見出し画像

僕の腕時計

時計の短針が消えた。
ある時ふと腕に目をやった時に気がついた。
かなり古い、これを買ったのは、何時だったろうか。
なんとなく腕時計が欲しくて、立ち寄った時計屋で、並べてあった種々の中から、目が合ったような気がして、丁度その時の財布の具合とも良くて、迷うこともなく買った。
その時の僕の気分が、間違いなくこの時計を示し、買ったことは今でも覚えいる。
腐れ縁の様な、奇妙な腕時計が、いかに長い付き合いだったのか、まさか、こんなところで思い出すことになるとは、思わなかった。
普段なら、物が傷つくと、縫い針の先ででも小さく引っ掻いたような、悲しみが湧くが、どうやら今回は、ふつふつと、若芽のような愉快さが芽吹いたらしい。
恐らくこれは、付き合いの長い彼からの、小洒落た皮肉なのかも知れない。
ここいらの僕は、少々小雨に降られたみたいに落ち込んでいて、nervousで、ウジウジしていて、腐ってた。
そんな折りに彼だ。
秒と分とを刻むのに、時だけは刻まない。
なるほど、どうして、正にその通りじゃあないか。
不安と自己嫌悪で苛まれてる僕は、怖じ気に負けてうつむいてばかり、慰めに後ろへ振り向いても、仄暗いポッカリとした所があるだけ。
滂沱に流れる、恐らく綺羅びやかだろうモノが、一粒とて積もることなく、ぽつねんと佇む僕に触れることなく、がらんどうに落ちていく。
だけども、彼はそんな僕に合わせてくれた。
カチコチ笑いながら、僕への皮肉に、自分の中身を何処かに捨てて、時のない歯車を回している。
そうだな、もし君が許すなら、もう少しそのままでいてくれよ。
それで、僕は君を見るたびにニヤリとするんだ。
僕の湿気った心が、何かの切っ掛けで吹っ切れたら、その時は君を時計やへ連れて行って、直してもらうよ。
多少値が張っても快く出すさ。
だからまずは、僕と、君で、なんでもない一歩を刻もう。
カラリとした、暖かな風でも、探してさ。

ーーあとがきーー
人からもらったお題で書いた作品です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?