半不登校だった私が求めていたもの

やっと分かった。
高校時代、半分不登校になり、精神的に追い詰められ、出席日数ギリギリで卒業した私が求めていたものがなんだったのか、
4年経った今、分かった。

私が求めてたのは相談相手じゃない。
私が求めていたのは私の心の動きを「共感」してくれる伴走者だった。
先生も親も、先生が提案してきた「専門家への相談」も、
とんだお門違いだった。「相談していいんだよ」「何が悩みなの?」「将来どうするの?」……「お節介が大事」だなんて、笑える。私の経験ではお節介が功を奏したことなんてなかった。そんな偽善と大人の見栄に満ちた優しさ、私にはただの苦痛でしかなかった。今思えば、高校3年のクラス替え結果は、完全に私が学校にくるように意識されて組まれたんだろうな。
(他の能力は否定しないけど、)大人たちは、私の心については無能だった。やっぱり自分のことは自分が1番分かってる。

私も、大切な人に対しては、本当にその人のためになる事は何か、一般論なんか捨て去って考え続ける。言葉と行動の真意を汲む。

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