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小説「街売りの少女」

 寒い雪の晩のことだった。僕は仕事帰りに、慣れ親しんだ商店街を歩いていた。人気こそないが、街灯と雪明かりがあるのでけっこう明るい。そう、どうせなら明るい道を通って帰りたいものだ。足を滑らせないように用心しつつ歩みを進める。右。左。右。左。ポケットには自販機で買った“あったか〜い”缶コーヒー。もう少しだけ家に近づいたらこれを飲もう。

 そんなことを考えながら歩いていると、雪道に女の子が立っていた。小学生くらいだろうか。こんな夜更けに、たった一人で。おまけに傘もさしていない。迷子か、育児放棄か。これは、大人として声をかけるべきだろう、と、仕事中はほとんど顔を見せない使命感にかられ、僕はその子のそばに行った。近くに来ると赤い帽子とコートがよく似合う女の子だった。ほっぺたももう真っ赤になっている。寒いんだろう。僕は傘をその子の方に傾けてあげて、

「ひとりなの?」

 と声をかけてみた。それから思った。これでは僕が不審者のようだ。警戒されるかな。辺りを見回したくなったが、そんなことをすれば余計に怪しく見えるだろう。しかし、不安は吹っ飛んだ。女の子はあどけない声でとんでもないことを話しだしたのだ。

「あたしね、高校三年生の冬に、なんと五回目の大失恋をしたの。」

 僕は驚いた。内容にではない。目の前にいるのはどう見ても、多めに見ても十才くらいの、お世辞にも中学生にも見えない子どもだったからだ。じゃあ今はいくつなのとか、親はどこかとかなんだか色んなことを聞きたかったけれど、何も言えなかった。少女の黒い瞳が、じっとこちらを見つめて動かなかったからだ。

「そんで、その帰り道で泣いてたら声をかけて来たサラリーマンに、勢いで処女売っちゃった。七万円だった。サラリーマンっても汚いおっさんじゃなくて、三十五歳くらいの、小綺麗でちゃんとしてそうな人だった。その時のそれがあんまりにも優しかったから、私、こうやって生活していくのも悪くないかなあと思ったの。幸い、声をかけてくれる男の人は少なくなかったしね。」

「君は、その、未成年だろ?」

 子ども、というもの何だか憚られ、未成年という言葉を選んでいた。僕の声は震えていた。寒さのせいではないと思う、あまりにも奇妙なことが目の前で起きているからだ。でも、その子はけらけら笑って答えた。

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