ずるいよね。なんかね。
向田  ずるいかな。
安孫子 ん。そういう話を妹さんとしたんだよね。
向田  なにそれ。
安孫子 このままでいいのかなあっていう。

困惑している向田。

向田  いつ?
安孫子 結構前かなぁ。それから、ちゃんと話そうと思ってたけど。なかなか時間も合わないし。段々諦めてもきて。
向田  どういうこと。
安孫子 朝ごはんは、儀式だよ。有り体に言えば、引き揚げ準備。思い付きだけどさ。
向田  ……ごめん。よくわかんない。
安孫子 本当にわからない?

間。

向田  ……(答えあぐねて)まだ朝だよ?
安孫子 もう昼だって。全然、昼。
    いやまあ、こらえ性がないってことかな私が。それにずるいよね。こういう風に言ったら正木は困るって判ってて。言う事無理して聞いてくれるかもって。
向田  ……ずるくはないよ。
安孫子 いや、ずるい。

ト、向田言葉を返そうとするが、思いつかない。
少し考えて、確かめるように立ち上がる。

向田  あのさ。
安孫子 ん。
向田  ごはん、美味しかった。
安孫子 まあ、だろうね。
向田  引き上げ準備か。
安孫子 多分ね。
向田  ……儀式?
安孫子 やり残しのことかなぁ。結局私はいい人でした。で終わらせたいっていう。
向田  あけすけだ。
安孫子 そだね。
向田  キリがないね。俺も沢山あるよ。儀式。
安孫子 そっか。
向田  ……一緒にいたいってのじゃ、だめなのかな。
安孫子 うん。それではだめだと思う。

少しの間。
向田は頭に浮かんだことを伝えようとするが、整理がつかない様子。やがて諦めてそのまま話し始める。

向田  ……ちょっと、逸れた話していい?
安孫子 え? うん。
向田  昨日さ。飲み行く前に西公園通って。小学生がキャッチボールしてたんだよ。
安孫子 はあ。
向田  や、ホントはボールじゃなくて、ペットボトル横に割った輪っかのやつあるじゃん。あれ。すごい飛ぶからさ、滅茶苦茶距離とってやってたの。
安孫子 うん。
向田  変なとこ行くんだよな風で。死ぬほどダッシュしてて。まあほとんど取れなくて。でも、楽しそうだった。子供だからとかじゃなくて、二人で死ぬほど頑張るから楽しいんだろうなあって。それは多分、同じことなんだと思うんだけど。
安孫子 ごめん、どういうこと?(苦笑)。
向田  有り体に言うと、頑張るってことを言いたくて。
安孫子 普通にそう言えばいいのに。私も頑張るの?
向田  由宇はもう、頑張ってるよ。
安孫子 正木は何をするの。
向田  これから考える。だけど、頑張るよ。

ト、安孫子なにか言い返そうとするが、向田が見つめ続けるため、言いあぐねる。
安孫子、諦めたかのように、ため息をつく。

安孫子 子供みたい。私も、嫌な感じだ。
向田  ごめん。
安孫子 ごめんじゃなくて。……もう、いいや。

ト、安孫子観念したように鞄からエプロンを取り出す。

安孫子 ほんとに、どうしようもない。
向田  (少し安心して)……あはは。
安孫子 笑うな。
向田  ごめん。

とはいえ、安心して腰を落とす向田。
それを、安孫子は思うことがありながらも見つめる。

向田  ……昼からさ、公園行こうよ。
安孫子 え。
向田  ペットボトルのやつ、やろう。
安孫子 なんで?
向田  やったら、楽しいかもしれないじゃん。
安孫子 (呆れて)そんな、とってつけたみたいに。

向田、一人先走って身支度を始める。
安孫子、もう一度ため息を付き、取り出していたエプロンを部屋の引き出しに入れる。
それに向田は気が付かない。

安孫子 あ、妹さん。謝っといて。
向田  なんだそれ。
安孫子 いろいろ振り回したからさ。
向田  ……まあ、いいけどさぁ。

ト、向田立ち上がる。
安孫子。ぼおっとその足元を見て、気が付く。

安孫子 あ、おはよう靴下。


END


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