寒い

 

どうか私を殺してください、そう言ったのか、それとも、どうか私を抱きしめてくださいと、そう言ったのか、どうにも彼は自分自身でさえ理解できていないような様子で、とにかく口が勝手に動いてしまって、声は恐らく、喉の奥の方で置き去りにしてしまったのだろうか、小さく動いた唇と共に喉仏がビクリビクリと震えていた。

 彼は自分の口が勝手に動くことを良しとはしていないのか、顔を、冷気がほとばしるほどに青白くさせて、自分の手で口を塞いだ。手が、パリパリ凍りつく音がする。どうか、僕が何かを喋ったということを、彼は私に忘れてくれといった。私が縋るべき一本の藁であるかのように。私は彼が愛おしいと思った。彼は、隠そうとしているのだ、私は彼と同じく、口を手で塞いでみた。私の喉の奥で、クスクス笑いが沸き上がってくる。手は、凍りつくことはなかった。生温い、自分のいきがあるだけだった。何故だか自然と笑が浮かんできた、何故だろう。

 私は彼をよく知っている。小さい頃から、それはもう。彼の知らないこと勿論あるけれど、でもそれは仕方がない、全てを知ることは流石に誰にもできない。彼は、たまに隠すことにおいて、とても狡賢くなるのだ。にこりと笑って、巧妙に隠してしまうのだ。けれども、彼は知らない、隠していることを知られているとは思ってもいないのだ。今もなお、彼は巧妙に隠し続けている。ただ、どうやらその巧妙さも少しずつ崩れているらしい。彼はボロを出した。なるほど、彼の決壊は近いらしい。

 彼は依然として、口を手で覆っている。私は近寄って、彼の頬をそって、優しくなでた。彼は目を細めて、私の熱から逃げるように身を引いた。私はニヤリとする。あゝ、脆い、脆い。私は、思い切って、口を開いて聞いてみた。

「貴方は何故、隠すのかしら。」

彼はビクリと身体を震わせた。怯えている。ブルブル。

「ねぇ、どうして?貴方はそうやって隠すのかしら。不思議だわ、貴方の手、凍っちゃってるわよ。可哀相に、パリパリパキパキパリーンってね、ふふ。貴方、凍えてしまっているわ、ずっとずっと、カチンコチンに、だのに貴方は隠すのね、大丈夫かしら、上から下に落ちちゃわないかしら。ヒュー、パリン、グシャグシャー。」

クスクス、クスクス、彼は寒そうに身体を抱え込んでしまう。口を塞ぐことも忘れて、白い息を吐きながら。私はそんな彼を抱きしめてあげた。伝わる冷気、肌の先から針で刺していくようなそんな痛み、彼は逃げようとした、身を捩って、私を振り切ろうとした、でも出来ない、だって、私と彼、一緒になって凍っちゃったんだもの。

「本当に可哀相、貴方と私、離れなくなっちゃった。ずっと、私一緒。貴方は書き続けるの。呪いに掛けられたようにね。でも、私は仕方がないから受け入れるわ。私、そうすることしか出来ないものね。でも、貴方は書いても書いても凍えるのよ、出しても出しても無くならないから。貴方、どうするの?だあれも、いないのでしょう?貴方、どうするの?」

クスクス、クスクス、ねぇ、どうするのかしら、クスクス、クスクス。

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