うん、いいかもしれない

私は、あまり人付き合いというものが苦手であったらしい。私の頭の中で響く言葉の数々は確かに存在しているとは思うのだが、どうしてだろうか、口からそれが出るときはどうにも違うものになっているようだ。脳と心とが作り出しているらしい言葉と、声帯を震わせて音として出来る言葉は違うものなのだろうか、よく、わからない。

私は、独りで居ることが、わりかし多いと思っている。いや、殆どの人間が独りの時間を有しているはずだ、とすると、案外、独りぼっちの方が普通なのかもしれない。けれども、独りでいることは良いにしても、籠っていると息が詰まってくるような気がしてくる。なんとはなしに、身体を動かしてみたいようなむず痒さがあるのかも、しれない。

私は、財布の中身を確認してみた。何やら、どうしてこうなるほど作ったのか、今では記憶の最奥に微かに残る程度にしかない、そんなような薄い紙ッペらのポイントカードから、殆ど使わないキャッシュカードらしきものがあるみたいだ。束になって厚くなっているカードの中には保険証も入っているかもしれない。お札は、ふむ、何枚かあるみたいだ、千円だろうか、五千円だろうか、一万円だろうか、おや、千円が一枚と二千円が一枚みたいだ。微妙に思えなくもないが、ないよりかはマシだろうとは思う。まあ、いいか、これで。

私は、よそ行きの服を来てみる。ちゃんと手入れをしていないからしわくちゃの黒いジャケットみたいなのを着る、がよくよく見てみると、よれよれになっている方がむしろ様になっているかもしれない。ファッションはよく分かっていないだろうから、無難らしい格好で満足してみる。とりあえず、OK。

私は、玄関で大方履き過ぎで擦り切れたのだろう濃い群青の革靴を履くと、恐る恐ると言うべきか、一寸だけ新しいような新鮮な気持ちで玄関を開けてみる。外だ。冷たい空気が流れているらしい、頬が少し引き締まる様なツンとした感じがする。まだ結構明るい、太陽は沈んでない。でも、あと数時間もしたら落ちてしまいそうだ。じゃあ、いこうか。

私は、歩き出してみた。さっきまで家の中でじっとしていたからか、身体が固まっているような気がする。それともこれはもとより動かない体だったのだろうか、考えてみれば昔からあまり運動神経はよくなかったような気がする。どうだろう、なんとも言えない。

私は、近くの電車に乗ることにした。何処か遠くへ行きたい冒険心というものがあるのかもしれないが、単純に直ぐ近くにあるから、乗ってみたかったというだけなのかもしれない。しかし、乗る電車を間違えたのかもしれない。電車はどんどん地下に潜っていく。窓の外にチカリと光電灯以外は、なんだか間の抜けた自分の顔が写っていた。あ、髭、そればよかったかな。

私は、途中から電車の椅子に座ることにした。時間的に人が少ないのか、どうなのかはわからなかったが、座ろうと思えば何時でも座れた。端っこの方に座って、ぼんやりと窓の外を見続ける。地下鉄の駅が現れ、人がちらほらと入れ替わっていく。色んな表情と色んな服装が入り乱れたりほぐれたり、なんだか目の前でくるくると渦が巻いているようで、胸とお腹との間がかき混ぜられるような、奇妙な気持ち悪さのようなものが沸き起こった。ちょっと、寝てしまおうか。

私は、夢のなかを彷徨としているみたいだ。今までに見てきた海岸から恐ろしさや悲しみを取り除いたようなクリアな浜の上を、裸足で歩いているようだ。私の後ろ姿が波と同じように揺らいで見えた。その姿こそが、何かが抜け落ちた柔らかな海の中で、凝縮された危うさのように感じた。ずっと続いているようにも思える浜辺の中で、ちらりと私が、私の方を向いた。なんだよ、そんな顔しやがって、そんな顔じゃ、女の子に逃げられるぜ。

私は、目を開いた。いつの間にか、電車は私が乗った駅に戻ってきたみたいだ。日が随分と朱に染まっている。雲がほんの少しだけ太陽を隠して、光が漏れる線が見える。風が若干、冷え込んでいた。マフラー、持ってくれば良かったかな。

私は、家路につくことにした。ぱっとしない財布の中身を減らして、マクドナルドでカプチーノのMサイズのホットを買うことにした。ずっと笑顔の店員が、気持ちの良い息を漏らして語りかけてくる。私は慣れ親しんだ友に答えるみたいに、さらりとした手触りの声で返す。手の中に収まる、濃いブラウンとベージュのグラデーションに洒落た文字で書かれだMcCafeが何だか可愛らしい。じんわりと伝わるあったかさを感じながら、どうやらそろそろ沈みきるらしい太陽を傍に道を歩く。頬をピシャリと叩く冷ややかな風、喉を下っていく熱、吐き出される温い息、鉛丹色の空、空間の中にある自分という影、私は歩き続ける。あゝ、なんだか、いいな。うん、いいかもしれない。


ーー後書き

いやぁ、これはこえ部に投稿していたけど、こえ部、あっけなく終わったなぁと、そんなことを思えど、自分は8月半ばにはアカウントを消してたから、それほどまでに強く終わったことを感じることはなかったけども、それでも半年間以上はやっていたものがなくなったと思うと、やはり何処か寂しいようなそんなような気持ちがふつふつと湧くような、とは言うものの、あまり力をいれてこえ部をやっていたわけでもなかったから、まぁ、うん、おつかれ

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